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第14話 クリスと同居する事になりました

オルガの店を手伝っていたら、すっかり陽が暮れてしまった。一応小麦粉以外の材料も確認したが、これには何の異常は無く、この問題も単なる偶然だと主張されたら、否定できない感じだった。


とはいえ、オルガとはすっかり親しくなり、また工房を手伝う約束をし、別荘に戻った。


「アンナお嬢様、おかえりなさいませ」


別荘の玄関ではじいやが待機していた。王都の家でもこんな風に出迎えられていたが、今はなんだかこそばゆい。それに、ダイニングルームの方からはいい匂いがする。たぶん野菜スープの匂い?


「またクリスが食事の準備をしてくださいました」

「じいや、また? あの人、暇なの?」

「さあ、でも、シャルルの件で責任を感じておられるのでしょう。立派な青年です」


じいやはよっぽどクリスに良い印象を持っているらしい。泣くフリまでして感動を表現している。いけすかないと思っているとは言えない雰囲気。


とはいえ、今日は一日中動き回った。カリスタの店でも食べてきたくせに、もうお腹が減っている。


クリスの作った食事には罪はない。こうして私はじいやと共にダイニングテーブルへ。


すでに夕飯は出来上がっていた。野菜スープはもちろん、サラダもある。メインは肉料理でパンに挟んで食べる形らしいが、どれも美味しそう。デザートの果実もあり、テーブルの上はパッと花が咲いたように明るい。


「よお、アンナ嬢。俺が作った料理は実にうまそうだろ?」


嫌味っぽい。胸をはっているクリスにツッコミを入れたかったが、美味しそうな匂いに負けた。昼と全く同じ状況だが、三人でテーブルを囲んで食事することに。


「クリス、美味しいですよ!」


じいやは半泣きで喜んでいた。クリスをきにいっているじいやには、違和感は拭えないが、私ももくもくと食べる。確かにパンもサラダも肉も全部美味しく、クリスも全く否定できない。胃袋を掴まされると弱いらしい。ぐうの音も出ない。


チラリと横にいるクリスを見上げると、目を細めている。偉そうな顔だ。ドヤ顔だ。一瞬イラッとしたが、胃袋がそれを拒否し、私は無言で食べ続ける。


「ところでアンナ嬢、推理の進捗はどうか?」


まるで部下に接するようなクリスの言動は、またイラッとしかけたが、なんとか飲み込む。


「ええ、説明するわ」


私は今日得た情報は全て整理し、クリスとじいやに報告していた。村人のシャルルの噂、カリスタの事、リズの事、オルガの事などなど話すことは大量にあったが、じいやが書記し、まとめてくれているので助かる。


ちなみにじいやはシャルルの管理人室の様子や女性ものの服、化粧品についても全部記録してもらっていた。それも完璧に仕上げており、実に仕事ができる執事だ。


「じいや、全部ノートにまとめてくれてありがとうね」

「お嬢様の為なら何でもしますよ!」


大袈裟に喜んでいるじいや。いつもの事だったが、クリスはニヤニヤと笑い、いたたまれない。


「気になるのは、このオルガって子の店の嫌がらせだな。あと村役場のロゼルって何だ? 村長とも付き合っていた噂があるんか?」


そんなクリスだったが、じいやが書いたノートを閲覧しながら、何か考え込む。


「さあ。でもオルガの店は福祉みたいなところでしょ? 村長が国からのお金を中抜きしていたとしても不思議ではないわ」

「さすがお嬢様! 推理が冴えますね!」


じいやの過剰な褒め言葉に、話は脱線。結局、お茶を飲みながら、フルーツをつまみつつ、これからどうするべきか話し合う。


「でも村長がどんな風に殺されたか何も知らないのが一番のネックよ。やはり第一発見者の村長夫人のリズに一番はじめに事情を聞きたいところ」


私はクリスからノートを取る、考える。どうやら白警団のモイーズは、事件の詳細は公表していない。噂も飛び交い、何が正しい情報かもわからない。やはり犯人を特定する為には、第一発見者のリズに当たるのが最優先。


「アンナ嬢、お前、おもしれー女だな」


真剣に考えている私にクリスはまた嫌味っぽい発言。いちいち相手にするのも煩わしくなり、じいやに聞く。


「でも、リズとはどうやって接触しようか?

森の家で引きこもっているらしい」

「そうですね、お嬢様……」


この第一関門はどう突破しようか。もうテーブルの上の料理は空だ。果実もお茶も減りつつあったが、考え込んでしまう。


「この村長夫人って旦那を亡くしてショックかもな。犯人の可能性だって十分あり得るが、俺やアンナ嬢のような若いもんが押しかけても、落ち着かないんでは?」


助け舟を出したのはクリスだった。ゆっくりとお茶を啜りつつ、ノートを捲っていた。


「もしかしたら、じいや、君が村長夫人に会った方がいいんでは? 君はいかにも人畜無害で優しい。相手も警戒心を解くはずだ」


クリスはじいやを指名している。


「わ、わたしですか!?」


普段は裏方のじいや。こんな風に指名され、あたふたしていた。おでこに汗も出てハンカチで拭いているぐらいだ。


私はクリスの人選は悪くな気がしていた。実際、私自身もじいやの優しさや存在そのものに癒しを受けている。見た目も大きな羊のような雰囲気だし、引きこもりの村長夫人・リズがうっかり心を開く可能性はあり?


「それはいいアイデアよ。じいやだったら、みんな癒されてわ」

「お嬢様! では私が協力されていただきます!」


じいやは背筋を伸ばし、高らかに宣言。翌日、じいや私二人でリズの家に行くことに。一方、クリスは役所に色々と用事があるから、そのついでにロゼルの噂を聞く事に決定した。


「うん? って言うかクリス、ここに住まれるの?」


すっかり忘れていたが、私がその可能性を全く失念していた。


「おお。というか、ここは俺の別荘だぜ。休暇中はここに住んで悪いかよ?」


クリスは腹を抱えて大笑いしていた。何がおかしいのかさっぱり不明だったが、じいやも笑い出し、ダイニングルームは、明るい声で満ちる。


まあ、クリスの言う通りだ。この別荘もクリスのものだ。逆にこちらが使わせて貰っている状態だった。


クリスの嫌味っぽいところは、相変わらずいけすかないが、しばらくは同じ家に住む家族みたいなものだ。


それに事件の調査も協力してくれる。料理も作ったくれる。きっと根が悪い人物ではない。


「クリス、ありがとう!」


素直にお礼を言うと、彼は珍しく真顔になっていた。いつもは斜に構えたような、本心が見えないような目をしているのに。


「そうですよ、クリスさん! 本当にあなたは素晴らしい青年です!」


じいやは相変わらずで、クリスはまたいつもの顔に戻ってしまったが。


何はともあれ、私には味方がいるらしい。「推理なんてやめろ」と文壇サロンのおじ様達に追放された過去は、嘘みたい。今は辛い過去も瘡蓋がついてる。もう血は流れていなかった。あとは自然にしていれば、綺麗に治るだろう。


「アンナ嬢、推理して必ず犯人を捕まえろ」

「ええ。もちろんよ!」

「お嬢様! 頑張りましょう!」


明るい声がさらにダイニングルームに響く。大丈夫だ。もう私は一人じゃない。自分を嫌いになる事も、どうでも良くなってきた。


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