第13話 第一発見者に会いに行きます
第一発見者・村長夫人のリズの家まで歩いていた。
あの後、カリスタにケーキやパンをたらふくご馳走になってしまい、お腹が重い。すっかりカリスタとは打ち解けたが、これは令嬢として体重も気掛かりだ。
私はできるだけ早歩きで移動していた。土地勘のないタラント村だったが、地図をみていくと、リズの家の方角もわかる。
「あれ? リズの家って森の中にあるのね」
地図通りに行くと、あの森の中へ。
今の時間は陽が影ってきた。少し森の中に入るのに躊躇してしまう。
もっとも昼間は普通に入れたし、オルガの店みある。地図通りに行けば大丈夫かと結論づけたが、森に入ると物音がした。
「え?」
鳥か風の音かと思ったが、後ろを振りかえると誰もいない。
急に木の匂いや土の匂いが鼻についてきたが、気のせいだろうか。
「まあ、気のせいよね?」
という事で地図通りの森の中へ。銀貨伝説の看板の前を通り、オルガの店の前も通り抜ける。また店の周辺から良い匂いが。カリスタの店で食べてきた癖にオルガの菓子も気になるところ。おそらく新しい小麦粉を入手し、菓子を作り直しているのだろう。帰りのオルガの店へよっても悪くなさそうだ。
こうしてズンズンと早歩きで進み、ついにリズの家の前へ。
リズの家は昼間見た。魔女の家にような家。不気味で無視していたが、まさかここがリズの家?
確かリズは村長宅を離れ、森の別邸で引きこもっていると聞いていたが、想像以上に粗末な家。
成金令嬢で庶民感覚が抜けない私だけれど、これには驚く。
「本当にリズの家?」
表札を見たが、ちゃんとリズの名前がある。その側のポストはチラシ、新聞、手紙が溜まっており、庭の植物も半分以上枯れていた。
私はこのリズの家を見ながら推理していた。窓から灯りは見える。リズが住んでいるのは確実だが、こんな所に引きこもり、庭や郵便物の手入れができないという事は、何か病気でもあるのだろうか?
あるいは村長を失ったショックで生活の余裕がなくなり、ここに引きこもっている。その推理も外してはいないだろう。
「そうね。家族が死ぬのはショックよ。しかも第一発見者。リズはショックで引きこもっている」
そう推理の結論をつけたが、もう一つの可能性もある。
突発的に村長を殺し、パニック状態になって引きこもっている。あるいは計画的な犯行でここで証拠隠滅している。
どれも可能性がある。推理の答えは出ないが、その為にもリズの話を聞く必要があるだろう。
私はリズの家の戸を叩いていた。あらゆる可能性を考慮し、控えめなノック音に調整したが、しんとしている。
「リズ、村長夫人、いらっしゃいます? 私、この度、村に越してきたアンナ・エマールという者です。ご挨拶に伺いました」
令嬢らしく丁寧に声をかけたが、何の返事もない。家もしんと静か。
しばらく待っていたが、この様子では時間の無駄になりそう。
仕方がない。リズとは別の日に合えば良いだろう。
私はリズの家を後にし、オルガのいるタラント村菓子工房へ走った。
オルガはせっせと菓子作りに励んでいた。もう小麦粉問題は解決し、ロゼルに全部新しくして貰ったとか。
私も手を洗い、白衣や帽子を借り、厨房に入ってオルガを少し手伝う事に。
今はパンの生地をこねているらしい。小柄なオルガだったが、想像以上に力持ち。私は出来上がった焼き菓子を袋詰めにする事ぐらいしかできない。
「オルガ、すごいわね。こんな体力仕事とは知らなかったわ。小麦粉の件はもう大丈夫?」
単純に事実を述べただけだったが、オルガは顔を真っ赤にして照れていた。
「いや、私こそありがとう。ロゼルに話して解決したからね」
「でも、よくそんなミスがあったわね」
私はそう言いながら、何か違和感を持つ。この小麦粉問題は差別から始まったものだと思い込んでいたが、これも村長殺人事件と関係があるのだろうか?
例えばここの材料費をケチり、ロゼルがポケットマネーにしていた。その事が村長にバレ、突発的に殺した。一応筋は通ってしまう。
「そうか! アンナの言う通りだね。その可能性はある」
この推理はオルガも納得。
「ところでオルガ。ここの税金ってどういう仕組みで入るの?」
「最初に国から給付金が出て、何やかんやと役所を通して私達のところにくる感じ」
「何やかんやね……」
オルガの話を総合すれば、国からのお金も中抜きできるはずだ。
村長が国からの給付金を中抜きし、ロゼルと山分け。その取り分で揉めて殺人事件に発展。
「アンナ、すごい推理! こうして考えると、ロゼルが犯人だよ!」
オルガはキャーキャー言いながら笑っていた。私の推理も楽しくて仕方がないらしい。
「そうだけど、物的証拠は何もない。これだけでロゼルを疑うのはダメよ」
「わー、アンナ。本当に探偵みたいね!」
褒められた。今度は私の頬が赤くなりそうだった。
ふと、厨房の材料やレシピブックが置いてある机に目が止まった。ここだけ乱雑さがあり、掃除しようと思ったが。
一枚の手紙が落ちる。そこには、予想にしない言葉があった。「今すぐ閉店しろ! さもなければ放火する!」と。
これは脅迫状!?
脅迫状など推理小説でしか見た事がない。手紙から滲む悪意に指先が震えてきたが、オルガはスルー。こんな手紙はよくあるそう。奴隷や元奴隷への差別は、日常茶飯事だと笑うが。
「そんな。何か被害はない?」
「ないね。だったら良いのかなって」
オルガは気にしていないが、私は気になって仕方ない。
「オルガ、この手紙、もらっていい? あとこういうのが来たら、私にすぐ報告して」
「え、何で?」
オルガはパンを捏ねる手を止め、目を丸くしていた。
「村長殺人事件と関係があるかもしれないわ。ええ、何もわからないけれど」
「わかったよ! 協力するよ!」
オルガの屈託の無い声を聞きながら、頷く。
まだまだ手がかりは揃っていない。何が有力の手がかりか、はたまた何も関係がない事かも不明だ。
だとしたら、怪しいものは何でも収集しておいた方がいいだろう。
推理作家の血が騒ぐ。文壇サロンのおじ様達の「推理なんてやめろ」という声は、もう完全に聞こえなくなった。
推理、楽しい! 大好きだ、もっと推理したい!
今は自分の心の声がよく聞こえていた。