第19話 複雑怪奇なトリックはどこです!?
私がドキドキしている事は、リズに悟られていない模様。一方、長年私に仕え、第二のパパのじいやは、私の気持ちを見抜いているようだ。薄らと笑っていた。
私達は、今、村長の本邸の前に来ている。正確には村長が殺された現場だ。武者奮い。余計にドキドキしてきたが、本邸の外観は、レンガ造りにどっしり系の邸宅だった。
この村では木造のフラットな家が多い。私達がいる別荘も、ここまで豪華では無い。
その上、周りは森だらけで、周辺に民家は無い。商業施設もなく、野菜畑が多め。図書館にも近いが、それ以外は目立った公共施設はなさそうだ。村の中心部、別荘の近くの森からは、徒歩で三十分以上もかかる距離にある。
なるほど。村長の人柄が読めてきた。外面がいいが、中身は偏屈ジジイ。推理小説だったら、真っ先に被害者になってしまう人物だったのだろうか。
「では、本邸を案内するわよ。夫は人嫌いでメイドも雇っていなかったから、掃除はそこそこだけど」
リズに案内され、まずは事件現場のリビングへ。見た目通りのお屋敷らしく、中には壺や絵画も展示されている。派手なシャンデリアは、ハリボテっぽい空気はあるものの、概ねお屋敷らしい部屋だった。
「そう、窓際の近くで倒れていたかしら? もう脈はなかった」
「リズ、凶器はあった? 例えば、大きな石、ツボ、花瓶、灰皿なんかも打ちどころが悪いと死ぬから。どう?」
推理作家の血が騒ぐ。早口で捲し立てながら事情を聞く。
「お嬢様、鍵につても聞いてください」
「ええ、じいや。この部屋は閉まっていた? どうだった? 密室だった? 足跡や異臭はあったかしら。ねえ、リズ。教えて」
身を乗り出し、早口で捲し立てる私に、リズは引いていた。後ずさっていたが、推理作家の血が騒ぐ。どうしても知りたい事だった。
「ちょっと、アンナ嬢? 目をらんらんとさせて聞いてこないでよ。今から思い出すわ」
「リズ、ありがとう! 大好きよ!」
「あなた、推理になると人が変わるのね……」
密室トリックか、凶器にまつわるトリックはあるのか。そう思うとドキドキする。今はもう片付いていたが、おそらく白警団が片付けたのだろう。
事件直後に行きたかったが、それは仕方ない。たぶん、指紋も取ってあるだろうが、私がこれから見つけても良いか?
それに本邸から村の中心部まで距離があるのも気になる。道を使ったトリックもあり得る?
こうして私は、あらゆる推理トリックに考えを巡らせていたが、リズの証言は全く意外性がない。
「ええ、夫は頭や腹をボコボコに殴られて死んでいたわ。別に何の凶器もなかった。家具は壊れていたから、争った形跡はあったけど、何の匂いもしなかった。血の匂いはしたけど」
「え、リズ、本当!?」
リズの証言だと、これは単なる言い争いの末の撲殺か?
「奥様、鍵は?」
「窓も全部開けぱなしよ。こんな平和な村で事件なんて起きないでしょう」
じいやの助け船もあえなく沈没。複雑怪奇な事件トリックは一体どこ!?
リズと共に窓も確認したが、鍵自体ついていない。それに裏手の出入り口にも鍵はない。一応玄関は閉めているらしいが、普段はどこも開けっぱなし。
「えー、そんな……」
思わず、変な声が出てしまう。
この状況だと、密室トリックはなさそう。
もっと原始的だ。暴力的ともいえよう。本邸に押し入った犯人が殴って村長を殺した。
プロットとしては一行で済んでしまうトリック。
「ええ、アンナ嬢。白警団も男だったら誰でも犯人だろうって言ってたわね。ちなみに指紋はなかったらしいわ」
「そ、そんな……。リズ……」
また変な声が出てしまったが、リズの証言が全部正しいとすれば、残念だが、トリックなど何もない。
「そして私が夫を殴るのも無理よ。体格差は私がよく知ってるから」
リズはダメ押しで付け加える。
「お嬢様、どうしましょう。犯人は?」
「そんな、わかるわけないじゃない……」
じいやの声も遠くに感じてしまうぐらいだ。状況的に、男だったら誰にでもできる犯行だ。
白警団がシャルルを疑っているのも理解できた。この状況で忽然と消えたシャルル。どう考えても怪しい…
同時に私を疑ってきたのは、なぜだ?
もしかしたら、文壇サロンのおじ様達をボコボコにした噂が、白警団のモイーズ達の耳にも入っていた?
つまりあの男には、私は女に見えなかったのだ。それも悔しいものだが、推理も先行きが怪しくなってきた。
「アンナ嬢、大丈夫?」
リズはこんな私に面白がって笑ってる。
「お嬢様、大丈夫ですよ! ここからだったら、動機をメインに推理ですよ!」
今のじいやに助け船は、沈没しなかった。むしろ、何か閃く。この殺害方法だったら、犯人の動機から考えていくのが良いか?
「そうね。この様子だったら、物取りか怨恨か
。リズ、何か盗まれたものはなかった?」
気を取り直した。複雑怪奇なトリックはなさそうだが、丁寧に動機を洗っていけば、何かヒントが掴めるかもしれない。
「強盗犯の可能性もあるから。お願い、リズ。気になった事は全部教えて」
私は再び、リズに頭を下げていた。