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作家令嬢の田舎追放推理日記〜「推理なんてやめろ」と言われましたが、追放先で探偵はじめます〜  作者: 地野千塩
第1部・タラント村編

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第25話 賭けをしましょう

「アンナ嬢、ランチができてるぜ」


別荘に帰るとスープのいい匂いがした。ダイニングルームに直行すると、確かにコンソメの良い匂い。野菜たっぷりのスープとサンドイッチ、柑橘系のジュースがテーブルに並び、クリスが作ってくれたらしい。


あの後、役所内でロゼルの噂を調べようとしたが上手くはいかず、ダニエルに私の作品を褒められ、恥ずかしくてそれどころではなく、急いで別荘に帰ってきたところ。


確かに時計を見ると、ランチ時だった。


「クリス、あなたが作ったの?」

「そうだ、悪いかよ」

「別に悪くはないわ。ありがとう」


こうしてクリスと二人でテーブルにつき、一緒にランチをとりつつ、捜査の進捗を報告した。じいやはリズの家にいるため、二人きりだったが、何故かクリスはニヤニヤと笑い、私の報告を聞いていた。


「なるほど。ロゼルがシャルルに貢いでいた可能性もあるな。で、シャルルは村長に恨まれ、口論になって殺害。筋は通るわな」


クリスは私と全く同じ推理をしているらしい。白警団のモイーズもシャルルを疑い、王都まで出ている。


この事件の犯人はシャルル?


どうも引っかかる。推理作家として考える。単純なプロット過ぎないか。白警団が追っている容疑者が、私たちが見つけた容疑者って事はあるのだろうか。ここは本格ミステリを所望したいところだけれど。どうも私が思う筋書きになってくれない。


文壇サロンのおじ様達の鼻をあかせるだろうか。わからない。


「アンナ嬢、そんな深刻に考えるな。とににか飯を食え。スプーンが止まってるぞ」


はっと気づくと、確かに食べていなかった。クリスの皿はほとんど空になっていたのに、私のは半分以上残っている。


「そうね、そうよ。まずは食べる」

「たんと食え」


また偉そうなクリスにイラっとはしなかった。なぜか今日はクリスの目は優しいし、野菜スープもサンドイッチも美味しい。おそらく村で収穫した野菜を使っているため、キャベツはシャキッと新鮮だったし、ニンジンは甘味が強くスープに味が滲み出ていた。


「小説を書いていると、時々プロット脱線する事あるのよね。キャラが勝手に動き始めて、むしろ脱線した方が良くなる事のが多い」

「ほう、アンナ嬢。やはり君は作家だね」

「褒めてる?」

「さあ。でもこの事件の筋も脱線した方が面白いかもな。もしかしたら、シャルルはミスリード。犯人では無いんじゃないか?」


クリスの声を聞きながら考える。確かにこのままシャルルが犯人だとしたら筋がとしては面白くない。


「そうね。今のところシャルルが第一容疑者だけれど、あらゆる可能性を考慮して考えてみる」

「その方がいいな。誰かがシャルルを落としいれたとも考えられる」

「やっぱりシャルルの管理人室、もう一度立ち返ってみる」

「おお。まだシャルルが犯人だとは確定していない。おお犯人で賭けでもしようぜ」

「は?」


クリスはまた嫌味っぽく笑ったと思ったら、手帳に何か書き、そのページだけ引きちぎって私に見せてきた。


そこにはこう書いてある。「シャルル以外の人物が真犯人だったら、アンナ嬢の言う事を全部聞いてあげよう。賭けだ」


それを見て目が丸くなる。クリスの字は綺麗だったが、ところどころが跳ねている。面白がっている?


「逆にシャルルが犯人だったら?」

「それはアンナ嬢の負けだ。俺の言う事を全部聞いてもらう」

「は!?」


いつになく強引な物言い。私は変な声が出てしまった。


「どうだ。賭けをしたら、やる気になってきただろう?」

「そ、そうだけど。具体的にどんな願いを聞いてくれる?」

「アンナ嬢、君が新しく出版社を立ち上げたらどうだい? その資金援助、人脈などを提供する。だとしたら文壇のおっさん達にも楽勝さ」

「そ、それは」


美味しすぎる話だ。


「だったら逆にシャルルが犯人だったら? あなた、私に何をして欲しいのよ?」


どうせろくでもない事だろう。例えばクリスの家のメイドとして一生働かされるとか。クリスの会社の従業員になって馬車馬のように働かされる事も大いにあり得る。


「アンナ嬢、俺と結婚して貰う」

「え!?」


信じられない。目玉が飛び出そう。


冗談かと思ったが、全くそうではない。クリスは結婚を迫る令嬢やストーカーに悩まされているという。また起業家として仕事にも集中したいが、既婚となると資金提供を受けやすかったり節税になったりメリットもあるらしい。それに親も結婚しろとうるさい。


「つまり契約結婚だ。仮面夫婦とも言うね」

「なるほどね」

「本当の夫婦じゃ無いが、アンナ嬢の身分や立場的にピッタリではないかね?」


本気のプロポーズではなくホッとした。我が国の貴族たちはこうした利害関係の一致で契約結婚している家庭も少なくない。クリスの条件は理解できたが、契約結婚とはいえ、クリスの妻になる?


この嫌味っぽい顔を毎日見る事になるのか。そして表向きは仲良し仮面夫婦を演じないといけないと思うと、絶対嫌だ。


「こうしちゃいられないわ。この賭けに勝たないと!」


そう言うと、私はシャルルの管理人へ向かい、もう一度調査を始めた。


残された女ものの服や化粧品類をチェックする。やはりロゼルのものの可能性が高い。服のサイズ、口紅の色などを考慮すると、ロゼルがシャルルと付き合っていた事は確定だ。


「やば、やっぱり犯人はシャルル?」

「おお、アンナ嬢、頑張って推理しろよ」


いつの間にかクリスも管理人室へやってきてニヤニヤと笑っている。まるで私を手の平の上で転がし、楽しんでいるみたいだ。


「わかってるから。推理するわよ!」


この賭けに負けたら、クリスと結婚する事にもなってしまう。絶対負けられない。犯人にも、この賭けにも。


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