第20話 恋の病です
別荘地の森を抜け、村の中心部に戻る事になった。行方不明のパウラを白警団に探してもらうつもりだ。
私もクリスも早歩き。慌てている。汗も出てきたが、こんな時に楽しい雑談なんてできない。私もクリスも無言。森の鳥の鳴き声だけ響く。なお、蒼い鳥は全く見当たらない。
それにしても、恋がわからない。パウラは仕事も大変だったとはいえ、失恋なんかで失踪してまうなんて。恋愛偏差値ゼロの私は全くわからないが、恋とはそういうものなのだろうか。好きになったら、理性も飛んでバカになってしまうのかも。私も推理小説に置き換えて考えれば少しは失恋の痛みも想像できた。「推理なんてやめろ」と文壇サロンのおじ様に言われ、追放された時の事を思い出すと、もしかしたらあの悔しさに近いのかもしれない。
こうしてパウラの気持ちを何とか想像し、理解しよう思った時、ちょうど別荘地の森を抜け、コレット店長のカフェの前にでた。隣のシビルのバーは営業中で灯りがついていたが、コレット店長は閉店準備中で忙しそう。カフェの前を掃除し、看板なども片付けていたが。
何かパウラの事も知っているかもしれない。あんな噂好きだ。白警団に行く前にコレット店長から事情を聞こう。
「え? パウラっていう子が行方不明なん? ホテルのカウンターの子?」
事情を説明すると、すぐにコレット店長は食いついてきた。「私に頼ってよ。白警団より私の方が絶対頼りになる!」とドンと胸を叩いていた。
思わずクリスと顔を見合わせるが、私達はコレット店長の自信満々さに飲まれてしまったらしい。カフェに入り、詳しくコレット店長に事情を説明する事にした。パウラのロドルフ先生への恋心を説明するのは躊躇しそうになったが、今はそれどころじゃない。それに自信満々のコレット店長は頼もしい。白警団に行くより良かったかもしれない。
その上、コレット店長からお茶やクッキーを振る舞われ、落ち着いてきた。アサリオン村の駅員に聞いた時は、パウラは見ていないと言っていた。列車に乗って遠くへ行った可能性は低い。だとしたら、この村にいる可能性大だ。
「アンナ嬢、落ち着けよ。氷の成金令嬢だろ」
クリスにも指摘され、気分はすっかり落ち着く。村にパウラがいるとしたら、どこだろう。冷静になってきた頭は、推理に向かい始めていた。
「そうよ。あんた、推理作家だろう。冷静になって考えてみ?」
コレット店長から熱いお茶も渡された。そのお茶を一口飲むと頭にこんな言葉が浮かぶ。自暴自棄。パウラはそうなっている可能性がある。仕事も上手くいかず、酒を飲んで愚痴ってた。その上、蒼い鳥も見つからず、好きな男性は少年と男色だった。こんな時、取る行動は? 自分を傷つける行動ではないか?
その推理を話すと、なぜかコレット店長はハッとしていた。
「アンナ、私も推理していい? あなたが書いたカフェ店長のミステリ、読んだから」
コレット店長は子供のように目を輝かせていた。とても六十過ぎの未亡人に見えないが、推理はコレットに引きつごう。
「このパウラって子。噂では元奴隷の子ね。元奴隷の子は、特に女性はね……。風俗に行くことが多い」
コレットの推理に私は声も出ない。しかし、その通りだ。男尊女卑の我が国、女性が性を売る事は珍しくない。特に奴隷、元奴隷、貧困者、元犯罪者など、簡単に風俗に堕ちやすい構造があった。昔は女が誘拐され売られたケースもある。女がつける仕事は多くはなく、劣悪な環境のものが多い。賃金も女の方が安い。我が国にはそういう法律もあった。タラント村のような観光地では、女でもつける仕事は比較的あるが……。
「確かにその可能性はあるな。俺もそういった本を読んだことがある。虐待や奴隷のような経験をすると、自分を大切にできなくなり、男に性を売るようになる」
クリスの声はいつになく真剣だった。余計にいたたまれないが、だとしたらパウラは今、どこに?
ここでコレット店長はあのノートを持ってきた。
「噂よ? タラント村クイーンホテルの裏手に公園があるでしょ。そこで女性が立っていると、汚いおじさん達が買いにくるらしいわ。パウラって子もその噂を知っているんじゃない? 可能性はあるわ」
コレット店長の推理は、私から見ても筋が通っている。パウラが身体を売るために、公園にいる可能性大!
「クリス、行きましょう。たぶん、パウラはその公園にいる」
「だろうな。アンナ嬢」
クリスもコレット店長の推理に同意しているらしい。二人とも頷き、カフェを後にし、公園まで走った。
「私の方が名探偵では?」
最後までコレット店長はそう言って自信満々だった。確かに私がそんな公園を見つけるのは不可能だ。トリスタン先生の件もコレット店長が見たこと信頼できるだろう。
そんな事も考えつつ、公園に到着。もう空はほとんど真っ暗だったが、今日は月が見えた。爪の先のような細い月だったが、昨夜よりは少し明るい。
つい月を見てしまったのも、公園には目を逸らしたい光景があったから。公園には若い女性達がズラリと並んでいた。どの女性も美人だったが、化粧や髪の色が濃く、露出も多い。本当に見たくない光景だ。我が国の負の一面が凝縮されているような場所。クリスも眉間に皺がより、頬が引き攣り何も言えない様子だ。若き極悪経営者が言葉を失うなんてよっぽどだが、現実は直視しよう。
女達に近づき、ひとり、ひとり顔を確認した。側で見る女性達の顔は幼い。化粧で隠しているだけで、目元は赤ちゃんみたい。余計に憤りそう。まだ汚いおじさん達が来ていないのが救いだ。もしこの場所で汚いおじさん達を見たら、平手打ちでもしてしまってた。
「見つけたわ、パウラ」
パウラを見つけた時は、安堵というより呆れた。いくら失恋したとしても、こんな風に自分を傷つけようとしているのは、理解も想像もできない。他人を害する犯罪心理学は勉強していたが、自分を傷つける女については、まだまだ無知だった。
「自暴自棄になるのは辞めろよ。ロドルフなんかに失恋したぐらいで」
クリスの言葉はきついが、口調は優しい。クリスの不器用な優しさは、パウラにも伝わったらしい。この場にしゃがみ、大泣きしてしていた。パウラのメイクもぼろぼろ。
今は濃いメイクをし、露出した服を着ていたが、泣いている姿は子供みたいだ。メイクも崩れてしまったので、もはや喜劇スタイルだ。この姿でパウラに色気を感じる異性は少ないだろうが、私もクリスも全く笑えない。
「もう、パウラ。家に帰ろう」
とりあえずパウラを公園から連れ出し、入り口周辺で説得する。あの成金風のハンカチも差し出し、パウラに渡すが、余計に彼女が激昂し、過呼吸になりそうな雰囲気。
「アンナ嬢、この様子だと家に帰れるか?」
「そうね、困ったわね……。一人きりにできない感じよね」
かといってホテルに連れていくのも無理。嫌がらせ中のジスラン支配人がいるだろう。病院はもっと無理。この行動の原因・ロドルフ先生の職場など決して連れて行けない。
困ったが、結局、クリスがパウラを背負い、私の別荘まで連れていく事になった。クリスは軽々とパウラを背負っていたが、彼女は終始文句を言い、途中で気持ち悪くなったのか、クリスの背中に嘔吐までしていた。
「おいおい、勘弁してくれよ。吐くならトイレでしろよ」
クリスは相当呆れていたが、パウラの文句は止まらず、「クリスさんなんて残念イケメンだよ! アンナに執着中の残念イケメンのくせに!」などと暴言も吐き、さすがの私も呆れた。この暴言にはクリスもダメージを受けたらしく、何も言えない様子だった。
とはいえ、わがままな子供を背負っている父親みたい。私はこんなクリスは嫌いじゃない。案外、父親になったら、子供大好きになるかも。クスリと笑ってしまう。
「アンナ嬢、何を笑ってるんだ?」
「い、いえ……」
まさかクリスが父親になったシーンを想像していたとは口が裂けても言えない。
「まあ、でも良かったわ。ホッとした……」
別荘につき、パウラをベッドに寝かしつけると、何も言えないぐらいだ。ホッとした。まだトリスタン先生の事件は何の進展もないが、パウラが見つかっただけで儲けものだ。とにかくパウラが生きてくれているだけで嬉しい。
「まあ、良かったよ」
そう言うクリスは、珍しく疲労感が滲んでいたが、今日はもう眠ろう。私も疲れてしまったし、トリスタン先生の推理も進みそうにない。
恋についても相変わらず謎。少しは想像できるが、パウラにこんな行動をさせてしまう恋なんて。まるで病気。恋の病だ。
恋愛偏差値ゼロの私は全くわからない、謎。自分が体験したらこの謎も解けるだろうか?




