第36話 もう犯人と対決するしかないです
翌日、よく晴れていた。日差しも強く、少し海辺の道を歩いただけで汗が滲む。クリスのおでこにも汗が浮かんでいた。
「ロルフのやつ、ちゃんと協力するかね?」
「さあ。でも、試してみるだけやってみましょう」
昨日たてた計画通り、古城へ向かっていた。ロルフを使ってクヌート所長を自白させようという計画だ。まずはロルフに協力を頼むため、古城へ向かう。
前回来た時と同じように、まずはメイドのマクダに取り継いでもらい、ニ階のダイニングルームへ。
ロルフたち、遅い朝食を楽しんでいた。私たちは波音食堂で食べてきたが、シンプルな焼き魚の匂いに惹かれてしまう。マグダお手製のお魚スープも美味しそう。こちらもいい匂いがする。
これから犯人と対決する。そう思うと急にエネルギーが必要となり、結局、ロルフたちと一緒にご飯を食べた。
「成金令嬢と極悪経営者が何の用だよ」
ハンネスはロルフに給仕しながら、キャンキャン文句を吠えていた。相変わらずうるさい男だ。隣に座るクリスは、わざとらしく耳を塞いでいた。
「そんなことより、ハンネス。お兄さんのテオの様子はどう?」
こっちも気になり、私はうるさいハンネスにも声をかけた。仕方ない。
「それが最近、どうも様子が変だ。仕事も休んでいるらしい」
「そう……」
ハンネスの声を聞きながら、テオについても考える。クヌート所長が犯人だった場合、テオが何か関わっている可能性がある。テオはクヌート所長の部下だ。もし今回の計画が失敗に終わった場合、テオを自白させるプランも一応頭の片隅に置いておく。
「そんな事件なんてどうでもいいじゃないか。アンナ。ついに私と結婚する気になったかい? そうだよ。こんな極悪経営者より血筋のいい俺が魅力的だろ? それに同業者の方がいいさ」
一方、ロルフはこの空気を読まずに求愛モードにスイッチを入れてきた。
「おいロルフ、お前何言ってるんだ?」
クリスはロルフを睨みつけ、バチバチとマウントを取り合う。本当に野良猫みたいだ。マクダはこの二人に呆れ、ため息をこぼしている。私もそう。呆れた。絶品お魚料理を楽しんではいたが。
「もう、二人とも子供ぽい喧嘩はやめて。ロルフ、あなたはちゃんとクヌート所長に謝罪したかしら?」
ようやく今日の本題を切り出せた。またリネット店長のことを伏せながらも、クヌート所長が第一容疑者であるとも明言した。協力して欲しいことも正直に話す。
「いや、クヌート所長には全く会ってもいないぞ」
「ロルフ、いい加減に反省してくれない? この誘拐の件、文芸誌にエッセイとして公開してもいい?」
今も全く反省していないロルフに冷たく言う。よっぽど私の視線が痛かったからだろう。ロルフは黙り込み、協力すると呟いた。
「一応か? お前、本当に反省しているんか?」
もっともクリスはまだ睨みつけていたが、クヌート所長に会いに行く準備は整った。
相変わらずハンネスはうるさく、マクダは呆れていたが、この二人もクヌート所長の研究所についてくれるという。特にハンネスは全く役に立たないと思うが、質より量だ。大勢で押しかけ、クヌート所長の感情を乱すのも一手だろう。
ということで朝食も食べ尽くし、一同、クヌート所長の研究所に向かった。
全館来た時と同じように応接室に通され、クヌート所長の入室を待つ。テオはいないようだ。ハンネスが言う通り、仕事を休んでいるのは間違いないらしい。
こうして待つこと三十分。ようやくクヌート所長が登場した。
「全く、大勢で押しかけて何かね? 私は仕事中で忙しいんだよ」
クヌート所長、大股でふんずり返り、応接室の椅子に腰掛けていた。メガネの奥に見える目も相当イライラしている。チッと舌打ちし、クヌート所長の機嫌は最悪らしい。相変わらず白衣姿は似合っていたが、研究者らしい思慮深さは見えてこない。
もう犯人だと私の中で確信があるからかもしれない。隣にいるクリスもクヌート所長を冷たく見つめていた。
「ほら、ロルフ。ちゃんと謝って」
ロルフも大股で偉そうに座っていたが、私は彼の肩を叩き、今日の目的を促す。ロルフは不本意そうではあったが、クヌート所長に目を合わせ、謝罪していた。
本当に謝罪しているかは不明だ。先程まで全く反省していなかった男だが、今日は私の指示で正装させ、長い髪も綺麗に結ばせた。見た目だけは、一応反省しているようには整えはていた。
「ふむ、なるほど。君たち、そんな謝罪のパフォーマンスをし、何かを企んでいるね?」
しかし、クヌート所長、全くこれには効果なかった模様。貧乏ゆすりも始めていた。彼の不機嫌さ、天井まで登ったらしい。
「ロルフ、今更謝罪ってなんです? 今まで手紙一つなかった。大金だけ支払い、終わったことにしたよな? 何か魂胆があるね? それに成金令嬢と極悪経営者。何か匂うな」
しかも、私たちの意図を見抜いてきた。ハンネスはキャンキャン吠えていたが、クヌート所長、これには完全無視。
「ま、所長の気持ちはわかるわ。私もこんなブラック職場で苦労していますから。チェルシーのことも、本当に無念よ」
一方、マクダの発言には、クヌート所長も反応を変えていた。貧乏ゆすりを止め、少しだけ大人しくなったが。
クリスはここでニヤリと笑っていた。相変わらず性格悪そう。例のネックレスを取り出し、クヌート所長に一気に詰めた。
「これ、あんたのだろう? 返して欲しければ事件について知ってること、全部吐けよ」
低い声だ。目も座ってる。ロルフも黙った。あのうるさいハンネスも口を閉じているぐらいだ。
「詳しくは言えないけど、事件現場であなたを見た人がいるの。人魚を生贄に願いが叶うっていう話も調べたわ。クヌート所長、何か知ってない?」
私はクリスとは違う。一応、令嬢らしく優しげに言う。ここで冷たく言ってもクヌート所長には逆効果だと考えたが。
「ほう、そういうことか」
しかし、その目論みはうまくいかなかった。クヌート所長はそう呟くと、脚をくみ、座り直す。
「証拠はあるのか? 私を疑うというのなら、証拠を出しなさい。科学者の私だ。客観的な証拠がないと。証言? そんなの嘘ついているかもしれないし、妄想話かもしれない。事実と感想もわけなさい。主観と客観も違うものだよ」
クヌート所長、火がついてしまった。さすが論破王。高速で口が回り、誰にも反論させていなかった。
「こ、このネックレスは現場に落ちていたわ。奥様の形見では?」
私は何とか反論したが、クヌート所長は鼻で笑っていた。
「は? そんなの何の証拠になるものか。あの日、犯行時刻に落とされたものだと言えるのかい? ははは、女の推理だね。何の論理も、証拠もない。科学的でもない。それって成金令嬢の感想ですよね?」
だめだ、この論破王。これ以上、何も言い返せない。
「私も若い頃は本格推理小説を読んでた。我ながら、暗号文読解には自信はあるが、成金令嬢の推理はだめだ。ツッコミどころが多すぎるねぇ。成金令嬢、あんた、本当に推理小説家かい? 結婚したら大人しく家庭にいた方がいいんじゃないですかねぇ。あるいは女と子供に受けるような恋愛小説家がピッタリでは」
しかも、私の作家としてのプライドも折るような発言もされた。もう何も言い返せない。撃沈。私たち、結局、研究所から追い出された。
ロルフもハンネスも黙ったまま。マクダもため息をついていた。
きクリスだけが通常通りだった。しかも少し笑っている。極悪経営者と言われているのも納得の笑みだ。
「なるほど、論破王か。なら、こっちもボロを出すよう罠を仕掛けるしかないな」
その自信、一体どこから来るの?
全く謎だったが、こんなクリスと一緒にいたら、クヌート所長に負けた気がしない。そうだ、まだ手札はあるはずだ。最後に勝てればいいんだ。何ならジョーカーでも出してみる?




