第13話 潜入調査中のキャラ設定も重要です
翌朝、綺麗な秋空だった。小鳥の鳴き声が響き、風も爽やかな朝だったが、世話になっているパウラは仕事で早起きだ。私もパウラに合わせて早起きし、トイレや風呂掃除を手伝う。
パウラは気を使うなと恐縮していたが、そうもいかない。居候状態なのも気まずいし、私は成金令嬢。両親の資金繰りが失敗し、一時期貧乏暮らしもしていた過去もあるので、家事なども全然苦じゃない。そんな私の姿に、パウラは目を丸くしていたが、クリスが訪ねてきた。
しかも朝食の準備もはじめ、三人で食事しようと提案。これにはパウラも余計に恐縮していたが、クリスが作ったキノコスープやサラダ、果実のジュースに腹が鳴っていた。
結局、パウラの家で三人で朝食をとることに。潜入調査のこともパウラに共有し、全面的に協力してもらう事にもなったが、彼女も仕事で忙しい。朝食を食べ終えると、パウラはバタバタと走りながら仕事へ。
残された私とクリスはゆっくりと果実のジュースを飲む。
「それにしても、クリス。あなた料理が上手ね。どこで覚えたの?」
クリスの謎その一。クリスは料理がうまい。男尊女卑の我が国で家庭料理を進んでできる男は珍しい。タラント村でも謎だったが、改めて見ると余計にこの国では珍しい。
「俺の母は色々あって料理できない人でな。代わりにやってたらできるようになった」
「そうなんだ。色々って何?」
「そんなのどうでもいいだろ。次は潜入調査についてだ。これが俺が考えた潜入中のキャラ設定なのさ」
「え?」
クリスはシャツのポケットから折り畳んだ紙を見せた。そこには私の潜入調査でのキャラ設定が事細かに書かれている。私の小説のキャラクター設定より細かく書いてあるぐらいだ。
潜入上のキャラは、庶民の出稼ぎ主婦。髪の色は黒、メガネがチャームポイント。そばかすもあり、野暮ったい雰囲気。爪をかむ癖がある。故郷にいる夫を一番に愛するなどなど背景も細かい。
「何これ? そんな細かい設定って必要?」
「アンナ嬢、君は作家だろう。細かいディテールが大事じゃないのか?」
そう指摘されるとぐうの音も出ない。確かに適当なキャラ設定で潜入調査するよりも、ここは詰めた方がいいだろう。後で小説のキャラ作りにも役立つかもしれない。私はクリスの書いた紙を凝視し続けた。
「カツラやメガネなどの変装道具が必要ね。この村で買えるかしら?」
「駅近くに衣服店がある。飯を食ったら行こうではないか」
クリスは子供みたいにケラケラと笑ってる。
何だか私以上に楽しんでいる気がするのだが、この通りにするのが一番良さそうだ。朝食の片付けやパウラの家の掃除を終えると、駅の方まで歩く。
観光客も多く、伝説の蒼い鳥を探しているカップルやグループも多いらしい。駅周辺は小さな村とも思えないほど賑やかだ。
「クリスは蒼い鳥いると思う?」
「そんな都合の良い鳥なんていないだろ」
即答。やはり性格悪そうに観光客を見ているが、もう一度言い直していた。
「が、こんな小さな村の伝説でこれだけ観光客を呼べるのはすごいマーケティング戦略だ。経営者としては気になるよな」
この時は経営者の顔つきだった。今日は休暇らしく、白シャツに綿パン姿。シャツの上の方のボタンのあけ、髪も無造作だったが、目はちゃんと経営者モードになるから、面白い。
そうこう話ているうちに、駅の近くの衣服店に到着。店頭にはマネキンも飾られ、老若男女さまざまな服を売っているらしい。店名はエメの服屋。おそらくエメという人物が店長だろう。王都の衣服店と比べると小さいが、ここから変装グッズもあるといい。実際、入店すると、伊達メガネやかつらもあっという間に見つかった。他にも小さな店ながら、古着や子供服、アクセサリーなども豊富だ。店内は狭いぐらい。
「でも、クリス。あの店長さん? エメって人だと思うけど、シビルやマーガレット達と一緒に私を迫害した人よ」
レジの方にいる店は見覚えがある。六十代ぐらいのマダムだが、金髪のショートカット。化粧も濃いめの女だが、確かマーガレット嬢のバックに立っていた女だ。会いたくない。実際、私の姿を見つけると、きつく睨んできた。
「店長さん、素敵な店だね」
そんな店長、エメだったが、クリスに褒められると、ポーッと頬も染めていた。
「やだ、お兄さん。イケメンね。褒めても何も出やしないわ」
そうは言ってもエメはクリスを見てポーとしたままで、代金も半額になってしまった。
「ありがとう、エメ店長」
クリスはキラキラの笑顔を見せ、変装道具も購入。こんな展開、タラント村でもあったが、女性がイケメンに弱いのはどこも同じか。
おかげであっさりと変装道具も入手でき、再び二人でパウラの家に戻る。一応変装の準備の為、一回試してみる事に。着替え、いつもより野暮ったいメイクをし、かつらをかぶる。メガネもかけたら、クリスの前に出てみる。
「どう? 変装になっている?」
クリスはパチパチと拍手し、この変装は大成功らしい。確かに鏡の中にいる私は別人だ。この後、職安に行き、仕事の紹介もして貰えば潜入調査の準備は終了だろう。パウラの話だと、ホテルは万年人手不足らしく、だれでも働けるらしい。こ今のところは順調そのものだったが、クリスはまた笑ってる。
「何笑ってるの? クリス? そんなに今の格好はおかしい?」
「この変装は主婦だろう? 何か足りないだろう?」
「うん? 何だっけ?」
推理をしようとしたら、クリスは私の左手をとった。一瞬で左手の薬指に指輪をはめ込んでしまった。
クリスが今しているダミーの指輪と全く同じデザインだった。
「い、いつの間に用意したの?」
まさか、この為にわざわざ潜入調査用のキャラを作ったのか?
その用意周到さに、全身がモゾモゾとし、恥ずかしい。今すぐ指輪を抜き取りたいが、それも逆に恥ずかしい。つまり動けない。
「なあ、推理って楽しいよな?」
クリスはそんな私を見ながら上機嫌だ。よっぽどお揃いの指輪をつけている事が楽しいらしい。口笛まで響かせている。
「あのね、クリス。トリスタン先生が亡くなっているの。推理で楽しまないで」
慌てながら真面目な指摘をするが、クリスはずっと上機嫌だ。口笛は止まりそうもない。
こうして私は職安に行き、ホテルの仕事も紹介して貰い、あっという間に潜入調査が決定。パウラとは部署が違ってレストラン部門での配膳と皿洗いだったが、順調に来まっていく。翌日からさっそくシフトも決まった。
「なあ、アンナ嬢。推理って楽しいな」
ずっと上機嫌なクリス。もう私は何も言えない。左手の薬指を見るたびに、恥ずかしくて仕方ないから。




