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作家令嬢の田舎追放推理日記〜「推理なんてやめろ」と言われましたが、追放先で探偵はじめます〜  作者: 地野千塩
第2部・アサリオン村編

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第2話 婚約者(仮)から逃げます

「どうしてこうなった……」


私は頭を抱えていた。今、汽車に乗り、食堂車で食事を終え、一息ついたところだけど、別の車輌の遅延中。その影響で、しばらく駅で停車中だった。


その間、じいやは駅の売店でゴシップ誌を買ってきてくれたが、ため息しか出ない。ゴシップ誌をめくると、クリスと私が婚約前提で付き合っているというフェイクニュースが誌面を踊ってた。頭が痛い。


「何なの、この記事は。どうしてクリスと私が婚約……」


ちょうど汽車が動き出し、車窓の景色も変わってきた。王都の景色からから森、湖、山などの自然が濃くなってきたが、キンと頭が痛んできた。


「でも、お嬢様。いいじゃないですか。事実無根でしょう」

「じいやは能天気ね……」


隣にいるじいや。長年、私に仕えてくれ、優しい執事だが、なぜかクリスの事になると、私の味方になってくれない。クリスと私はお似合いとまで言ってくる。解せない。


「そうかしら。お似合いかしら?」

「年齢、家柄、身長、体格など全部釣り合っていますよ! 美男美女です!」

「そうかしら?」

「でも、お嬢様。もしクリスと一緒になったら、仕事ものんびりできますよ。そうだ、クリスに出版社も作って貰えばいいんでは?」

「そんなの打算じゃない。それにね、簡単に手に入れた結果も長続きしない気がするわ」


確かにクリスは三食昼寝つきで養ってあげると好条件を提示していたが、嬉しくない。確かに一瞬は揺れる条件ではあるが、そんな事で喜ぶような女だと馬鹿にされているのかもしれない。下唇を噛みたくなる。


我が国は男尊女卑国家だ。結婚して家庭に入ったら、仕事を続けられるかもわからない。我が国で仕事をしている主婦など、女医などを除いて何か訳アリなのかと同情される。あるいは旦那の稼ぎが悪いんだと馬鹿にされる事も多い。クリスも聖人とは言いがたいタイプだし、家庭に入ったら豹変する可能性もある。絶対結婚なんてできない。冷静に考えれば考えるほど、クリスとの結婚は「はい、ナシです!」と結論が出た。


「まあ、お嬢様。せっかくの休暇ではないですか。しばらくアサリオン村でお休みして、この件は保留にしましょ」

「そうね、じいや」


じいやはゴシップ誌を閉じ、車両の戸棚に隠してしまった。


それで良いのかもしれない。じいやの言う通りだ。


私達は今、王都を離れ、アサリオン村へ向かっていた。自然豊かで、芸術家や音楽家、作家などもよく創作の場所として使われている。いわゆる避暑地だ。今は秋だが、紅葉も美しいらしい。珍しい野鳥も多く生息してる。その上、幻の蒼い鳥の噂もある。アサリオン村の蒼い鳥を見つけると幸せになれるらしく、観光の目玉にもなっていた。


仕事も連載が終え、あとは小さな雑務だけだ。担当編集者からも、この機会に休暇を取ったら良いと勧められてもいた。


「そうよね。王都やクリスから離れられただけでいいわ」

「そうですよ、お嬢様! 村では野鳥観察など楽しみましょう!」

「ええ。クリスのことは全部忘れる事にするわ。たまには現実逃避しても良いわよね」


ふと、窓の外を見ると、美しい紅葉の景色も見える。王都でも紅葉が見られない訳ではないが、田舎とは雰囲気が違う。空気も良さそうだ。


少し気が緩んだ時だった。地震が起きて、汽車が急停止した。たいした地震ではなかったが、戸棚の荷物は崩れ、中身が出てしまう。他の客も同様だったが、何とか再開。再び汽車は音をたてて走り始めた。


「あれ? お嬢様、これは何です?」


荷物を片付けていると、じいやが茶封筒を取り出した。


「これが編集部から貰ったファンレターよ。休暇中に返信書こうと思ってる」

「へえ、素晴らしいです。何通もファンレターが来ているじゃないですか」

「ありがとう。どうせアサリオン村まであと一時間ぐらいかかるし、読んでみましょうか」


ファンレターをチェックしていると、タラント村からの住人からの手紙もあった。オルガ、カリスタ、リズ、シャルル、ダニエル達も元気に暮らしているらしい。


これから行くアサリオン村とタラント村は方角は真反対になるが、懐かしく、目頭が熱くなるほどだ。現村長のカリスタからは「また田舎で事件を解決し、小説にしたら良いんじゃない?」というメッセージもあった。


「また田舎で事件? 冗談じゃないわ。そんな何回も事件など無いでしょう」


まさかそんなタラント村のような殺人事件が頻発するわけがない。確かに本格ミステリでは、探偵の行く所で必ず事件が起きるが、フィクションと現実は違うはず。


「でも、お嬢様がまた推理していたら、面白いですよ」

「ちょ、じいやまで笑わないで。そんな事件が起きるわけないじゃない。次のファンレターを読むわよ」


慌てて次のファンレターを読む。シンプルな便箋だった。字も綺麗だったが、思わず眉間に皺がよった。


手紙は差し出し人の名前がない。内容もおかしかった。私が書いた犯人を問い詰めるシーンを引用しながら、良心が刺激されて苦しい、過去の罪を懺悔し、世間に公表するか、白警団に全てを話すかもしれないと綴っている。


「何、どういう事? この手紙?」

「イタズラではないですかね。女が推理作家なんてするな、生意気だってよく変な手紙きてたじゃないですか?」


じいやの言う通りだ。それに今はクリスのファンの令嬢からも嫌がらせがあり、特に珍しい手紙ではない。


少し気になるものの、この手紙は無視し、次の手紙へ。


「え? クリスから手紙?」


次の手紙はクリスからだった。手紙でも、熱心な求婚の言葉が綴られ、絶句。車窓に反射する私の顔は、茹でタコみたい。この手紙を読む限りは、嫌がらせで求婚している気配は全くない。むしろ逆で。


こんな状況は初めてだった。推理小説ばかり読んできた私は、恋愛小説のようなシチュエーションが全く想像できない。そもそも初恋すらまともに出来た記憶もなく、自分とは無縁過ぎた。突然目の前に出されれも、どう食べていいかわからない。謎だ。その謎もどう解けば良いかも不明だ。推理のように手がかりはあるだろうか。


「せっかくクリスの事なんて忘れようとしていたのに……」

「でも、わざわざクリスはお嬢様の作品も読んでくれていますよ。ちゃんと感想も書いてあるじゃないですか」


じいやの言葉に、ますます私の顔が赤くなってきた。タラント村ではずっと性格が悪かったのに、どういう風の吹き回しだろう。手紙は微かにクリスの香水の匂いもし、余計にいたたまれない。


そもそも恋とは何だ?


未知だ。想像できない。作家とそての想像力は、推理小説のみに発揮されていたらしい。複雑怪奇なトリックや犯人の犯罪心理などは想像がつくし、いつまでも妄想もしていられるのに、恋とかクリスのことは、お手上げ。


もう逃げるしかない。編集部からは、推理だけでなく、恋愛小説にもチャレンジしたらどうだとアドバイスを受けた事もあるが、多分、無理。推理小説の中で軽く恋愛描写を入れるぐらいが限界。経験値もなさ過ぎたんだ。そんな小説、書く自信はない。文壇サロンのおじ様達の小説もヒロインを過剰に理想化していたが、私が恋愛小説を書いたら、そうなりそうな悪寒もする……。


「いえ、もう本当にクリスのことは忘れるから。本当に。さすがにアサリオン村まで追いかけて来る事はないでしょう」


そうに決まっている。だから、クリスなんて忘れよう。アサリオン村では事件もクリスも無いはずだ。久々の休暇だ。全部忘れて、休暇を楽しもう。

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