第17話 第一発見者の交換条件です
外観は魔女の家のようだった村長夫人・リズの家。しかし、中に入ると綺麗に片付き、通された客間は居心地がいい。
大きな窓からはさんさんと太陽の日差しが降り注ぎ、小さい庭も眺める事ができる。それにテーブルや椅子、ソファなども温かみがある。リズの聞くと、昔、タラント村の家具職人に造らせたもので、頑丈で全く壊れないとか。
そんなテーブルの上には、香り高い紅茶。それにお土産で持ってきたマフィンが並び、すっかりと居心地の良い空間になっていた。
といってもリズはずっと愚痴をこぼしている。
「そうなのよ、ずっと、冷たい村人に噂話をされて。本当に嫌になるから。私は単なる村長夫人なのに!」
リズは枯れ木のように痩せている。首元もげっそりすてる。年齢は五十五歳と言っていたが、白髪も多めで老けて見えた。それでも腐っても村長夫人なのだろう。服装は一般の村人よりも上品だ。薄紫のジャケットやタイトスカートは、リズの雰囲気にぴったり。
私はリズの愚痴をずっと聞いていた。じいやもそう。長い長い愚痴で、私は冷静に聞いていたものだが、じいやは時には涙を浮かべ、本当に同情している模様。
リズの愚痴は要約すると「村人が冷たい」という事しか言っていない。手を変え、品をかえ、よくそこまで長く愚痴を言えるか不思議なものだが、元々村長夫人として村で浮いている事、遠縁のカリスタとだけ親しかった事は把握できた。
「本当、この村人は下品で嫌よ。それに比べてじいやさん。あなたは上品ね!」
「奥様、お褒めいただき光栄です!」
「このアンナ嬢もいい人そうだわ」
なんとなく失礼な物言いな気がするが、じいやのおかげで私にも敵意は無さそう。
おそらくリズは高貴な身分の出身だろう。つけている指輪やネックレスも貴族が持っているものと似てる。村人でこんなアクセサリーつけている人は見た事ない。
成金商家とはいえ、令嬢の私とプロ執事のじいやとは、波長が合うようだった。
うっかり仲良くなりかけてはいたが、永遠に愚痴を聞くわけにはいかない。リズは愚痴を吐き出せて満足そうだったが、私は一回咳払い。
話題を変えてリズに聞いてみる事にした。元々作家業をしていた事、文壇サロン追放された事、行き詰まって田舎にきたは良いが、濡れ衣を着せられて困っている現状も正直に話した。たぶん、リズのようなタイプへ嘘をついても意味なさそう。
「そう。あなた、作家さんなの? だったら、後でうちの親戚が運営している出版社を紹介します? 隣国の小さな出版社ですが」
「え?」
思っても見ない提案だった。あまりにも美味しい話すぎて、にわかには信じられない。
「こんな素敵なじいやさんのお嬢様ですもの。それぐらいは協力しましょうかね」
「奥様、ありがとうございます!」
今度は本当に涙が出そう。死んでいた作家のキャリアだったが、息を吹き返す可能性が出てきた?
思わずリズに頭を下げてしまう。確かに癖がある人物だが、根から悪人ではないだろう。殺人事件への関与はこの際おいといて。
「いいのよ、そうね。だったら、事件当日についてお話しします。その代わり……」
リズはここで交換条件を出してきた。リズをモデルにした探偵ものを書け、と。
「え、ええ?」
二度目の思ってみない提案。しかし、これは安易に受けていいものか?
「村でバカにされ、引きこもりの村長夫人は、実はすごい観察力があり、村のカフェ店長とともに謎を解くの。どう?」
どうと言われても。リズはキャッキャと笑い、ウィンクまでして盛り上がっている。
「お嬢様、素人探偵ものですよ! 隣国では素人探偵ものも人気ありますよ!」
じいやもノリノリだ。
「か、考えておくわ。では、推理小説の取材として聞きましょうか。事件当日のこと、できるだけ詳しく教えて」
「わー、取材だって! 楽しいわ!」
リズもノリノリだ。実際に小説にするかは決めていないが、今はこう言っておくのがベターだろう。
じいやは筆記用具を取り出し、さっそく取材が始まった。
村長が殺される前、リズは旅行に出ていたという。
何しろ村で浮いているリズは引きこもりor旅行ぐらいしか楽しみがない。旅行も隣国の親戚の家に行くだけだったらしく、リズは「実に退屈な旅行だったわ」とブーブー言っていた。
それでも、どうにか旅程を終え、夕方近く村の本邸に帰ってきたらしい。基本的に引きこもりするにがここの別邸で、本邸にはあまり帰らないというが、嫌な予感がしたらしい。
「嫌な予感ですか?」
書記係・じいやだったが、つかさず質問。
「ええ。胸騒ぎっていうか、なんか。村にはギヨームっていうオカルト大好きな男もいるし、そういう話は馴染み深いっていうのもある」
ちなみにリズはギヨームとは比較的親しいらしい。ギヨームは不動産業もしており、裕福で品もあるというから。
ギヨームが先程、オルガの工房で会った。確かに語る事はユニークではあったが、オルガに好かれているし、物腰は悪く無さそう。
「リズ、少し脱線しましたわ。話題を戻そましょう。本邸に帰ったらどうなったんです?」
私はすぐに話題を戻し、首座を続けた。
「ええ。リビングに帰ったら、主人が倒れてた。頭から血を流して……」
つまり撲殺か。
ようやく事件の状況が読めたが、リズは嫌な記憶を思い出した模様。肩を震わせている。じいやはすぐにリズへフォローを入れ、紅茶を飲ませていた。
これ以上、リズに状況を聞くのは難しそう。凶器は不明だったが、殺害手段はわかった。前進したらしい。
「その後、もちろん白警団を呼んだけど、色々聞かれて疲れちゃったわ。隣国にいる息子も呼び出して葬儀もしたけど、ね。こうして引きこもっているというわけよ」
第一発見者のリズの事情はだいたい把握。
ただ、もう一つ聞きたい事がある。確かにこのリズが撲殺するのは不可能だろう。今のところ犯人候補からは外したいが、村長の交友関係やトラブルはリズがよく知っている可能性が高い。ロゼルの噂も知っているだろうか。
この様子では、リズと村長は特に仲良し夫婦だった可能性は低そうだが。それに本邸の殺人事件現場も見ておきたい。なかなかきっかけが掴めないが、じいやは隣でニッコリしている。
だったら大丈夫か?
私は深呼吸し、再びリズに向き合った。
「村長夫人。よりリアルな小説を書くためにお願いします。村長の交友関係やトラブルがなかったか、教えてください。あと、本邸の現場も見たいんです」
再び頭を下げてリズに頼み込んだ。
リズはこんな私に目をぱちぱちさせていたが、大笑い。
「良いわよ。小説の為だったら」
「いいんですか!」
「その代わり、私をモデルにしなさいよ。とびきり素敵な村長夫人を書きなさい!」
リズの目にも光が差し込んでいたが、私の気持ちも上がってきた。
文壇サロンでは「推理なんてするな」と蔑まされていた。
なのに今は全く違う。作品を書く事を求められている。自分が好きなものも認められたようで、こんな好待遇で、いいんだろうか?
「ええ、書きますから。文壇サロンのおじ様達の鼻をあかしますわ」
「それでこそお嬢様です!」
「いいわね、どんどんやっていこうじゃない」
じいやだけでなく、リズにも励まされてしまった。
もしかしたら、タラント村は私の居場所になり得るだろうか?
今はそんな気がしていた。