第18話 事件現場に参りましょう
リズ、じいやと三人で村の川沿いを歩いていた。北の上流方面に、ゆっくりと歩いている。これから、村長殺人事件の現場に行くとは、信じられないような呑気な雰囲気。
相変わらず天気がよく、薄い水色の空は綺麗。淡い雲も綿菓子みたい。
時々、野菜を背負った村人などとすれ違うが、殺人事件があった村だと全く信じられないような空気だった。
そうは言っても、リズは落ち着かない。特に村人にすれ違うと、肩や頬が緊張している様子だった。確かに村人のリズの視線は、暖かくはない。露骨に冷たくもないが、腫れ物扱いしているような雰囲気だった。リズが森の別邸に引きこもったのは、納得。
「奥様、冷たい村人の事なんて気にしたらいけませんよ。じいやは味方です!」
「じいやさん! ありがとう!」
もっともじいやがナイスフォローし、リズの機嫌は悪くは無い様子だ。道端の野の花を摘み、笑顔を見せている瞬間もあった。
私はこんなリズを観察しながら、村長の人柄などプライベートの話題を持ち出すタイミングを伺っていた。
せっかく仲良くなりかけている。ズカズカとプライベートに入り込み、リズを怒らせるわけにはいかない。
かといって、このまま村長についても何も聞かないのは、困ったもの。隣にいるじいやも、私に目配せしている。いいタイミングで話を聞き出せという事なのだろう。
クリスだったら、こういう所が上手そう。実際、村の市場でも色々と聞き出すきっかけを作ってくれた。嫌味っぽくいけすかない彼だけど、地味に助けられていたらしい。
「ところで奥様。川の上流の方に本邸があるんですよね? 役所まで遠いのでは?」
タイミングを掴みかねていた私に、じいやが助け舟を出した。私は目だけでじいやに感謝を伝えた時、リズは今までとは違う笑いを見せた。摘んだ野の花もぽいっと地面に捨てた。
これは何か隠している?
推理作家らしい観察眼で、もう一度リズを見たが、彼女の目は泳いでいる。何かを隠しているのだろうか?
「村長、役所まで通うの毎日大変だったと思いますわ」
ここでは、同情心を示す事にしよう。取材、詮索、事件調査感はできる限り出さず、令嬢らしくリズに微笑む。
私は成金令嬢。そうそう貴族の令嬢のように笑えないが、見様見真似で少しはできる。エセお嬢様のフリはパーティーやイベント事によくやっていた。演技はそんな不得手でもない。
「本当、突然殺されてしまったとか。村長は無念でしょう」
一ミリもそんな事は考えていなかったが、リズには何か心に響いたらしい。
「ええ、やっぱり、あの人の事を思うと無念だわ。私達夫婦はとっくに冷え切っていたけどね」
やった!
村長のプライベートの事情が聞けた。私は心の中でガッツポーズをとりつつ、この調子でリズに聞いていく事にした。
「まあ、村長としては立派な男でしたよ。色々と改革をしたり、ファンも多かったみたい。カリスタもそうね。でもね……」
この後からリズは夫である村長の愚痴をこぼし始めた。
表向きは素晴らしい村長だったが、家では亭主関白&男尊女卑。リズへの家事や育児の批判も多く、家庭はとっくに崩壊していたらしい。
「本当、夫としては最低な男だったわ。人嫌いだったし! 辺鄙な土地に家を建てたのも、いまだに恨んでるわ!」
案の定、リズと村長の仲は悪そうだった。リズがカッとなって村長を殴った可能はある?
私の少し前を歩くリズを見る。枯れ木のような体型だ。腕は鉛筆みたいに細い。これで男の村長を殴るのは不可能?
「それはそれは。奥様、大変でございましたね」
「ええ、同情してくれるのはじいやさんだけね!」
顔を赤くし、怒っているリズのケアはじいやに丸投げでいいだろ。
私は考える。リズが犯人である可能性も高い。動機はある。ロゼルと村長の関係も噂とも言い切れないかもしれない。
だとしたら、なんらかの方法でリズが村長を殺した。
その方法とは?
まるで本格推理小説のような複雑怪奇なトリックがあるかもしれない!?
枯れ木のような体格のリズが、どうやって村長を殴り殺したか?
血が騒ぐ。推理作家の血が騒ぐ。ドキドキして武者奮いまでしてきた。
今は一刻も早く事件現場へ行きたい。この謎も解き、文壇サロンのおじ様達の顔が早く見たいもの!