第26話 春祭りの計画です
契約結婚とはいえ、クリスとの結婚なんて冗談じゃない。
私は一人、部屋でこの事件の記録されたノートを見ていた。シャルルの管理人室からもちこんだ化粧品類も見ていたが、頭が痛い。やはりロゼルの私物だろう。
村長→ロゼル→シャルルの経由でお金が流れ、ロゼルに夢中だった村長がシャルルを恨んでいた。結果、口論になり、シャルルが村長を殺して逃げた。筋が通る。全くどこもおかしくはない。
「でも、もしシャルルが犯人ではなかったら?」
私は調査ノートに挟んでおいたオルガの工房に届いた脅迫状を見つめた。
一応手書きの文字だが、筆跡をわざとらしく変えている。王都まで行き筆跡鑑定者に依頼してもいいが、その前に容疑者の絞り込みをしないと意味がない。
「それに、この脅迫状、事件と関係あるかしらね」
二年前から届いていたという脅迫状だ。おそらく村長やロゼル、シャルルの恋愛のもつれと関わりは少ない?
「オルガ達の差別でやってるのかしら?」
こちらもどう考えても分からない。
「まずはシャルルを探す方が先?」
白警団より先にシャルルを捕まえたら、事件は解決?
「あー、もうわからない! 詰まったわ!」
まるで小説のスランプになった時のようだ。何のトリックもキャラクターも思いつかない時があり、今はまさにそうした瞬間だった。
こういう時は気分転換するのに限る。オルガの工房か、広場での演説でも見に行こうかと思った時、別荘にダニエルがやってきた。
何でも春祭りの企画書、その中で行う予定のサイン会の企画も出来上がったので、確認しに来たという。
すぐ話は終わるとは言っていたが、走ってきたのだろう。ダニエルは汗だくだった。とりあえず、客間に案内し、お茶を作って持って行こうとしたところ、なぜかクリスも客間にいた。
ダニエルと向かいあって座り、二人とも無言だった。
というか、クリスが目が据わり、機嫌が悪そう。偉そうに脚まで組んでる。長い脚なので嫌味っぽい。そんなクリスに子犬のように震えているダニエル。
「えっと、この空気は何なの?」
意味が分からないと思いつつも、とりあえずダニエルから企画書を見せて貰い、内容を確認した。
今週の日曜日、村の広場で行われる春祭り。そこで歌や踊りなどのイベントも開かれ、屋台も多く出店するという。その一角で私のサイン会コーナーも開くという。もうチラシやのぼりなどの手配もできているらしく、私の既刊本も書店に発注済みだという。
「あら、ダニエル。段取りがいいわね。編集者みたいだわ」
「ええ。本当は王都で編集者目指したかったんですけど、うちは田舎で大学行くお金もないですから」
そう語るダニエルは、無邪気だ。夢が破れたというのに、後悔は全くないらしい。
一方、クリスはずっと不機嫌。全く意味不明だったが、クリスを無視し、ダニエルと共にサイン会の打ち合わせは終了した。
「そういえば、ロゼルはあの後、どんな様子?」
それは気になり、ダニエルに探りを入れる。
「ええ。村長の意志を継ぐって村の銀貨伝説プロジェクトを頑張るとか言ってたな。あの森一体を発掘し、伝説の銀貨が出てこないか調査するんだって」
この話を聞きながら、隣にいるクリスは、何か気になっている様子だった。小声で何か言おうとしている。
「実はな……」
クリスは母親の親戚の息子がこの村で行方不明になっている事を話す。もうクリスは冷静になって来たらしく、声も落ち着いていたが。
「ああ、昔そういう事件ありましたね。なんだっけ? コリンっていう男の人でしたっけ?」
ダニエルは当時三歳ぐらいだったので、行方不明事件については全く知らないという。
「そのコリンだよ。コリンって男も銀貨伝説に興味があり、時々森を掘り起こしたりしていたらしいんだ」
「本当?」
クリスから聞いた話は新事実。
もしかして二十年前の行方不明事件が今回と関係ある?
「そう言えばシャルルも銀貨伝説知りたがってた。まあ、あいつはお金に困って一発逆転したい感じだったけれど」
ダニエルの情報も急いで書き留める。調査ノートは手元になかったので、企画書の裏に走り書きになってしまうが。
「村長が銀貨伝説のプロジェクト始めた時、何か問題あったりしたか?」
私が知りたかった事をクリスが代わりに聞いた。さっきまでの不機嫌さは嘘のようだ。不機嫌に見えたのも、私の思い違いだったのかもしれない。
「そうですね……」
ダニエルは腕を組み、一分ほど何か思い出していた。
「村長は案外ロマンがある人でした。冒険小説とか好きだった。だから、こういう伝説も興味があって発掘したいと言っていたけど……。あ!思い出した。そのプロジェクト立ち上げの時、役所の周辺に生ゴミ撒かれた事もあった」
私は急いでその情報も書き込んだ。
百年以上前の銀貨伝説、二十年前の失踪事件、現在の村長殺人事件。
何か関係ある?
「アンナ嬢、これは森に行って銀貨伝説を調べろ」
「わかってるわよ。事件に関係あるかもしれない」
こんなやり取りをする私とクリス。それを見たダニエルは、目を丸くしていた。「推理小説のコンビみたいですよ!」と。




