第3話 本当に死体……!?
アサリオン村は、空気が良い。
この村にやって来て最初に感じた事だ。元々山の谷地にある村だ。どこか森の中のような雰囲気もあり、自然も豊かだ。秋空の美しさも相まり、景色を見ているだけでも、私の心は落ち着いてくる。
「さて、じいや。別荘に参りましょう」
「ええ、お嬢様。行きますよ」
駅から、別荘地に向かう予定だった。元々編集部が保有していた別荘だったが、最近、うちが買い取り、休暇に使う予定だ。
アサリオン村は本当に空気がいい。観光や療養目的で来る人も多いが、絵や小説などを創作しに来る作家も多いと聞いた。
駅周辺は市場など商業施設も多く、観光客も多かったが、北方面の別荘地まで歩くと、人も減ってきた。
時々、農民や村人達とすれ違うが、時々、妙な視線を感じる。確かに村では令嬢らしいドレスが目立ちそうだったが、ここはタラント村のような田舎とは違う。観光地だ。貴族も多くやって来るはずなので、さほど珍しい存在では無いと考えていたが。
「ねえ、じいや。なんか村の人の視線を感じない?」
荷物を抱え、数歩前を歩くじいやに質問した。
「そうですか? 考えすぎでは? しかし、この村は空気が良いですね」
「そう。でもね……」
じいやと一緒に歩きながら、何か不安になってきた。確かに良い空気は良いが、歓迎されている雰囲気がないというか。別荘の地周辺は、パッと見は落ち着いていたし、木々も爽やかに見えるのに。何故だろう。
「あ、お嬢様。別荘地近くにカフェやバーもあるんですね。あとで行ってみます?」
「そうね……」
じいやが指差す方角には、確かにカフェとバーがある。そこだけは賑やかだ。特にカフェは野鳥観察もできるらしい。そういえばアサリオン村は野鳥観察も盛んで、観光の目玉にしていた。
「そうね。何か、気のせいだったのかも。あ、でも……」
バーの前で足が止まった。バーの扉の近くには、張り紙があった。村で誰かが行方不明になっていて探しているらしい。
「え、まさか。トリスタン先生がこの村で行方不明になったの?」
チラシを見ていたら驚いた。文芸評論家のトリスタン・バルべが数日前からこの村で行方不明になり、白警団が調査中との事。あの出版パーティーで聞いた噂は本当だったらしい。
「お嬢様、ご存知で?」
「ええ。私の作品をケチョンケチョンに酷評したおじ様よ。まさかここで行方不明になっているなんて……」
アサリオン村は芸術家も多く集う。トリスタン先生がこの土地と縁があっても不思議ではないが、ますます不穏な空気だ。
周囲には誰もいない。それでも、誰かに見られているような視線を感じてしまう。バーもカフェも定休日らしいのに、一体誰が見ている?
「まさか事件が起きているんでは? タラント村みたいに」
じいやもチラシを凝視しつつ、微かに震えていた。いつも温厚なじいや。滅多に感情を表に出さないのに。もしかしたら、じいやもこの不穏な空気を感じ取っているのかもしれない。
気づくと、晴れていた空にも雲がかかってきた。風の音も微かに響く。変な鳥の声も響き、ますます空気が怪しい。
「まさか。そんな行く先々で事件が起こるとか、推理小説みたいじゃない。そんな小説みたいな事はないわ。いくら推理小説家でも、現実とフィクションの区別はつけなきゃ」
「そうですね。お嬢様」
「さあ、気を取り直して別荘に参りましょう」
確か別荘には管理人は雇っていないはずだ。元の所有者である編集部によると、よく作家に貸し出していた為、必要なかったと言っていた。
その事も少し不穏ではあったが、せっかく別荘地へ来たのだ。久々の休暇だ。そんな事件とかクリスの事も全部忘れて、羽を伸ばそう。
気を取り直した私達は別荘地区を歩き、ようやく目的地についた。
別荘は、隣の家とは少々距離があり、木々に囲まれている。まるで森の中の家。木々のいい匂いが鼻をくすぐる。窓辺のステンドグラスも洒落てる。雰囲気もオシャレだ。
木造二階建ての別荘は広々とし、庭でちょっとした焚き火やキャンプもできそうだ。紺色の屋根もセンスがあり、編集部に愛用されて来た事がわかる。外観からでも伝わってくる。
「あら、いい別荘じゃないの。ねえ、じいや」
「はい、お嬢様!」
さっきまでなぜか不安になっていた私達だったが、素敵な別荘を目の前にし、ころっと手の平を返していた。この別荘だったら、毎日優雅な休暇が過ごせるはず。木々の匂いを吸い込みながら、私もじいやもニヤニヤと笑ってしまうぐらい。
「さあ。別荘についたら、軽く掃除をして休みましょうか。長旅で疲れたわぁ」
「ええ、お嬢様。行きましょう!」
じいやは鞄から鍵を取り出す、玄関に扉をあけた。玄関も広く、木のいい匂いもする。
「まあ。中も素敵な別荘ね」
「ええ、お嬢様。これは良い所かもしれません」
玄関から廊下を進み、一番最初の部屋に入った時だった。
外から鳥の鳴き声が響く。ギャアギャアと子供が騒いでいるような鳴き声だった。
「変な鳥の鳴き声ね。って、いた! 何これ?」
そのまま部屋に入ると、何かに躓いた。部屋にはグランドピアノや、美しい絵画もあり、成金の実家よりハイセンスな部屋に見えた。
いや、そう見えたのは一瞬。視線を下ろすと、成金一家にも決してないモノが転がっていた。果たしそれをモノと表現して良いかは謎だったが。
「お、お嬢様! ぎゃあぁあ!」
鳥にも負けないぐらいのじいやの声。でも、そんな声が出ても不思議ではない。それは、人間の死体だったから。
じいやは失神し、その場所で倒れた。当たり前だろう。死体を前にし、冷静な態度でいられる人っている?
「は? 死体?」
一方、私は目を見開き、死体を凝視していた。
「本当に死体!?」




