第4話 密室トリックはどこです!?
子供の頃から推理小説が大好きだった。うっかり推理作家になってしまうぐらい大好きだけど、確かに名探偵は行く先々で事件に遭遇していた。旅行中や結婚式でも事件に遭遇した名探偵もいた。婚約者の愛が重すぎて逃げた先で、死体を見つけても特に不思議ではない。
もっとも私は推理作家。フィクションを紡ぐ。別に本当の名探偵でもないが、目の前に死体を出されたら、推理するしかない。
鞄なら手袋を取り出すと、さっそく装着。汗がにじみ、手袋をしていると暑苦しい。じいやは泡を吹いて伸びているけど、こちらは一時的なものだろう。問題ない。そう自分に言い聞かせた。
さっそく死体の側に駆け寄り、状況を確認した。年代は五十代の男。身につけているスーツを見る限り、貴族の男だ。口髭が立派。きっと毎日良いものを食べてきたんだろう。体型はだらしない。脂肪たっぷり。ベタベタと脂っこい肌はまだ生きているみたいだが、脈は動いていない。残念だ。見たところ、殺されてすぐここに投げ込まれた?
頭には大きな傷があったが、出血は止まってる。床に血が流れた形跡はない。血の匂いあまりしない。この状況だと、殺された場所はここではない?
別の場所で殺されて、ここで犯人が投げ込んだ?
推理作家の血が騒ぐ。タラント村の事件前は「推理なんてやめろ」と文壇からバカにされていた。今でもそう言われる。我が国は男尊女卑国家でもあり、女は恋愛小説を書いとけといった風潮だ。
もちろん、恋愛小説も書くのは難しいが、我が国ではそんな風潮があり、私も何度か恋愛小説家に転向を薦められてはいたが、この状況は推理するしかない。現状、第一発見者の私が、何か見つけられる事はない?
死体から離れ、窓の様子も確認。鍵は私達が持っていた。窓も玄関も閉め切りだったはず。という事は、密室?
「これは密室トリックかしら?」
推理小説で得た知識を全部思い出した。密室トリックになり得そうな証拠、状況などを探すが、ない。
ない……?
急に冷や汗が出てきた。この状況は私達が犯人だと疑われても仕方ない?
何度か窓、玄関、屋根なども確認したが、何の密室トリックの証拠が出てこない。釣り糸や、鍵の細工の形跡など全くない。見事に何もない。
「え、どういうこと……?」
ようやく焦り始めた。この状況はとてもよろしくない。推理小説だったら、私とじいやは確実に怪しい人物ではないか。特に死体を調べている私は特に怪しいかもね!?
「てっていうか、この人誰?」
初歩的な事にも気づいていなかった。推理しても良い状況なのに、基本的な事が抜けているではないか。
なんなの、私。推理作家でしょう。このぐらいの密室トリック見破らないと!
また死体に近づき、とりあえずジャケットの中を見る。財布が無い。これは物取りの可能性もあるが……。
名刺入れを見つけると愕然。声が出ない。
「ま、まさか……」
名刺はトリスタン・バルべという名前が。王都の文芸評論家という事も印刷されているではないか。
「まさかトリスタン先生が……」
これ以上、全く声が出ない。トリスタン先生には会った事はなかった。人嫌いで、文芸サロンや出版パーティーにも滅多に出てこない。男爵家の主人でもあったが、その仕事も忙しく、様々な慈善活動にも積極的だった人。
会った事はない。自作も酷評した人物だが、死体になってしまうなんて……。
悔しいのか、悲しいのかよく分からない感情も押し寄せ、私はその場に座り込む。立っていられない。
いつか傑作を書き、トリスタン先生にも認められるのが夢だったのに。それも消えてしまった。夢が叶ったら、最新のタイプライターを買う予定もあったが、これだと、一生万年筆で執筆かもしれない。中指にできたタコがじんと痛む。
何より、誰かに命を奪われたのも明白だ。決して事故や自殺ではない。様々な感情が押し寄せる中、どうにか冷静さを取り戻し、それだけは推理できた。おそらく別の場所で撲殺された後に、ここに死体を投げられたんだ。
何のために?
考えたくないが、第一発見者に罪を押し付ける為だろう。密室トリックの謎は解けていないが、その可能性も推理できた。
それに元も子もない推理だが、トリスタン先生も編集部と繋がりがある。以前、ここに来た可能性大。その時に合鍵を作っていても不自然ではない。密室トリックの謎はここで解決? トリスタン先生が持っていた合鍵を使って、ここに侵入できる。多いに可能性がある。
なんとか状況は整理できたが、もう限界だ。立ち上がるのも難しいが、これは白警団を呼ぶのが適正だ。推理作家だけれども、リアル事件は私の範疇じゃないはず。
「ねえ、じいや! 起きて。事件よ、白警団に連絡しましょう」
「う、お嬢様……」
じいやの目を覚させ、近隣住民に助けを求め、白警団に連絡しようと決めた。
その時。外の野鳥の声に混じりながら、サイレンの音がする?
しかもそのサイレンの音は次第に大きくなり、別荘の側まで来ている?
「我々は白警団だ! お前達、殺人事件の現行犯で逮捕する!」
あっという間に手錠をかけられた。白警団に連行され、独居房へ。塀の中にいた。
じいやも連行されたらしいが、詳細は何もわからない。
「ど、どういうこと!?」
全くわからない。意味がわからない。確か私は休暇の為にアサリオン村へ訪れたはず。クリスから逃げる目的はあったものの、優雅に休暇を過ごせるものだと思っていたのに。
まさか逮捕されてしまった。今はなぜか独居房の中だ。
考えられる事はトリスタン先生の犯人だと間違われられた。つまり、濡れ衣!
どうしよう!?
推理作家じゃなくても、この状況を察すると、どう考えても私が犯人だ。密室だったし、死体も冷静に観察してしまった。たぶん、これが一番いけなかった。推理作家の職業病に負けてしまったが、どう見ても怪しい行動ではないか。
それに動機もある。トリスタン先生は私の作品を酷評していたし、逆恨みして殺したと言われたら、筋が通るではないか。状況証拠は全て私が犯人だと言っているではないか。確かに女の力で撲殺は不可能だけど、鈍器を使えば可能かもね!?
ジ・エンド。
クリスからの逃亡生活、早くもジ・エンド決定。




