第16話 蒼い鳥を探しに行きましょう
翌日、私とパウラ、クリスと三人で村の別荘地区へ向かっていた。別荘地へ行くのは、蒼い鳥を探すためだ。パウラはホテルの客から別荘地で蒼い鳥を見たという噂を聞き、まずは行ってみる事に。
今日も見事な秋空。空は澄み、風も心地よいが、パウラは疲れているらしい。ずっと仕事の愚痴をこぼしていた。
「もう、ホテルの仕事なんか辞めたいわ。シフトも不規則だし、給料だって低いし、ジスラン支配人は汚いおじさんだし」
パウラは昨夜も同じような愚痴をこぼしていた。しかも酒を飲みながら。一応、私も注意したものだが、現状、居候の立場でそんな強くも言えなかった。
「そんなくだらない仕事だったら、辞めたらいいだろう」
クリスは愚痴っぽいパウラに困惑。クリスの周辺には愚痴っぽい人は少ないらしい。持参した鳥籠を揺らしながら、パウラに具体的な転職方法などアドバイスしていたが、 本人には全く響いていない。
「ところで、パウラ。ジスラン支配人からの嫌がらせっていつ始まったの?」
それも謎だった。隣を歩くパウラに聞いてみた。普通、人は何の理由もなく行動しない。犯罪心理学の本にも書いてあった。ジスラン支配人がパウラをターゲットにする理由はあるだろう。
「そうだな。パウラ、何でターゲットになってる?」
クリスにも問われ、パウラは渋々答えた。入社当時、ジスラン支配人は女好きな汚いおじさんだと周囲に疎まれていたらしい。それでもパウラは笑顔で接し、良好な関係を築こうとしていた。
「なのに、急に悪く言われるようになって。私が笑顔で接したのが悪かった? アンナ、どう推理する?」
私はさらにパウラの話を聞くと、ジスラン支配人に叱られた後は、コーヒーや菓子の差し入れが必ずあったという。また、ジスラン支配人の連絡先のメモがロッカーに入っていた事もあるそう。
思わず私はクリスと目を合わせてしまった。これはジスラン支配人、パウラに気がありそう。女好きという噂は事実らしいが、好きな子こそ虐めて楽しむタイプだろうか。
その推理の結果はパウラに言えない。ジスラン支配人の気持ちを勝手に伝えるのは、いくら推理作家でもマナー違反だろう。
それにクリスの目が泳いでいた。手に持っている鳥籠を見つめ、バツが悪そう。何か心当たりがあるのか「アンナ嬢、今までバカとか面白い女とか言って悪かった」と謝罪までしている始末だ。
私もこんなクリスに微妙な気持ち。クリスも好きな子をいじめるタイプか。若き極悪経営者の中身は子供かもしれない。こうして別荘地区まで辿り着き、蒼い鳥を探す事に。
クリスが持参した小型望遠鏡などを覗くが、蒼い鳥の影すら見えない。茶色っぽい野鳥ばかり目につく。鳴き声も耳につく。
「あれ? まさか、じいや?」
望遠鏡でじいやの姿を確認した。私たちの別荘近くに立っているではないか。急いでみんなで別荘の方へ。
「お嬢様! クリス! パウラさんも!」
じいやは涙目で喜んでいた。なぜかクリスがアサリオン村に来ていた事を喜んでいたが、もう身体は完治に近いらしい。今日は主治医のロドルフ先生がお休みなので、こっそり病院から抜け出し、別荘を確認しに来たという。
私たちも推理の進捗や蒼い鳥を探しに来た事をじいやと共有したが、健康そうでホッとした。蒼い鳥に頼らなくても、じいやの健康は守られたらしい。
その上、もう別荘は白警団が撤退し、私たちも利用できるようだ。
「良かったわ。これで別荘で暮らせる」
思わずホッとした。このままパウラの家で居候するのは気が重かった。パウラは全く気にしていないようだが、みんなで喜んでいると、声がした。
「なんだよ、お前ら。四人で何をやってるんだ?」
嫌味っぽい声。声の主は白警団のオーレリアンだった。別荘から撤退した白警団だったが、聞き込み調査中らしく、メモ帳片手に私たちを睨んでいた。
「お前ら、調査を邪魔するなよ。邪魔したら、また逮捕するからな!」
メガネを掛け直すと、オーレリアンはさらに睨み、脱兎のごとく別荘の前から去っていく。
「ふぅん。あれが白警団か。嫌味な男だな」
クリスは腕を組み、顎も吊り上げオーレリアンの背中を睨み返していたが、この様子だと、白警団も何の進展がなさそうだ。あの余裕が無い態度。調査が進展している気がしない。別に私たちも進展していないが、オーレリアンが無能そうだと余裕も出てきた。改めて蒼い鳥をみんなで探そう。そう決め、別荘周辺の森に入る。
「じいや、どう? 蒼い鳥いる?」
木々の匂いを嗅ぎつつ、望遠鏡を覗き込むじいやに聞く。
「さあ。いませんね」
「じいやさん、ここらの森って静かね。何か死体でもありそう」
一方、パウラは蒼い鳥探しに飽きてきたのが、不穏な発言。私もじいやも死体の第一発見者だ。その事を思い出し、私たちは無言になってしまう。
「まあ、アンナ嬢。いざとなったら蒼い鳥で願掛けでもすればいいだろ。蒼い鳥だっているか不明で……」
クリスの声が途切れた時、さっと何かが光った。
目の前に蒼い鳥が横切った?
「待って!」
私たちがその鳥を追いかけた事は言うまでもないが、捕まえられない。木々に隠れてしまい、茶色い野鳥しか見えない。ピーピーという野鳥の鳴き声も、何かバカにしたような響き。
「やっぱり蒼い鳥に賭けるよりも、現実的にできる事をした方がいいかも?」
思わずそう呟いた時だった。望遠鏡を覗き込むと、森の洞窟の側で見覚えのある男がいた。さっきのオーレリアンではない。じいやの主治医のロドルフ先生だったが……。
パウラはショックで望遠鏡を落としていた。ロドルフ先生は、少年と一緒にいた。しかも熱く抱き合い、どう見ても浅い関係ではない。
ロドルフ先生に想いがあったパウラは絶句。顔も真っ青。逃げるように森を飛び出してしまった。
一応、私たちも追いかけたが、パウラは「一人にして!」と叫ぶし、これ以上何もできない。
「かわいそうなパウラ。せっかく気分転換に来たのに、あんなところ見てしまうなんて」
パウラへの憐れみで、私も何も言えやしない。事情を察したクリスやじいやも複雑な表情だ。もう蒼い鳥どころじゃない。蒼い鳥の伝説は文字通りの幻だった可能性が高そうだ。そんな願掛けをするな、まずは自分の力で頑張れと誰かがメッセージを与えているみたい。
恋愛偏差値ゼロの私だ。失恋はもっと未知だが、なぜ人は恋をするのかも謎。パウラの青い顔を思い出すと、傷つくぐらいなら恋などしなければいいのに。理解できない事だった。
「クリスはどう思う?」
思わず隣にいるクリスにも聞くが、彼も答えない。固く唇を閉ざしてる。この謎は推理しても答えが出ない気がした。




