第30話 願い事はなんですか?
「ごちそうさまでした。美味しかったわ」
平和食堂の店員にお礼をし、私たちは外へ出た。レオン館長とも別れた。
レオン館長、全額奢ってくれた。「犯人を見つけて、テオの無罪も証明してくれよ」と励ましてもくれた。
こんな風に元気付けられたのだ。引き続き調査を続けようとヤル気に燃える。とりあえず、島を歩き、島民たちから気になったことや噂を聞く方針へ。
クリスと二人、ゆっくりと歩く。まずは魔法資料館や役所など公共施設がある地区を歩くが、この時間帯は漁に出ている島民も多いらしい。あまり島民にも会わず、あの製薬研究所の前まで来てしまった。
クリスは製薬研究所の門前にある像を見つめていた。百年前、魔法戦争時代の迫害にもたえ、素晴らしい薬を研究してきた男の像だ。
「クリス、どうしたのよ? この像に何か気になる?」
「いや、レオン館長は科学と魔法は差がないとか言ってただろ?」
「ええ」
「だったら、この男も人魚を生贄にし、薬のアイデアを得ていた。そう考えてもおかしくないか?」
「え?」
クリスの推理は荒唐無稽だ。私はこの男の像、まじまじと見つめる。そんな人魚を生贄とか魔法とか結びつかない。
「百年前は魔法と科学ははっきりと対立していたのよ。そんな製薬研究者が魔法だなんて……」
しかし、そう言いながら、一つの可能性も出て来た。
クヌート所長が容疑者でもあり得る?
科学的思考の論破王。妻を魔法で失った過去もあるが、何か願いを叶えようとしていた?
「まさか……」
そんな事はないと思うが、クリスは私の耳元で囁いてきた。こうして聞くと、ロルフなんかよりよっぽど甘い声でドギマギしてしまう。
「クヌート所長が犯人でもおかしくない。アンナ、先入観や思い込みをとっぱらえ」
「そ、そうね」
どうにか頭を冷静に保ち、推理をする。テオは魔法戦争資料館で極秘資料を探していた。テオはクヌートの共犯者。魔法やオカルトの資料をクヌートのために探していたと思うと、あり得ない話でもない?
「確かにあの論破王が犯人だとしてもおかしくないわ。マリアを人魚の代わりに生贄にしようとした」
「だろう?」
クリスは胸をはり、いつも以上に性格が悪そうな顔をしていたが、一理ある。問題はクヌート所長の動機だ。一体、どんな願いを叶えようとしていたのだろうか。
ちょうどその時だ。クヌート所長が研究所から出て来た。私とクリスはすぐに近くの街路樹に身を隠したが、クヌート所長は全く気づいていない。
大股で歩き、どこかへ行こうとしている。犯人かもしれない男?
まだ何の証拠もないが、気になる。クリスと顔を見合わせると、尾行することに決まった。
クヌート所長、昼休みで外に出て来たと思ったが、平和食堂に行かなかった。他の飲食店にも島の商業地区の方にも行かない。
逆に島の北部に歩いていた。このあたり、人気がない。魔法戦争時代の遺構もかなりある。爆弾で崩れかけた図書館や屋敷、黒焦げになった塀などが連なる。不気味な雰囲気すらある。魔法戦争資料館でみたものも思い出し、私もクリスも笑えない。そもそもクヌート所長、何しにこんな遺構が集まる区域に来ているのだろう。
クヌート所長、私たちがつけているとは全く気づいていない様子だ。まっすぐ前を向いているが、その目は妙に虚ろだった。もともと論破王のクヌート所長だ。性格も冷たそうだったが、この目は何だろう。前にあった時とのギップも激しい。本当に犯人かどうかは不明だったが、クヌート所長から目が離せなくなってしまった。
そしてクヌート所長が向かった先、意外なことに墓地だった。墓地の近くの花屋で白い花を購入すると、とある墓の前にいた。墓地もさらに人気がなく、野鳥の鳴き声しか響いていない。寂しい土地だ。青空もなんだか空虚に見えるほど。
私たちは墓地の茂みに隠れた。周囲は薄暗く、隠れやすかったが、クヌート所長、花を墓に捧げると、その前で項垂れていた。
「え、クヌート所長、泣いてる?」
小声で隣にいるクリスに確認するが、確かにクヌート所長の頬、涙で濡れていた。
見てはいけないものを見てしまった。おそらく墓の主は妻のチェルシーだろうが、普段はクールな論破王の泣き顔。クリスでさえ、咳払いし、居心地が悪そうだった。思わず胸がぎゅっと締め付けられるような。
私達はすぐに墓場から退散し、結局、コテージに近い海辺に戻ってきてしまった。会話はない。クヌート所長の泣き顔見てしまった後、推理とか事件の話をするのは違う気がした。
結局、二人で砂浜の貝殻を拾っていた。前、同じことをした時は退屈だったが、今はちょっと楽しい。単純な動作が精神にいいらしい。
しかし、わからない。クヌート所長を犯人に決めつけようとしていたが、妻を失い悲しんでいる一人の男にも見える。あの項垂れた様子を見る限り、生贄目的とはいえ、女を殴ったりできるか疑問だ。
「そうとも限らないぜ、アンナ」
一方、クリスは私のこの推理をすぐに否定した。
集めた貝殻を私の手に乗せると、いつものように性格悪そうにニヤリと笑う。
「死んだチェルシーを生き返らそうとして、マリアを生贄にし、殺そうとした可能性は考えられないか?」
「まさか。だって魔法戦争資料では願い事が叶うだけけって書いてあったわ。永遠の命じゃなくて。いくら生贄でも人の命を生き返らせるなんて……」
これ以上何も言えない。しかしクリスの推理には一理ある。チェルシーを生き返らせようとして、マリアを生贄に?
そもそもクヌート所長は製薬の研究もスランプだったと聞いた。その流れで魔術に興味を持ち、チェルシーを生き返らせようと考えた?
魔法と科学。歴史を見れば共通点があった。古代では混合されていた。クヌート所長が魔術に興味を持ったとしても、意外と不自然ではない?
わからない。動機は全然わからないが、クヌート所長も怪しくなってきた。証拠は何もない。あの論破王に勝てる材料は何も思いつかないのが現状だ。怪しい点は多いが、まだ犯人だと聞けつけるのは早い。今の段階では私達の思い込みの域を出ない。それにあれほど妻の死を悼んでいるのなら、怨恨目的でロルフを襲う方が筋は通りそう。
「それにしても、魔術とか生贄で願いを叶えても嬉しいのかしら」
私は手の中にある貝殻を見つめながら呟く。それで願いを叶えても、ズルして勝ったような後味の悪さは持たないのだろうか。魔王一族が過去にしていたこと、ますます嫌悪感を持ってしまう。手に中にある貝殻だけが綺麗に見えた。
「アンナは願い事はないのか?」
「え、私?」
突然、そんな話題になり、思わず貝殻砂浜に落としてしまった。
「クリスはないの? もっと会社を大きくしたいとか、成功したいとか」
「そんなもん、俺の実力だったら朝飯前だ。願掛けするほどじゃない」
「へ、へぇ」
相変わらず自信満々のクリスに苦笑してしまうが、クリスはまた私の耳元で囁いてきた。
「俺の願いはアンナの願いと同じだよ。ないのか、願いは?」
そんな甘めな声で囁かれたら困る。反射的に心臓もドキドキいうから、とても困ったが、どうにか言う。
「そ、そうね。せっかく作った暗号文、どこかで披露したいわ。しばらく推理小説を書けるかもわからないし」
「そうか、なるほど」
クリスはまたニヤニヤと笑っていた。これは何か企んでいる顔だったが、それを見ていたら、思いついた。暗号文のアイデアがいくつも浮かぶ。
結局、バンガローに帰り、暗号文作りをしていた。クリスに出来上がった暗号文を解かせ、一緒に微調整を繰り返し、何個か完成してしまった。
マリアの事件の推理は全く進展はなかったが、暗号文作りは順調だ。それにクリスと二人で過ごすのも楽しい。時間を忘れ、事件も忘れてしまったが、束の間、これぐらいはいいかもしれない。




