第10話 若き極悪経営者・クリス登場
「アンナは犯人じゃないわ。むしろ、真犯人を探そうとしているから。お願い、みんな冷静になってよ!」
そんなパウラの声はかき消され、私はあっという間に村人に取り囲まれてしまう。
今度は子供だけじゃない。老若男女さまざま。面白がっている観光客もいる。ここから逃げ出すのは難しそう。
「あんたがトリスタン先生を殺したのね! 許さないわ!」
その中でも、例のバーの店長が一番ヒートアップしていた。見た目は儚げな美女だが、感情的。声も低く、背は高いので圧はある。
これも何か事件と関係があるかもしれない。私は推理作家らしい観察眼で彼女を見る事にした。
雑踏の声を総合すると、彼女の名前はシビルらしい。バーの店長らしいが、トリスタンとはどういう関係だったのだろう。
「トリスタン先生とはどういう仲?」
私は村人に負けず応戦した。想像以上に低い声が出てしまったが、シビルはキツく睨み返してきた。
「そんな事はどうでもいいでしょ! 常連さんだったのよ。バーにも色々気にかけてくれてたの。そんな優しい人を殺したって何?」
私がシビルの低い声を無視し、服装を観察。黒いドレスが似合ってる。喪に服しているつもりなのだろうが、指輪、ネックレス、ブレスレットは外していない。しっかりと赤いマニュキアも塗っているし、アクセサリー類も安くないはず。成金の母が身につけているアクセサリーと似てる。田舎者らしいセンスの無さといえばそれまでだけど、バーの店長でこんなアクセサリーは購入できるのだろうか。お酒は利益率は高いが、これは引っかかる。
こんな風に冷静に観察しているものだから、シビルは余計に怒っていた。その怒りは村人のも伝染している模様。さらに私へバッシングは高まるばかりだが、このチラシを作ったのはシビル?
ジ・エンドな状況であるものの、それは気になる。シビルの前に出て、堂々と本人に問い詰めたが、答えない。目が泳いでいる。
これはシビルが犯人か微妙なところ。口調やボギャブラリーからして、頭のレベルはド田舎のバー店長というレベルだし、こんなチラシを作れるほどの知恵があるとは思えない。
村人の顔ぶれを確認すると、その中にマーガレット嬢の顔もあるではないか。しかも、村人をバックにつけ、邪悪な目を見せていた。いつもの清楚風のお嬢様という雰囲気は台無し。証拠は一切ないが、多分チラシの犯人はマーガレット嬢だろう。
彼女はクリスに恋してる。私に逆恨みし、チラシを作成したとしてもおかしくないし、そのスキルや資金もある。それにマーガレット嬢はバカじゃない。悪知恵だって回るだろう。
マーガレット嬢の後にいる村人は二人。両者ともマダムだろうか。六十前後の女性で、一人は金髪ショートカット。もう一人はサングラスをかけ、首に望遠鏡をぶら下げている女だ。さっそく村人を味方につけている点では、先を越された。貴族の令嬢らしく、コミュニケーション能力も高いのだろう。先を越された上、こんな風に嫌がらせも開始するマーガレット嬢の裏の顔を察する。
「ねえ、マーガレット嬢?」
今だにギャーギャー感情的に騒ぐシビルを無視し、私はマーガレット嬢に近づく。全てお見通しという推理作家らしい目をしていたら、向こうも息を飲み、黙りこむ。
この態度。どう見てもマーガレット嬢が犯人。王都での清楚な令嬢という評判は嘘みたいだ。恋は人格を変えてしまうのだろうか。だとしたら、私は恋愛偏差値ゼロのまま、本格推理マニアでいる方がマシかもしれない。
「ねえ、マーガレット嬢。私、あなたは令嬢らしい女性だと尊敬もしていたわ。私のような成金令嬢とは違うって思ってた。ガッカリよ」
私はあえて笑って見せたが、マーガレット嬢の顔は真っ青。イタズラがバレた子供みたいな顔をしていたが、一方的にやられるわけにはいかない。
「この事はクリスに報告しておきましょうか?」
「う、うるさいわ!」
クリスの名前はマーガレット嬢にとっても地雷ワードだったらしい。子供のように喚くと、私を押し倒し「殺人犯のくせに!」と吠える。
状況的にはジ・エンドだが、推理には証拠や証言が必要だ。
押し倒され、村人に囲まれている。こんな最悪な状況でも、私は普通に立ち上がり、白警団のオーレリアンに言った内容をそっくりそのまま説明した。
「う、うるさい……!」
シビルや他の村人も私に論破され、黙りこんでいるというのに、マーガレット嬢は違う。
私に近づき、頬を叩こうとしている。これは困った。恋の力恐るべし。普段、清楚な令嬢がこんな風に取り乱すのは何故か。恋のせい?
「ゆるさないから!」
マーガレット嬢の指先が近づき、思わず目を瞑った時だった。
てっきり頬を叩かれると思ったが違った。頬に痛みは無く、急に周辺が静か。シビル達村人も、波が引くように去っていく。
マーガレット嬢もそう。脱兎のごとく走る。すごい逃げ足。残るのは私とパウラだけだったが、顔を上げるとよく知った人物がいた。
クリスだった。クリス・ドニエ。
私がこの村まで逃げてきた理由だが、今日はきっちりとスーツを着込み、髪もセットし、経営者モードだ。しかし、目は吊り上がり、初対面のパウラも涙目になるぐらい怖い顔。
「まったく雑魚ども。俺の顔を見たら、みんなに逃げていったな」
そう呟くクリスの顔。相変わらず整ってはいたが、タラント村の事件以降、犯人一身のセニク一族や文壇サロンのおじ様達の会社を手荒に買収し、「若き極悪経営者」という二つ名がついていた。元々は「若き天才経営者」と呼ばれてはいたが、今のクリスの顔は見事に極悪。村人達が泣いて逃げるのはもっともだ。
なぜかクリスの顔を見ていたら、安堵で泣きそう。じいやと再会した時もこんなに泣けなかったのに。
「大丈夫か? アンナ嬢」
「大丈夫じゃないわぁ!」
子供みたいに泣きそうになるから困る。氷に成金令嬢なんて嘘。実際はそんなに冷静でも、頭も良くない。単なる本格推理小説ヲタクだ。
今は気が抜けて、同時に涙も出てくる。おそらく生理現象だが仕方ない。
「おー、よしよし、アンナ嬢。俺と結婚したら、こんな目に合わせないからな」
なぜかクリスは私の頭をポンポン叩き、側で見ていたパウラの顔の方が真っ赤。それにしても今のクリスは演技がかってもいるが、いつもと何かが違うみたい。
「ただし、俺と結婚するという条件ならな」
相変わらず性格の悪さを発揮していたが、なぜクリスはアサリオン村へ来たんだろう?
謎だ。でもその推理はひとまずお休み。




