第32話 容疑者を追いかけます!
平和祭りはさらに賑わいを見せていた。午前中より来客者も増え、屋台周辺はかなりの人だかりだ。
あの後、クリスとともに屋台周辺の道を歩いていたが、とにかく混み合っていた。
「クリス、すごい混雑ね」
「なんだ?」
雑踏も響き、隣にいるクリスと会話するのも一苦労だったが、その時、胸につけていたブローチが外れてしまった。
「あ!」
せっかくクリスが買ってくれた貝殻のブローチだったが、カラコロと転がっていく。すぐに追ったが、人混みに揉まれ、どこにあるかわからない。
「え、嘘。どこに転がしちゃったの?」
しかも、クリスともはぐれてしまった。まいった。人混みを見渡してもクリスがどこにいるかわからない。クリスのような目立つルックス、簡単に見つけられそうなのに。おまけに貝殻のブローチもなくし、涙目だ。
「クリス、どこー?」
まるで迷子になったような気分だ。周囲には全く知らない島民ばかり。
「あれ?」
しかし、その顔ぶれを見て驚いた。事件の容疑者のテオがいるではないか。製薬研究所で会った時と同様、キノコぽいルックだった。猫背で顔も暗い。弟のハンネスとは対照的だ。
「テオ!」
雑踏に負けないぐらい大声をあげ、テオを呼んだ。向こうはすぐに私に気づいたが、一瞬顔が震えていた。怯えた様子だ。とても平和祭りを楽しんでいるように見えないが、向こうは逃げた。すぐに方向を変え、人混みをかきわけていく。
「ちょ、待って!」
私の姿を見てから逃げたのだ。ということは、何かやましい事実があるのだ。私も人混みをかきわけ、何度か人にぶつかりながらも、テオの背中を追う。今はクリスとはぐれ、たった一人で容疑者を追っていたが、タラント村でもアサリオン村でも似たような真似をしていた。怖くない。むしろテオは事件について何か知っているはず!
「テオ、待って!」
さらに全速で追う。今着てる白いワンピース、動きにくい。ハーフパンツにラフなシャツ姿のテオと比べると不利だったが、どうにか追い詰めた。
ついた場所は公園の公衆トイレの近くだ。人気はない。祭りの音は響いてくるが、テオと二人きりになった。
テオは運動不足なのだろう。走ったせいで顔が真っ赤だ。肩で息もしている。汗も大雨みたいに流れていた。キノコっぽい見た目通り、走るのは苦手みたい。
とはいえ、私を睨みつけるのは忘れなかった。今は弟のハンネスみたいに吠えてる。似てないとはいえ、血の繋がりはありそうだ。
「お前、成金令嬢だろ? なんで追うんだ!」
ようやく容疑者とご対面だ。アリバイもある。今のところ、犯人から遠ざかっている男だったが、私は前に詰め、事情を話すよう凄んだ。
島の人の性質上、素直なところがある。事件の証拠をあげるより、自白させた方が楽だと考えたが、テオは下を向き、唇を固く閉じていた。
だとしたら、もう推理を披露するしかない。今のところ、何の証拠も上がっていなかったが、クヌート所長を疑っていること、人魚の代わりにマリアを生贄にし、願いを叶えようとしていること、テオもそんなクヌート所長に協力し、魔法戦争資料館で極秘資料を探していた疑惑など言う。
「もちろん、私の頭の中だけで作った推理よ。何の証拠もないわ。テオ、私の推理が間違っていたら否定して」
さらにテオに近づき、まっすぐ目を見つめながら言う。一方、テオの目は泳ぎ、モゾモゾと手を動かしていた。挙動不審だ。
「誘拐事件の毒もハンネスに脅されて用意したのよね? この件ももしかしてクヌート所長に脅されてやったこと?」
テオは答えない。さらに手を変な方向に動かし、動揺していた。目も泳ぎ、一切、私の目を見ない。たぶん、私の顔すら見えていないと思う。
「どう、この推理。違っているのなら、論破してみせて」
「そ、そんな……」
テオは言い返してこなかった。むしろ、口をもごもごと動かし、さらに挙動不審。
「そんなの、し、しらねー!!!」
逆ギレか。これは私の推理が当たっている可能性も出てきたと思ったが、テオはもう一回だけ吠えると、脱兎のごとく逃げてしまった。
すぐ追いかけようかと思ったが、予想外の邪魔が入る。ロルフとハンネスだった。二人とも平和祭りに遊びに来たたしい。しかもテオとのやり取りの一部始終、見ていたようだ。
ハンネスは兄のテオに呆れているだけだったが、ロルフは腕を組み、深く頷いてる。
「うん、なるほどね、アンナ。確かにクヌート所長が犯人で、テオが協力者は有り得るよ。まあ、普通に考えたら私の方がクヌート所長に恨まれて殺されてもおかしくないが」
「その自覚があるなら、真摯に謝罪しなさいよ。というか、魔法実験なんて本当辞めて」
私があまりにも冷たく言ったせいか。ロルフはプルっと震えていた。しかもなぜか顔は赤く染まってた。目だけはらんらんと光って、気持ち悪い。思わず顔を顰めてしまう。
「どうだい、アンナ。私と一緒に謎解きしようじゃないか。私とだったら、テオやクヌート所長も捕まえれる。なんせ私は上級国民だから、色々と権力を使える」
ニヤリと歯を見せているロルフ。
「俺の女になれよ、アンナ。今日もワンピース、似合ってる。綺麗だよ」
そして私の耳元で囁いてきた。甘く深い声だったが、腹の底がモゾモゾと気持ち悪くなってきた。この男、代償や義務を無視し、権利だけ主張している。誘拐の件もそうだ。改めて思うと卑怯すぎる。本当に私が好きだったら正攻法で戦えばいいんだ。少なくともクリスはそうしていた。しつこく、ネチネチと性格は悪いとはいえ、クリスは卑怯な真似は一回もしていない。
「いいえ、結構よ。その前にクヌート所長にちゃんと謝りなさいよ」
私はロルフもハンネスも無視し、さっさとこの場から逃げた。もうロルフの顔もみたくもない。嫌悪感でいっぱいになってしまった。
「ちょ、アンナ! 待てよ!」
ロルフの声など無視し走って屋台の方の道に戻り、クリスを探す。
「アンナ!」
クリスとはすぐに合流できた。ホッとした。しかもクリス、あの貝殻のブローチ、新しく買ってくれたらしい。
「もうアンナ、人混みなんだから、勝手に動くなよ」
「ごめん」
クリスに怒られてしまったが、それは私を心配してのこと。少しも怖くない。
「手を繋ごうぜ」
「え?」
「またはぐれるぞ」
「そうね」
結局、手を繋いだ。クリスの手は案外大きく、力強い。体温も伝わり、 ドキドキしてきた。そういえば、こんな風に手を繋ぐのは初めてだった。
初めてだと自覚してしまうと、さらに心臓がドキドキいってくるが。案外、クリスは涼しい顔だ。しかも口笛まで吹き、ご機嫌みたい。
「クリス、なんだか楽しそうね?」
「当たり前だろ。婚約者と手を繋げて嫌な気分になる男がどこにいるよ? 面白い。実に面白いね」
さらにクリスは口元を緩ませていた。つられて私まで楽しくなってきた。こうして二人で手を繋いで屋台を巡る。また貝殻のブローチやネックレス、ブレスレットなどいっぱい買ってくれた。頼んだわけじゃないのに。
もうロルフのことはすっかり全部忘れてしまった。




