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作家令嬢の田舎追放推理日記〜「推理なんてやめろ」と言われましたが、追放先で探偵はじめます〜  作者: 地野千塩
第1部 作家令嬢の田舎追放推理日記〜「推理なんてやめろ」と言われましたが、追放先で探偵はじめます〜
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第2話 追放先は田舎です

長年、私に仕えてくれている執事のじいや。じいやだけは私の絶対的な味方だった。


子供の頃から隣国の推理小説にハマった私は、毒草、毒物、鈍器などを調べるのが趣味だった。趣向をこらした本格ミステリを読むたび、あっと驚くトリックに興奮し、自分でも書いてみたいと夢を見たのも自然な成り行きだ。


当然、そんな私は変わり者として家族や友人から浮いていたけど、執事のじいやだけは優しかった。推理小説や毒物の本を湯水のように与えてくれ、「お嬢様は推理作家になるべきです!」と煽てられ、今に至る。


「アンナお嬢様。私は悔しいですよっ! こんな田舎のまで追放されるとは!」


じいやはハンカチを握りしめ、歯軋りしてる。いつもは温厚で羊のようなルックスのじいやだったが、今にも涙をボロボロとこぼしそう。


「そうは言ってもね……」


目の前にいるじいやを見ていたら、私は逆に冷静になってきた。


確かに文壇サロンを追放され、作家業も奪われて号泣したけれど、もう疲れてしまった。


じいやと田舎まで逃げる事にした。王都の自宅から汽車を乗り継ぎ、辺境のタラント村という場所まで馬車に揺られている最中だった。


タラント村は何の観光資源も何もない田舎。牧場と山ばっかりの場所だと聞いていたが、父の知り合いのクリス・ドニエが別荘を提供してくれた。


正直、クリスがなぜ別荘提供をしてくれたか謎。私の父と同業者で成り上がり経営者だ。この国は血筋と性別で人生の九割が決まってしまう為、父やクリスのようなタイプはレアケース。もっとも近年は化学技術の進歩もあり、レアケースの幅も広がっているので、表面的には血筋の差別は薄くなってはいたが、多くは無い事例だった。


「もう、じいや泣かないで。クリスが田舎で別荘提供してくれただけでもよかったわ」

「ええ、本当にクリスは好青年ですよ!」


じいやはついに泣き始め、私は肩を抱き、ハンカチを差し出す。


これだとどっちが当事者か不明だが、仕方がない。家族にも出ていけと凄まれていた。文壇サロン追放の結果、家も迷惑を受けていた中、じいやだけが味方だった。こうして泣かれても、怒る事なんてできない。


馬車の中は狭く、じいやの声は余計に湿っぽく響く。田舎の道は全く舗装されていないので、ガタガタと揺れて酔いそう。正直、早く目的地について欲しいものだが、自分の思い通りにはいかない。作家業と同様だ。


ふと、窓を見ると、すっかり田舎の風景。汽車の駅周辺は栄えているが、この辺りは畑、牧場、民家、森の無限ループ領域だ。時々綺麗な湖が見える時もあったが、王都の生活に慣れきった私は、特に楽しくもない。目の前のじいやは湿っぽいし、この先のタラント村の生活もさして期待できない。


ゆっくり執筆自体はできそう。でもそれだけ。文壇サロン追放された私は、新しい出版社に営業かける気力もなく、しばらく田舎生活を送った後は、親に決められた縁談を受ける事になるだろう。


成金の親だったが、男爵家のコネはある。同じ成金界隈とのコネについても強力だし、そこから見合い相手が選ばれるはずだ。我が国の令嬢は基本的に結婚は親が決めるし、私と似たような立場の成金令嬢も同じようにしていたから、よく知ってる。


そんな未来のレールまで簡単に推理できてしまった。ため息しか出ない。じいやのように感情的になれたら逆に楽だったかも。


私は基本的に冷静で感情表現は下手。一部では「氷の成金令嬢」なんていうあだ名が付いていた。おそらく同世代の令嬢と比べて女っ気もないのだろう。令嬢らしい豪華なドレスもあまり似合わず、栗色の髪もいつもシンプルに纏めていた。髪を編み込んだり、化粧をするのも好きではないが、令嬢として一応義務でやってる。本心では「めんどくさい」の一言に尽きる。


そんな私は冷静に未来を予測する。占い師でなくても客観的に現状を見つめていたら、簡単に予測できる事は……。


「はあ。タラント村の生活が終わったら、やっぱり次は縁談かしら。嫌になるわぁ」


ついついため息が漏れる。


「お嬢様、何を言っているんですか! お嬢様は絶対に結婚させませんよ! そうだ、タラント村で引きこもっていればいいんです。病気のフリでもして」

「ちょ、じいや? そんな人を嘘つきに仕立てるのはやめて?」

「それにクリスがいますよ! クリスを表向き縁談相手にして逃げるのが得策でしょう」

「えー、そう? というか、クリスにも事情があるでしょう……」


感情的なじいやだったが、意外と悪知恵が回る。伊達に執事を何十年もやっていない。黒い執事服もこれ以上ないぐらい板についてはいるが、今はクリス・ドニエについて考える。


クリスは「若き天才経営者」という二つ名がついていた。効率化や仕組み化が上手く、実務は全て部下に任せ、今はコンサルタントやセミナー、出版収入も多いらしい。主にホテルやレストランサービスを展開していた。今の立場から見れば、庶民出身なのが信じられないような男だ。私の両親のような成金らしい嫌らしさはなく、見た目や言動もスマート。貴族とも付き合いも上手くやってるらしく、資金繰りも好調らしい。


そんなクリスは、大の女嫌い。仕事大好き人間だった。前もパーティーで見かけた時、貴族の令嬢に囲まれていたが「俺は甘やかされたクソ女達と結婚するつもりはない」と言い放ち、空気を凍らせていた。そう、女に関しては嫌味っぽく毒舌な男なのだ。


クリスは経営者同士で私の父と気が合う。共同経営している会社も多く、顔を合わせる事も多かった。友達、知り合いと言える間柄だったが、推理小説や毒物に熱中している私にクリスは「おもしれー女」と評することがあった。


「おもしれー女」とは何なのか? 


バカにされているみたい。正直、クリスは得意じゃない。世間ではイケメンと騒ぐ貴族令嬢もいるが、推理小説だったら真っ先に怪しい容疑者キャラに配置したい人物だったりする。


「クリスが私に協力なんてしませんよ。ところで、じいや。別荘ではメイドや使用人は雇える?」

「もちろんです。現地についたらさっそく人員募集をしますから」

「うん? 現地についてから? 現在の別荘は空き家なの?」

「いえ、管理人兼コックがいるとクリスから聞いているんですが」


じいやの話を聞いていたら、何だか不安になってくる。実はクリスがなぜ別荘を貸してくれたかも不明だし、詳しく何も聞いていない。


「コックはなんて名前?」

「確かシャルルって名前の青年です」

「そう。推理小説だったら怪しいポジションね。料理人はいくらでも毒物を入れるチャンスがあるわ。でも、実際は味方だったとか面白くない?」

「お嬢様、それは良いアイデアです。じいやの私と一緒に新しい推理小説を練りましょ!」

「本当?」


じいやは皺くちゃの笑顔を見せた。グレーヘアはきっちりとセットし、見た目は品の良い執事にしか見えないものだが、やはり私の絶対的な味方だ。


じいやが側にいるだけで安心する。忙しい両親の代わりによく面倒を見てくれた。第二のパパだ。


じいやと二人で推理小説の案を練っているのも楽しい。子供の頃に戻ったみたいだ。文壇サロン追放や田舎生活の事などすっかり忘れそうになっていた。


こうしてあっという間に馬車は目的地のタラント村につき、別荘の近くで下ろされた。


田舎らしく別荘は木々に囲まれ、湖も見える。レンガ造りの二階建ての別荘は、こじんまりと庶民的。赤い屋根も可愛い。


「ほお、お嬢様。これは良いのでは?」


じいやは荷物をおろしつつ、感嘆の声を出す。


「そうね。これだったら静かに執筆できそう?」


そう思った時だった。背後から大声が響く。


「アンナ・ エマール! お前を殺人犯の容疑者で逮捕する!」

「は?」


状況が飲み込めない私に、謎の男が手錠をかけてしまう。


「ど、どういう事?」


しかも謎の男に連行されていた。


こんなのおかしい。推理小説では逮捕状がないと捕まえられないって調べていた。というか、私って犯人だったの!?


「お嬢様ぁぁぁ!」


じいやの絶叫が響くが、私はどうする事もできない。


文壇サロン追放→田舎→逮捕って何?


やっぱりジ・エンド!?

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