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作家令嬢の田舎追放推理日記〜「推理なんてやめろ」と言われましたが、追放先で探偵はじめます〜  作者: 地野千塩
第2部・アサリオン村編

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第15話 壁ドンの功罪です

翌朝、私はまたホテルで潜入調査中だった。今日は朝食で特別ビッフェフェアもあり、人手が集中。女子更衣室も昨日より賑やかだ。


ここのスタッフ、生粋の村人は少ないらしい。周辺の村から出稼ぎに来ている庶民〜貧困層の女性が多いらしく、おかげで私は全く浮かない。クリスが立てた潜入調査のキャラ設定は、良い方に動いていた。


といっても、女性が集まれば噂話の花が咲く。貴族の令嬢たちの噂話も酷いが、ここの女性達も例外ではない。


特にここのホテルの支配人が噂話のターゲットになっていた。支配人の名前はジスラン・バルサリー。マーガレット嬢の親類らしいが、借金があり、プライベートでは悪い噂も多いという。


「あんなチビでギョロ目の支配人なのに、フロント係の子達にセクハラしているらしいよ」

「マジー? あんな汚いルックスの支配人が何言ってるんだが」

「ねぇー、気持ち悪いよね。あの目が。いつも女の人の事、気持ち悪く見てる感じ!」

「まあ、こんな田舎だと娯楽ないし。考える事は異性ばっかになるよね」


女たちの中で支配人・ジスランの評判は最悪だった。私はスタッフ用のエプロンをつけながら、噂話に耳をそばだてる。何が事件のヒントになるかわからない。


「でも私、支配人が少年らしき人物と歩いているの見たし」

「マジ? 男色だったの?」

「やだぁ。貴族では多いって聞くとけど、汚いおじさんの支配人では絵にならないじゃーん。美少年とイケメンにしてよぉ」


女たちは支配人に言いたい放題だったが、ここまで聞くと、あまり支配人とは関わらない方がいいかもしれない。もちろん、噂が本当かも謎だったが、汚いおじ様は文壇サロンでこりごりだった。


そして女たちの噂話は飛び、村の医者についてもペチャクチャと話し始めた。


その医者は私も知っていた。じいやの主治医だ。確か名前はロドルフで、パウラも好意的だった。噂によると、見た目がよく、村の女達からモテているらしい。ジスラン支配人と違い、ロドルフについては黄色い声をあげる女達。


「でもー、ロドルフ先生も男色っていう噂あるよね?」

「あー、あったね! なんか少年を買っているっていうの」

「見た人がいるんだよね。でも、噂よ。それに支配人と違ってロドルフ先生だったらイケメンだから許すー」

「ねー、かえって絵になるし、萌えるから」

「きゃー、あはは!」


女達の噂話は就業間近まで続き、私の耳もキンキンしそうだ。一応、ジスラン支配人、ロドルフ医者の噂も頭にメモしつつ、仕事に励んだ。今日も目が回るほど忙しく、仕事中に聞き込みはできなかったが、なんとか夕方まで頑張った。


足はぱんぱんで、筋肉痛も酷いものだが、すっかり仕事に慣れた。この調子でいけば、潜入調査もうまくいきそう。私も上機嫌になりつつ、更衣室で着替え、ホテルの裏手に出たところ……。


「奴隷の女のくせに!」


怒鳴り声が響き、すぐに身を隠した。ホテルの裏手ではパウラがいた。カウンターの制服はあまり似合っていなかったが、ジスラン支配人から大声で叱られているではないか。


ジスラン支配人は背が低く、スーツスタイルが全く似合っていないが、目は怒りで燃え、パウラの仕事ぶりをネチネチと細かく指摘。その上、パウラが元奴隷の身分だという事も言及し、差別発言までしている。


聞いていられない。確かに仕事の注意は必要だが、身分などどうでも良いはずだ。それにパウラが男性だったら、ここまでの発言もあったか謎だ。我が国特有の男尊女卑的な言動だろう。我慢できない。今は野暮ったい主婦として潜入調査中なのを忘れた。


「支配人、それは差別ではないですか。言い過ぎです」


裏手に出ると、思わず大声が出てしまった。同時にパウラに目配せする。目で「この隙に逃げて」とパウラに訴える。パウラは少し躊躇していたが、涙目になりつつ逃げた。それは良かったがジスラン支配人の目は真っ赤だ。顔も茹ダコみたいに真っ赤だ。


「お前、誰だ? 女のくせに生意気な事を言うな!」


予想通りの反応だ。文壇サロンのおじ様にも「女のくせに」と言われていた。「推理なんてやめろ」が一番言われた台詞だが、我が国の汚いおじ様に実装されている口癖らしい。


冷静にジスラン支配人を観察していた私だけれど、さらに向こうは激昂した。残念ながら、小人のようなジスラン支配人は全く怖くない。普段、背の高いクリスに壁ドンされていたせいか、余計に小人に見える。クリスの妙な壁ドンもたまには役立つじゃないの。


「うるさい! 女のくせに偉そうな態度を取るなよ!」


ジスラン支配人は私の髪の毛を掴もうとしてきた。これは不味い。かつらが脱げる。アンナ・エマールだとバレる。これは一巻の終わりではないか。


「やめてください」


素早く逃げようとした時だった。クリスが現れた。


クリスは状況をすぐに察したらしい。壁みたいに私の前に立ち、ジスラン支配人を見下していた。背の高いクリスと小人のようなジスラン支配人。身長格差がえぐい。スーツもクリスの方が板につき、実に堂々としたものだ。一方、ジスラン支配人はガタガタと震え始めた。私はうっかりジスラン支配人の方を同情しそうになった。


「俺の名前は知ってるか? クリス・ドニエだぜ」


クリスの低い声はトドメを刺した。ジスラン支配人は捨て台詞を吐きながらも、走って逃げてしまった。


「アンナ嬢、汚いおじさんと関わるのは辞めろ。俺だけを見てろよ」


ほっとしたいのに、なぜか壁ドンされた。また例の恋愛小説の真似事らしい。その中に「俺だけ見てろよ」という台詞もあった事を思い出し、ため息が出てくるが、パウラも戻ってきた。


「え? クリスさん、何変な事言ってるの?」


こんな状況をパウラに目撃され、クリスもダメージを受けたらしい。赤面し、うめき声もあげながら、その場所でしゃがみ込む。


「ク、クリスさんて残念な人だった?」


パウラは驚きが隠せない。目が丸くなってる。確かに今のクリスは残念だが、おかげでパウラも気が抜けたらしい。クスクスと笑い合い、私たち三人は完全に打ち解けてしまった。


「だったら、クリスさん、みんなで蒼い鳥を探しにいかない? クリスさんの恋も叶うかも。アンナも事件が解決するかも?」


そんな誘いも受けた。パウラはもう仕事に疲れてしまい、明日は有給をとって息抜きもしたいという。


私とクリスは顔を見合わせた。二人とも蒼い鳥伝説など信じてはいない。クリスは迷信は嫌いなタイプだし、私も犯人は自分の手で見つけたい。


それでも疲労が滲むパウラの目を見ていたら、気が変わった。現状、事件は大きく動いていない。じいやも入院中で、それも心配だ。幻の蒼い鳥伝説に乗ってみるのも悪くない?


「いいわね、パウラ。蒼い鳥を探してみよう」


そう言うと、パウラはにっこりと笑顔だ。


「まあ、いいか。蒼い鳥がいなくてもアンナ嬢は俺のもんだ」


まだ恋愛小説の台詞を真似ているクリス。そんなクリスにパウラはクスクスと笑う。みんなで笑っていると、ジスラン支配人の事は忘れてしまった。

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