第27話 魔法戦争資料館
私たちは魔法戦争資料館へ向かった。古城から二十分以上の距離を歩く。今日も日差しが強いが、風も強いので、さほど汗もかかずに到着。
想像以上に古い建物だった。木造で壁がボロッとしている。周囲には公園もあり、その見晴らしは良いのだが、魔法戦争資料館の古さが目立つ。
「この資料館、ボロいな。おそらく税金が出ていないんだろう」
「クリスもそう思う?」
「ああ、我が国はこういう歴史的に重要なものも全部税金の無駄だって取り壊したりしているからな」
「全く、政治家のおじ様たちもわかっていないわね。文壇サロンおじ様よりはマシだと思うけど」
そんな会話をしつつ、資料館の中へ入る。資料館の入り口周辺では魔法を復権しろとデモ隊まで出ていた。王都でもよく見る光景だったが、参加者は全員女性だった。彼女たちがオカルトや魔法に傾倒している可能性大。マリアの暴行事件の犯人の可能性もあるわけだが、一応顔だけは覚えておいた。女の力でマリアを暴行できるかは不明だったが。
そして受付でチケットを買う。この資料館、今はあまり見学者もいないらしい。私たち以外誰もいない。学芸員つきの案内もできるということで、すぐに申し込めた。今日の目的、オカルト好きのリーザに会えるかもしれない。
予想通り、すぐにリーザが登場した。見た目もわかりやすくオカルトが好きそうだった。吊り目と黒っぽいアイシャドウが特徴的だ。二十五歳ぐらいの女性だったが、小柄で猫背。長い黒髪や黒のパンツスーツもよく似合う。目の下のクマも濃い。声もハスキーだ。
とはいえ、アポなしで押しかけたのだ。リーザにも警戒される可能性もある。まずはクリスと共に和やかに自己紹介をしクッキーもあげた。
このクッキー、マクダが作ったものだ。なぜかマクダにリーザに持たせるように頼まれただけだが、これで効果があったらしい。
「あら、マクダのクッキー? 私、あの子のクッキー大好きなのよ!」
そう言い笑顔を見せた。クッキー効果だ。警戒心を解いたらしい。
「やだ、マクダ。あの子、本当にメイドの鑑よ。よくできた子だわ」
「そうだな。まあ、これでうまくいくだろ」
クリスともヒソヒソ話をした後、リーザに資料館の中を案内されることになった。
「まずは、こちらが当時の島民の被害状況ですね。魔法戦争で約半数の島民は亡くなりました」
先程までクッキーを見ながら笑顔だったリーザだが、展示室に入るとプロとしてのスイッチが入った模様。一つ一つの展示物を解説してくれた。どの解説もわかりやすく、展示物を見ているだけでも、当時の被害状況が目に浮かぶ。
「これは子供のおもちゃ。お弁当箱、ワンプピースの一部ですね。見て、これは血のあと」
リーザの説明とともに、当時の日用品も見た。特に子供の日用品は見てられない。真っ黒に焦げつき、元の形跡は何もない。魔法戦争の痕跡だけが生々しく刻まれている。
隣で見ていたクリスも無言になった。いつもの性格の悪い顔が嘘のように重い。私もそう。全く笑えない。声も出ない。うっかり事件のことまで忘れそう。
「戦争は平和な日常を壊しますね。確かに魔法で願いが叶うかもしれない。でも、必ず代償はある。義務もある。簡単に何でも願いが叶うなんてこと、ないですから」
リーザの落ち着いた声が展示室に響き、私もクリスも何も言えなかった。
こうして魔法戦争の被害状況の展示が終わると、今度は我が国の軍や魔王一族の歴史などの展示にうつった。
こちらももっと悲惨な展示物が続く。魔法陣や呪文の書かれた巻き物なども展示されていたが、全部魔法戦争で利用されたもの。いや、利用ではなく悪用?
「魔術も正しく使えばまだマシだと思いますが、人間はどうも正しく扱えないみたい。戦争に悪用してしまった。実際ね、当時被害を受けた島民を助けたのは製薬や医療の人たちよ。魔王一族たちや軍部は魔法で人助けも全くしなかったわけ」
リーザは解説しながらもウンザリとしていた。もしかしたら、オカルトに傾倒している故、戦争利用などした過去に憤っている可能性もある。見た目は怪しい雰囲気の女性だったが、それだけだったら、こんな職業は選ばない。我が国は男尊女卑だ。学芸員もなぜか女性にだけ厳しい資格試験があったりする。かといって給料も高くないらしい。
「この車輪みたいのと水槽みたいのはなんだ?」
そんな事を考えつつ、最後の展示物となった。そこには水槽があった。水は入っていないが、中に重しのついた車輪なども展示されてる。クリスはそこを指差し、興味をもっていたが、リーザはさらりと言う。
「これは拷問器具よ。当時の魔王が人魚を誘拐した後、色々と酷いことをしていたみたい」
「ひぇ……」
思わず目を逸らしそうになる。あの極悪のクリスさえ、目を伏せているぐらいだ。
「目を逸らさないで。ちゃんと見て。いかに魔法が島民、日常の平和を痛めていたか。人魚も絶滅させた。ちゃんと見て。そして忘れないで。王都に帰ったら別の人にも伝えてね」
リーザの声がする。しっかりと芯の強い声だった。その声に目が覚めたような気分になり、私もクリスもちゃんと展示物を見つめていた。
おかげで展示室から出てきた瞬間、安堵しかない。どっと疲れた。出口の近くにロビーもあったが、ついついクリスとともに椅子に座り込んでしまうぐらいだった。心はクタクタだ。疲労感しか持てなかったが、これが現実なのだろう。
しばらく私もクリスも無言だった。頭に浮かんだ言葉も、どうも薄っぺらい気がして口にできない。こんな現実を前にしたら、どの言葉も薄いだろう。
こんな様子にリーザは笑っていた。この資料館に来ると、魔法肯定派も一気にアンチになるという。門の近くにいるデモ隊にも今度案内してやろうとニヤリと歯を見せていた。
こんなリーザのおかげで、私たちの空気も弛んできた。それに今日は魔法戦争について調べにきたわけでもない。マリアを襲った犯人を調べにきたのだ。
単刀直入に聞くとするか。オカルト好きらしいが、この女性だったら話せば理解してくれる気がする。
「なるほど。マリアを襲った犯人、オカルトや魔法に傾倒し、人魚のように生贄目的で被害に遭った可能性もあるのか……」
リーザは察しが良い。ここ一年の来館名簿をもってきてくれた。
「こんな資料館に来たら、魔法とかで願いを叶えようっていう人はいない。この島でも、ここに来ていない人が犯人じゃないかな? この名簿以外の人が犯人でいいんじゃない?」
リーザの提案はありがたかったが、来館簿の記録を見るだけで骨が折れた。資料は膨大だ。クリスも来館簿の記録を見ながら眉間に皺がよっていたが、はっとしていた。何か気づいた?
「テオが頻繁に来てるな。あの男、何しにここに来てるんだ?」
アリバイさえなければ第一容疑者のテオだが、何しに来ているんだろうか。マリアにもストーキングしていた男だ。こんな資料館にも来るのも結びつかない。
その時だった。私達の前に、一人の男が現れた。
仕立てのいいスーツを着込み、グレイヘアがよく似合う男だった。全体的に上品で知的な雰囲気のおじ様だ。痩せていて背も高い。文壇サロンのおじ様とは正反対の雰囲気だ。
「館長! レオン館長、こちら、今日ご案内しているアンナさんとクリスさんです!」
リーザの言葉で、このおじ様がレオン館長だと知った。
「ほぉ、そうか。初めまして。ここの館長です。レオン・ガイストです。ええ、ガイスト家の親類ですが、百年前からずっと私らの家族は魔法にがウンザリしています。アンチ魔法ですね」
レオン館長は薄く笑うと、私たちに握手を求めた。丁寧な仕草だったが、ふふふと笑う。その笑い方も文壇サロンおじ様と全く違い、ユーモアも感じさせる。
「島の噂で聞いてます。アンナさん達、事件を調べているんでしょう?」
なら話が早い。私とクリスは顔を見合わせると、ここに来た理由を説明していた。




