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第16話 村長夫人の心を掴みましょう

朝食を取り終えた私達。今日はじいやは朝食を作ったので、王都にいた時と似たようなスープやパンだったが、やはり口に馴染む。


その後、クリスは仕事の為、一階の自室にこもり、昼過ぎには役所に所用を済ませ、そのついでにロゼルの噂も探ってくるという。


一方、私とじいやは朝食の片付けをしつつ、プチ作戦会議。このまま手ぶらで向かっても良いが、だめ押しでもう一つ何か欲しい。


という事で手土産を持っていく事になった。手土産は菓子で、オルガの工房で入手するのが良いだろう。じいやもいつも以上に服装や髪型にも気をつかって貰い、準備完了だ。


私とじいやは、まず森の中のオルガの工房まで歩いていた。


今日は晴れているせいか、森の中の風も心地いい。村長殺人事件なんかあった事が嘘のように平和だった。ぴちぴち、ちーちーという鳥の亡鳴き声も平和すぎて、私もじいやは何の緊張感も出てこない。


「わあ、お嬢様。ここがオルガ様の工房ですか? 良い匂いがしますね!」

「そうね、じいや。今日は何を焼いているのかしら。行きましょう」


オルガの工房の前でも実に呑気だ。私達はニコニコと笑いながら、工房に入る。


工房の焼き菓子の棚には、ドーナツやマフィンがどっさりと詰められている。ケーキ類などの生菓子はまだできていないようだったが、このドーナツだけでも十分だ。色とりどりのチョコレートもトッピングされ、見た目も華やかで可愛いものだ。


「じいや、このドーナツでいいんじゃない?」

「待ってください、アンナお嬢様。これから会う村長夫人はご主人を亡くしたばかりですよ。派手な焼き菓子を持っていくのは、少し気をつけた方がいいかもです!」

「そうね、気づかなかったわ」


そこはうっかりしていた。じいやの指摘はもっともだ。じいやを連れてきて正解だった。


クリスの人選が的確過ぎて恐ろしいぐらい。嫌味っぽい彼だが、確かな実力はあるので、仕方ないと思えてくる程。


という事で、見た目は地味なマフィンをいくつか選び、オルガに包んでもらう。今日も午前中はオルガだけで工房を回しているらしく、忙しいらしい。一緒に働いている人も病気がちで大変なんだとか。


「オルガ様、それは大変でしたね」


じいやはオルガに微笑む。優しいじいやのオルガもポーッとしているではないか。クリスが言うように村長夫人のリズにもじいやにだったら、心を開く可能性が高そうだ。


「ええ、じいやさん、ありがとう」


オルガがはにかみつつ、紙袋に包んでくれたマフィンを手渡ししてくれた。


「ところでオルガ。あの嫌がらせの手紙は来てる?」


このまま帰ろうかと思ったが、一つ気になる点があった。昨日見た脅迫状。オルガは気にしないと笑っていたが、どうも引っかかる。村長の殺人事件と関係ある?


オルガは右上を見つつ、何か思い出しているようだった。


「今日は来てないよ。でも、ここがオープンした二年ぐらい前から定期的に来てるから、なんかもう慣れたな」

「オルガ様、それは良くないですよ」

「ねえ、オルガ。過去の嫌がらせの手紙は残っていない?」


想像以上に長期に渡って嫌がらせを受けていた事に引く。隣にいるじいやも、目をウルウルとさせている。


こんな私達にすっかり信用してくれたのだろう。オルガは厨房から過去の嫌がらせの手紙の全部持ってきてくれた。また、時々、店の周辺にも生ごみを撒かれたり、虫の死骸が置いてあった。


「そんな……」


想像以上だった。オルガの元奴隷という身分で差別なのか。それとも単なる嫌がらせか。あるいは村長事件との関連性があるのか。全く推理の答えは出ないが、オルガが傷ついているのは事実だろう。オルガもじいやと別の意味で目がウルウルとしていた。


「オルガ、辛い事を思い出させて悪かったわ。何かあったら、すぐに私のいる別荘に連絡して」

「そうですよ。何もなくても連絡してくださいな」

「あ、ありがとう! アンナもじいやさんもいい人ね!」


今日、初めてオルガが笑顔を見せた。笑もじいやも顔を見合わせてホッとしたが、他客も入ってきた。


背が高い中年男性だ。年齢は三十代後半から四十代ぐらいだろうか。黒髪だ。前髪も長めで服装も黒っぽい。意外にも雰囲気は上品で物腰も柔らかそうだが。


「こんにちは、ギヨーム」


オルガは客にそう呼んでいる。ギヨームという名前らしいが、気さくにオルガに笑いかけていた。


「オルガの菓子は幸運の菓子だからね。毎日食べにいくよ」


ギヨームはそう言うと、ドーナツを全部買っていた。見た目に反し、甘いものは好きなのだろうか。


「ギヨームは毎日うちで買ってくれるのよ。いいお方」


オルガがそう言うのなら、悪人ではないのだろうか。


「僕はギヨーム・バラボーです。この土地で不動産業などしております。オカルトも趣味なんです」

「え?」


ギヨームはオルガの菓子は波動がいいとか、妖精がどうとか、オカルト的な話題を話していた。


私やじいやも自己紹介したが、ギヨームのオカルト熱に押されそう。見た目通り、少し変わっているのだろうか。しかしオルガに対しては親切そうだし、物腰自体は良い。根は悪くない?


「ギヨーム、よろしくお願いします。村長事件について何かご存知?」


単刀直入に聞いてみた。うっかり濡れ衣を着せられそうになり、独自に調査している事も。


ギヨームは長い前髪をぐしゃぐしゃとかきあげ、驚いていた。細い目も見開いている。


「そうだな。村長が殺された日は、月と金星の角度も悪かった。魔のゲートが開いていたかもしれない」

「ギヨームは元々魔法使いの高貴な血筋らしいよ!」


オカルト話に引いている私達。オルガはつかさずフォローを入れるが、結局、ここでは手がかりはない。


オルガの工房を出た後は、そのまままっすぐに村長夫人の家は向かう。じいやは、魔女の家のようなボロボロな家で若干後退っていたが、私は無視して呼び鈴を押す。


「村長夫人、昨日も来たアンナですわ。今日は美味しいマフィンも持ってきましたから、ご一緒にお茶でもしません?」


アンナはだいぶ明るい声を出した。案の定、何の返事もない。


「お嬢様、返事が無いですね……」

「そうね。あ、今度はじいやが呼びかけてみて」

「できますかね」


じいやは自信が無さそうだったが、一回咳払いし、玄関のドアをコンコンとノックした。


「奥様、心配ですよ。じいやはとっても心配です!」

「ちょ、じいや、ここで泣いたりしないで!」


なぜかハンカチを握り泣くじいや。これはどういう事?


じいやがこうやって泣く事は見慣れてる。主に私が文壇サロン追放直後は、私以上に憤り、感情的に泣いていたが。


「どうしよう……」


困った私。このまま逃げようかと思った時だった。


何と喧嘩の扉が開いた。村長夫人・リズが現れた。リズもボロボロと泣いている。


「奥様! じいやは心配しておりました!」

「わーん、こんな私を心配してくれる人がいたなんて! 村の連中はみんな私に冷たいのに!」


リズとじいやは抱き合い、二人して号泣。なぜかさっぱりわからないが、じいやの真心は伝えあったらしい。


じいやがリズを本気で心配していたのか、演技なのかは不明ではあったが、リズとの対面は成功した。クリスの人選は恐ろしいほど上手くいった。ここでじいやを連れてこなかったら昨日と同じ堂々めぐりだっただろう。


「村長夫人、私も心配しておりましたわ」


私もハンカチを握り、泣くフリをしていた。たぶん、今はこうするのが一番良いはず。


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