第7話 まだまだジ・エンドではありません
「やーい殺人犯!」
「こいつが犯人だぞ!」
「アサリオン村から追い出せ!」
子供は天使なんて誰が言ったのだろう。少なくともアサリオン村の子供たちには該当しない。全く天使じゃない。クソガキと言っていい。
あの後、村の子供達にも追いかけ回され、石を投げられ、村中を走りまわって逃げていた。おかげで濡れ鼠状態から、服や髪は乾いてきたけてど、誰も助けてくれない。むしろ村人の視線が突き刺さる。じいやも入院中だし、タラント村よりも状況が悪い。
それでも必死に逃げ回り、どうにか村の中心部まで到着。ここまで着くと、観光客も多く、どうにか人混みに紛れつつ、広場の茂みに身体を隠す。
「もう何なの、あの子供たち……」
背中に石も投げられたので、痛みもあり、しゃがみこんでしまう。空気がよく長閑な観光地のアサリオン村だったが、二面性があるようだ。実際は粗野な田舎者が集まり、同調圧力もありそう。裏の顔は無法地帯だ。
ふと、トリスタン先生の死体が頭をよぎる。確かに殺されるようなタイプには見えないが、人は一面だけではない。裏の顔があり、事件に巻き込まれてもおかしくない。トリスタン先生が殺された事が理不尽だが、だからと言って過剰に聖人扱いするのも、事件が見えなくなるかもしれない。まずはトリスタン先生のプライベート、交友関係、アサリオン村との繋がりを調べるのが先だ。
「よし、そこまで私を犯人扱いするなら、受けてたとうじゃない。推理するわよ」
かつて「推理なんてやめろ」と言われた私。もちろん、推理小説と実際の事件は違うわけだけど、推理をしようと思うと、元気が出てくるから不思議。まだまだジ・エンドではない。現状は悪い事ばかりだが、次はじいやと合流する為に動こう。推理するのにも、無一文ではどうしようもない。
「あれ?」
こうして前向きになり、顔を上げたところだ。広場の中央にマーガレット嬢がいるのに気づく。あの出版パーティー以来だったが、今日は清楚なワンピースに身をつつみ、いかにも貴族の令嬢だ。
ただ、その表情だけは令嬢らしさが消えていた。蒼い鳥の銅像を見つめながら、下唇を噛んでいた。悔しさとやるせなさ、悲しみが混ざったような目。
恋愛偏差値ゼロで、その経験がない私にもわかる。あれは恋をしている顔だ。恋愛小説で片思いしているヒロインとよく似た表情だ。おそらくアサリオン村には観光で来たのだろうが、蒼い鳥を探しに来たのだろうか。恋の願いを叶える為に。
この時の私は、マーガレット嬢がクリスに想いがある事など、すっかり忘れていた。のこのことマーガレット嬢に近づき、挨拶までしていた。
「ごきげんよう、マーガレット嬢」
向こうは追いかけられてボロボロ状態の私に驚いていたが、すぐに睨み返してきた。キッと音が響きそうなぐらいの睨み方で、思わず後退る。
「なんでアンナ嬢がアサリオン村にいるのよ……」
その時、迂闊にマーガレット嬢に近づいた事を後悔。マーガレット嬢の大きな目は、敵意や嫉妬に染まっていた。せっかくの青く澄んだ目は台無しだったが。
「いえ、そのちょっと困った事があって……」
「知らないわよ! 私はあなたと話したく無いから。クリス様と婚約中って自慢したいの?」
マーガレット嬢は一切、私の目を見ず、去ろうとする。
「ちょ、ちょと待って。マーガレット嬢。クリスとの仲は誤解で……」
「そんなの知らない。だったらなぜクリス様は左手の薬指に指輪をはめているの?」
ジ・エンド!
マーガレット嬢はさらに、私を睨みつけ、一度も振り返らずに去っていく。この土地で初めて知り合いに会ったわけだが、残念。向こうは誤解をしているし、助けを求めるのも無理そう。
「そうね、仕方ないわ……」
マーガレット嬢の事は諦め、村のホテルにでも行くことにした。じいやの入院先を調べようにも、土地勘がない。何かホテルで案内してもらえるといいが。
広場から数分歩き、商業施設が集まっている地区にホテルがあった。アサリオン・クイーンホテルだったが、田舎の景色と馴染むよう、低層棟が連なり、落ち着いた雰囲気だった。ランク的には貴族や金持ち御用達のホテルだったが、経営者は誰だか思い出せない。たぶん、どこかの伯爵家か男爵家だったが、経営難という噂を耳にした記憶がある。
「まあ、そんな事はいいか」
さっそく、カウンターに向かい、問い合わせようとしたが、マーガレット嬢がいた。
どうやらこのホテルに滞在中らしい。このまま私もホテルに入ると、マーガレット嬢とは鉢合わせは免れない。この誤解を受けている状況で、マーガレット嬢とはなるべく顔を合わせたく無い。
一旦、回れ右をし、ホテルから離れる事にした。仕方ない。駅の方でじいやの入院先を誰かに聞こうとした所だった。
ホテルの裏手から出てきた人とぶつかった。メイド服の女性で、このホテルのスタッフだと思われたが、泣き腫らし、目元が真っ赤だった。肌は浅黒く、髪も短め。年齢は私と同じぐらいの女性だったが、この様子だと奴隷か元奴隷の娘かもしれない。
我が国で奴隷や元奴隷の身分は限りなく低い。タラント村のオルガもそうだった。差別だけでなく、我が国は根っからの男尊女卑国家。この女性の仕事上の扱いも、容易に想像がつく。泣いている理由も察する。反射的に同情してしまう。
「あなた、大丈夫?」
自分も追いかけられてボロボロだったが、ポケットの中のハンカチを渡す。成金両親が作った名前入りのハンカチ。アンナ・エマールと大きく刺繍され、品の無い一品だったが、とりあえずハンカチは清潔だ。彼女もすぐにハンカチを受け取ってくれたが、目を丸くしていた。
「え、アンナ・エマール? え、アンア嬢? 作家のAさん?」
彼女はハンカチを握りしめたまま、わなわなと震えはじめた。私はAという作家名で活動していたが、タラント村の一件以来、本名は広く知れ渡っていた。
「私、ファンです! 文芸誌で『カフェ店長と未亡人の推理手帖』読んでいました! わぁ、本当? 推しです!」
まさかアサリオン村で自分のファンに出会えるとは。彼女はぱっと花が咲くように笑い、涙が止まった事は喜ばしいが。
「ところで、A先生。なんでそんな格好なんです? どういう事?」
「実は!」
これはもう、天からの助けと思う他ない。手短に事情を話し、助けを求めた。まだまだジ・エンドではないらしい。首の皮が繋がった。じいやと離れ、無一文でボロボロだけれど、まだ終わっていない。助かった。




