第35話 新しい容疑者です
翌日。また庭でシャルルとオルガが遊んでいる。オルガもすっかり元気になり、これだけ見たら呑気な風景だったが、私は庭をスルーし、村の広場へ向かっていた。
浮上してきた容疑者。セニクとギヨームだが、二人とも森で何か探っていた。シャルルの証言がある。
どちらも予想にしていない容疑者だった。正確にはセニクは少し疑っていたが、ギヨームは全く考えていない。確かにオカルトっぽい話題を楽しんだり、見た目も暗そうだったりしたが、物腰は柔らかく、オルガにも親切だった。そんなギヨームが犯人?
にわかには信じられないが、村の広場で演説している様子を確認。村人の影に隠れて聞いているので、向こうは全く気づいていないらしい。
ギヨームの対抗馬のカリスタは感情的に訴えている。村人も涙ながらに聞いている。一方ギヨームの演説は減税や社会保障の充実をメインに訴えている。こっちは冷静な語り口。
「オルガの工房が燃やされました。もう我々は差別に黙っていられない。税金で新しく村で工房を立てよう!」
そんなギヨームだったが、オルガの件には妙に感情的だ。応援演説をするセニクも、そこを妙に強調している。
「そうです! 我々は差別を許しません!」
セニクの演説にはイライラする。思わず下唇を噛む。あれだけ男尊女卑しておいて。喉元まで声が出そうになる。村人に紛れつつ、今度はもう一度カリスタに注目。
「私は村長の意思を引き継ぎます。銀貨伝説についてもロゼルと共に発掘しようと計画中です!」
そんな演説だったが、セニクが一瞬、カリスタを睨んだ?
見間違いだったかもしれない。一瞬のことだが、もしセニクが犯人だったら、面白い。私の作家業復帰も、これで叶う?
そんな事を考えつつ、イライラを少しおさまる。演説が終わったカリスタに声をかけた。カリスタは基本的に握手会などのパフォーマンスもなく、演説したらすぐ終わるタイプらしい。
「カリスタ、おつかれ様!」
「アンナじゃない? 火事大丈夫だった?」
「ええ、全く大丈夫よ」
すっかり打ち解けたカリスタ。広場からカリスタのカフェまで歩きながら、村の噂話を教えてくれた。
「アンナ、あのイケメン経営者のクリスって男と付き合ってるん?」
「え!? 何でそんな話!?」
それは寝耳に水だ。
「あのサイン会の日、クリスがアンナをお姫様抱っこしているの見たから!」
「ちょ、どうしてそういう話になってるの?」
村の噂は恐ろしい。まさかこんな誤解が流れているとは想像つかない。顔が熱くなるが、カリスタはクリスとお似合いだとか言ってきた。夏でもないのに、顔が熱くて仕方ない。
「そ、そんな話はいいじゃない。事件について調べているのよ。何か気になる事ない?」
「あるよ!」
肩をいからせ、本気で怒っているらしい。カリスタは大柄なので、余計に怒っている事が伝わってくる。
実はカリスタ、選挙が始まってから嫌がらせを受けるようになり、カフェにも手紙やゴミも投げられているという。
「本当? その手紙残ってる?」
「ああ。見にくるといいよ。カフェへ行こう」
そしてカフェの厨房に向かうと、手紙の束を見せてくれた。どれもカリスタを女だからダメだと男尊女卑している内容ばかり。
「この国は本当ダメだね。女の人権ないわ」
唇を尖らせるカリスタに共感したいが、それどころではない。手紙には「銀貨伝説を探るな!」と直接的な脅迫状もあるではないか。
「この手紙は? 最近?」
「そうだよ。何だかね。ロゼルも似たような手紙もらったとか」
カリスタの証言でハッキリした。これは犯人は銀貨伝説について探られて困る事情がある。オルガの嫌がらせや火事も同じ動機だろう。村長も森を発掘しようとして殺されたんだ。おそらく森に行方不明のコリンが埋まっているからだ。犯人はセニクかギヨーム。どっちだ? あるいは両方? それとも全く別人?
推理するだけでも焦ってくる。手の平が汗でじっとりしてくる。
「まあ、落ち着け。アンナ」
カリスタは湯を沸かし、お茶を淹れてくれた。カフェの厨房で立ち飲みだったが、少々落ち着いてきた。
「そうか。銀貨伝説と関係があるのか……」
この際、カリスタに事情を話すといいだろう。調査の進捗もカリスタに全て打ち明けた。
「そうか、犯人はギヨームかセニクか……」
カリスタの表情は複雑そう。確かに選挙のライバル運営が殺人犯かもしれない状況は複雑だろう。
それでもカリスタは紅茶を飲み干すと、村長の思い出話を聞かせてくれた。
村長は昔、別世界に行った事があるらしい。
「別世界!? ファンタジー小説みたいね」
「ええ。なんでもチキュウっていう場所で、そこにはカミサマっていう全知全能な存在がいるらしい」
「へえ……」
よく分からないが、カリスタは話を続けた。
人の才能も、全知全能のカミサマが与えるものらしい。でも恐れて、不安になって才能も土に埋めてしまったら、カミサマがその能力を奪い、さらに持っているものへ与えるらしい。
「村長はそんな話を聞いた後、村に帰って来たらしい。うん、そういう話あっても良くない? アンナ、あんたの推理の才能も、カミサマって方がくれたもんだったりして?」
「そ、そう?」
カミサマとか我が国にはない概念。剣と魔法の国家だった。いまいちピンとこないが。
「要するに才能を土に埋めるなって事だよ。もったいない。あの汚いセニクに推理や創作の能力奪われたいか?」
「い、いや!」
思わずハッキリとした声が出た。それを想像するだけでもゾッとする。
やはり推理したい。いくらバカにされても。いくら犯人がわからない状況でも。突然熱い思いが、心に湧き上がってしまうから。困るぐらい。
希望はある。きっとある。カリスタと話していたら、そんな感覚が戻ってきた。元気になって来た。
「大丈夫だ、アンナ。私は応援してるから!」
「ええ。カリスタ、ありがとう!」
二人で涙目で抱き合っていた。これで二回目だ。セニクにいじめられて調子を崩した時も、そうだった。
大丈夫。この村にも味方がいる。敵ばかりではないから、大丈夫。
この犯人も必ず見つかる確信があった。
そう、推理したいんだ。私は推理したいんだから。もうセニクには何も奪わせない。




