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作家令嬢の田舎追放推理日記〜「推理なんてやめろ」と言われましたが、追放先で探偵はじめます〜  作者: 地野千塩
第2部・アサリオン村編

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第22話 少しずつ前進です

再び別荘のテラスのベンチに戻ると、編集部からの手紙を確認した。相変わらず隣にクリスが座っていたが、無視し、急いで手紙に目を通す。


編集長からの手紙だったが、この別荘はトリスタン先生がよく使っていた。毎月のように使い、トリスタン先生なら勝手に合鍵を作っていても不思議ではない。その事も白警団に報告済みだという。


ただ、業務上の秘密も多岐に渡り、白警団に言えない事も多い。後日、出張がてらアサリオン村に来て、詳細を私に教えてくれるという。また、トリスタン先生は男爵家の当主でありながら、なぜか結婚に縁がなく、浮ついた噂も一切なかった事なども教えてくれた。


「なるほど。それは不自然だけど、トリスタン先生が男色だったら筋は通るわ」

「だろうな。おそらくトリスタン先生はこの村で少年と付き合っていたが、そこでトラブルになったんだろう」


もうクリスは求愛モードを辞め、普通に推理に協力してくれたが、編集長からの手紙はまだまだ続きがあった。


「は……?」


その続きは、正直、私が一番ダメージを受けるものだ。同じレーベルの推理作家の新作が売れなかったらしい。営業部は今まで以上、推理作品に尊重になってしまい、私の新作の初版部数も大幅に減らされるという。


「そんなぁ」


情け無い声が出た。同じレーベルの作家だとライバル関係に見られる事も多い。しかし実情はこういう事が多いので、同業の推理作家は売れてくれないと困る。


その上、編集部も推理の新作の企画募集を一旦様子見し、恋愛小説に力を入れていくという。王都では恋愛小説の売り上げが鰻登りで、無視できない。という事で、レーベル内で恋愛小説のコンペを開くので、私にも何作か企画書を提出しろという。締め切りはあと一カ月後。時間も短い。


「そんな恋愛小説なんて書けないから……」


頭を抱えそうになる。推理小説で添え物のように恋愛描写を入れる事はできるが、全編はできるだろうか。そもそも企画が通るかもわからない。


我が国の推理小説の不人気さに嘆きそうになるが、文句は言えない。文壇サロンのおじ様のような理由で「推理なんてやめろ」と言われた訳では無い。これは恋愛小説の企画は書かなければ。


こんな困惑している私に、クリスはニヤニヤ。何が面白いのか口元がゆるゆるだった。


「だったらアンナ嬢。俺と結婚すればいいだろう。そうしたら、恋愛描写も俺をモデルにして書けばいいさ」

「どうしてそうなる?」


つかさず求愛モードに入るクリスにため息が出てくるが、確かに恋愛の実体験があれば、この企画も書けるだろうか。


「若き天才経営者と作家志望の貧乏令嬢が恋に落ちる話を書け。若き天才経営が貧乏令嬢に、裏で執着しながら、手紙を送り、お金も貢ぎ、タイプライターも送り……」

「それってクリスがヒーロー!? ダメ、そんなのボツ決定!」

「いいや、俺をモデルにして恋愛小説を書け。必ず傑作が書ける」

「私よりクリスの方が楽しんでいません? というか、だったらクリスが恋愛小説書けばいいじゃない……」

「それもいいな?」


呆れてくるが、クリスをモデルにしたら、書けるかもしれない。私は恋愛偏差値がゼロ。初恋すらまともに終えていない私だが、目の前にリアルな素材がある。上手く料理すれば、何とか恋愛小説に化ける?


「そうだ、アンナ嬢。俺をモデルにしろ。俺と婚約し、恋愛小説のネタにすればいい。手取り足取り色々教えてやる」


まるで私の思考を読んだかのようだ。さらにグイグイ近づいてくるクリス。正直、引く。こんなクリスは好きではないが、この男をモデルに恋愛小説を書くのは、悪くない選択か?


野鳥の鳴き声が響く。もう蒼い鳥はいないだろう。例え、蒼い鳥を見つけたとしても、必ず幸せになるという保証もない。結局、幸せは自分の選択によるもの。素敵な人と一緒にいても自分が愚かだったら幸せになれるかわからない。逆に言えば、誰と一緒になっても同じ。茶色い野鳥しか現れなくても、幸せを選んでいくのは自分だから。


だとしたら、クリスと一緒になったとしても、他の誰でも幸せになる自信も出てきた。自分さえ幸せを選べるのなら、蒼い鳥がいなくても大丈夫。茶色い野鳥しか見えなくても私は幸せになれる。根拠のない確信だけあった。


「そうね。考えてみるわ」

「本当か?」


初めて私の口から肯定的な言葉が漏れた。クリスの目はきらりと輝く。


「少し前進だな?」


クリスの声は浮かれていた。私は苦笑。こんな事で喜べてしまうのも、一種の才能かもしれない。


そしてトリスタン先生の事件も、ほんの少し前進。この後、ホテルに潜入調査もしたが、女子更衣室で、料理長のセドリックが少年と一緒にいたという噂も耳にした。


「そう。セドリック料理長って男も女も大丈夫ってタイプで、見た目と違うから」

「マジで? ここのホテルの従業員も手当たり次第っぽいよ」

「えー、本当!?」


女達の噂を聞きながら、この事件のキーワードは少年だと確信した。


まだまだ少年について何の手がかりも得られていないが、ロドルフ先生、トリスタン先生、そしてセドリックも少年と関わりがある事がわかった。


推理の方も少しずつ前進していた。

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