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作家令嬢の田舎追放推理日記〜「推理なんてやめろ」と言われましたが、追放先で探偵はじめます〜  作者: 地野千塩
第2部・アサリオン村編

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第5話 推理に私怨はやめましょう

チーチー、チュー。


目の前でネズミが走ってる。不潔な独居房にはネズミがいてもおかしくない。


普通の令嬢だったらネズミに大騒ぎするはずだ。きっとキャーキャー言うだろう。例の出版パーティーの主役・マーガレット嬢はネズミを見たら失神するかもしれないが、私は成金令嬢。しかも極度の推理マニア。毒物や薬草も推理小説を書くために調べていたし、ネズミ一匹ぐらい可愛いものだ。なんの毒性もない。蛇やカエルだと毒を持ってる種もあるが、そんなネズミはいないから。


「ネズミね。あなたはいいわね。殺人事件の濡れ衣なんて着せられていないから」


かと言って、ネズミに会えて嬉しい状況でもなく、こぼれる言葉は後ろ向きだ。


ふと、窓を見たらもう夜。窓も二重で、柵越しでは情緒はない。改めて私は独居房にいる事を自覚させられる。


看守によると、ここはアサリオン村・白警団本部らしい。罪人も勾留する牢屋もあり、ここがそう。普段は平和な村らしい。十年前の疫病騒ぎの時の軽犯罪ぐらでしか出番がなかったらしい。それは良いことだが、掃除もされていないようで、ネズミが走っているのか。納得。


何が起きているのか何もわからない。一応ベッドや洗面、トイレもあり、独居房でも生きられそう。今のところ、看守から食事も出ていない。腹がなる。タラント村でクリスが作った料理の数々を思い出し、ますます腹がなった。涙目。あのクリスが今では味方だと思う。


このままいくと、刑が確定し、償う事になるだろうか。濡れ衣を晴らすチャンスはあるだろうか。謎だが、これも推理小説を書く時に役に立つかもしれない。特に独居房にネズミがいた事を小説で描写したらリアルかも。


そう思うと、少し元気が出てきた。大好きな推理は心の栄養だ。この栄養さえあれば、なんとかマイナス思考からは脱却できそう。


とりあえず着替え(ボロ雑巾風のパジャマだったけれど)、ベッドに寝っ転がる。寝ることにした。これ以上、何か考えても仕方ない。


じいやの事は気になる。殺されたトリスタン先生の事を考えても気が重いが、今、これ以上考えても、何も出てこない。


「まあ、クリスが作った料理は美味しかったけれど……。魚料理とか木苺のジュースとか……」


とりあえず寝る。今は何かを考えても、仕方がない。涙が出るが寝る。お腹も減って頭も重いが寝る。そう、きっとそれが一番だ。未来の事を考えても仕方ない。


一晩ぐっすり眠って、翌日。


柵越しの窓の外は、綺麗に晴れていた。遠くには山も見え、野鳥の美しい鳴き声も聞こえる。どんなに状況は悪くても、朝はくる。柵越しとはいえ、窓の外を見ていたら、元気が出てきた。


それに看守からは一応、パンとスープも出た。パンはガチガチに硬く、スープは具もなかったけれど、ありがたい。美味しい。今は食べられるだけで十分。


それにタラント村でクリスが作った料理はご馳走だったんだと自覚。散々、彼について性格が悪い、口が悪いなどと評していた事が恥ずかしくなってきた。というか、私はクリスについて何も知らない。知らないのに、こんな風に一方的に逃げた事も、良くはなかった。独居房というシチュエーション上、どうも私は反省&自粛モードになってしまう。


そんな事も考えながら、パンもスープも完食。着替えも済まし、しばし待っていると、また看守がやってきて、取り調べ室まで連行された。これから白警団の担当事件調査員から取り調べがあるという。


このシチュエーション、タラント村でもあった。あの時も白警団に濡れ衣を着せられ、大変な目にあったが、二回目だと、少しは落ち着きも出るもの。私は少し笑みを見せながら、調査員と対面。


相手は若い男だった。おそらく二十代中盤。クリスと同年代ぐらいか。黒髪短髪、メガネで、痩せ型。雰囲気はシャープで、賢そう。タラント村の白警団・モイーズは明らかに無能だったが、この男はそうでもなさそう。白警団の制服もよく似合ってる。一部には強烈なマニアがいる制服だが、レトロな騎士風で、美男子が着ると、そこそこ絵になる。


「アンナ・エマールだな。お前は犯人だ」


といっても、この男は早々に私を犯人だと決めつけ、こちらに弁明の機会も与えない。鋭く睨まれ、滅多に感情的にならない私も、指先が震えてきた。


「私の名前はオーレリアン・バラボーだ」

「バラボー? バラボー家の方? まさか、あなたセニク・バラボーの親戚?」


ますます震えてきそう。この男、オーレリアンはセニクの親戚ではないか。セニクはタラント村で捕まえた犯人の一人。確かバラボー家は親戚もろとも壊滅状態とは聞いていたが。何しろ殺人犯もいるわけだし。


「そうだ。お前のせいだぞ。お前のせいでオレの出世街道もジ・エンドとなり、アサリオン村に左遷されたんだ! 白警団で犯罪者の親戚ってだけで地位は悪い」

「それはご愁傷様……」


オーレリアンの事情は察したが、余計に私が憎いらしいのだろう。セニクが捕まらなければ自分はまだ王都でエリートだったとボヤく。


「本当にお前のせいだぞ! なんで推理なんかしたんだ! 全部お前のせいだ! だからお前を逮捕する!」

「ちょ、滅茶苦茶な理論じゃない……。推理に私怨は辞めましょう?」


オーレリアンに私怨で逮捕されたらしい。全く笑えないが、呆れてきた。見た目は有能そうだったが、そうでもない? 


能力的にはタラント村の白警団モーイズと大差ないかもね?


「あのね、私を逮捕するなら、証拠を見せて。あと、どうやって私が殺したの? アリバイは? 動機は? 全部、客観的に説明してくれない?」


呆れてはいたは、かえって頭は冷静になってきた。顔を真っ赤にしているオーレリアンを冷ややかに見つめる。その上、腹の底に力をこめ、低い声で言い返す事にした。


狭い取り調べ室はかなり居心地がく悪い。ネズミつきの独居房の方がマシかもしれないが、どうにかここは耐えないと。私は氷の成金令嬢とも呼ばれる。箱入りの貴族令嬢とは違う。成金令嬢らしく、逞しくいこうではないか。


「女一人の力で、中年男を殴り殺せるかしら?」

「それはあの執事の爺さんと共謀したんだろ?」

「じいやの事ね。じいやはどこにいるの?」


オーレリアンはじいやはショックで倒れ、病院に運ばれたという。


「そんなじいやも人なんて殺せるかしら? 物理的に無理では? じいやも男だけど、老人よ」


ここまで冷静に言うと、オーレリアンは「生意気な女だな」と吐き捨ててきた。そのセリフもイライラとするが、とりあえず向こうは反論して来ない。見た目だけで、中身は無能かもしれない。頭は完全に冷えた。


密室トリックもトリスタン先生が合鍵を作っていた事も話す。編集部に確認する事も勧めた。こんな状況でもペラペラとよく口が動く。これでも推理だからだろう。「推理なんかやめろ」と言われた私だが、好きな事ができる今は水を得た魚だった。


「で、でも。動機はあるぞ! トリスタンはお前の小説を酷評。それで逆恨みしたんだ!」


オーレリアンは言い返すが、そんなのは動機とも言えない。私はかつての文壇サロンでの事、編集部からのダメ出し、公正や校閲部からのツッコミ、アンチからの手紙など、酷評など日常茶飯事だった事も話す。静かに、淡々と。オーレリアンのように決して感情的にならずに。


「そんな酷評でいちいち人を殺している暇も無いでしょう? 私はセニクに盗作された事もあるのよ。でも、殺しなんてしなかったわ。自分で殺人犯を捕まえようとした」

「ぐぅ……」


オーレリアンは全く言い返せないらしい。下唇を噛み、口篭ってる。はい、論破。


彼はさらに顔を真っ赤にしていたが、どうにかこの濡れ衣を晴らし、ここから脱出しないといけない。倒れたじいやも心配だし、このまま無能そうなオーレリアンに任せておけない。


「クリス……」


しばし、取り調べ室に沈黙が落ちたが、なぜか、ぽろっと唇からこぼれた。


「クリス・ドニエ……」


タラント村ではまるで魔法のように効いた名前。つい、呟いた。タラント村でもクリスの名前のおかげで白警団から逃げられた記憶がある。


「は? あの貴族や王族と繋がり深く、極悪経営者のクリス・ドニエと知り合いなのか?」


さっきまで赤かったオーレリアンの顔が、みるみる青くなってきた。肩も震えている。


狭い取り調べ室にオーレリアンの舌打ちが響く。


「ッチ、わかったよ、釈放だよ! その代わり、後で決定的な証拠を見つけて、お前を逮捕する!」


オーレリアンのキンキン声。とても耳障りだが、ここから出られるのなら、どうでも良い。


こうして私が外に出られた。もう独居房のネズミともお別れ。オーレリアンとの縁は続きそうなのは残念だけど。


「あ、ありがとう、クリス……」


この時ばかりは、心底クリスに感謝していた。頭の中でクリスの顔が浮かんでは消えるから、困る。

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