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作家令嬢の田舎追放推理日記〜「推理なんてやめろ」と言われましたが、追放先で探偵はじめます〜  作者: 地野千塩
第3部・スタテル島編

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第17話 論破王と初対面です

 応接室に入ってきた男、驚いたことにこの研究所の所長だった。名前はクヌート・バラボーという。名刺までくれた。


 テオは私たちが自己紹介している間に逃げてしまった。クリスは露骨に舌打ちしていたが、この状況でテオは追えない。結局、クヌート所長から事情を聞く流れになってしまった。


 クヌート所長はいかにも研究者という雰囲気だった。短髪の黒髪とメガネが似合う。白衣も板についていた。年齢は四十代半ばぐらい。文壇サロンおじ様たちと大差ない年齢だろうが、落ち着き、知的だった。あのおじ様方とは全く違う雰囲気。


「そう、アンナさん。うちの親類のセニク・バラボーの罪を暴いた人ですか。婚約者のクリスさんも我々の親類の会社を買収したんですね、ええ、どうもありがとうね」


 無表情のクヌート所長だったが、これは嫌味だろうか。言葉だけは丁寧だったが、口調はチクチクしていた。クリスは再び舌打ちをし、この応接室の空気は凍っていく。


「クヌート所長は、代々製薬の研究を?」


 私はこの空気に耐えられなくなり、話題を変えた。この研究所の初代所長の話を持ち出し、様子を伺うことにした。


「ええ。うちの先祖が作った研究所です。父も祖父も製薬研究しておりましたね、ええ」


 クヌート所長の声は落ち着いていた。全く感情的ではないが、どうもチクチク感が取れない。私たちが歓迎されていないことはわかる。


「お仕事中に押しかけてごめんなさい。実は私、あの古城のロルフに誘拐されたんです」


 こういった研究者には余計な雑談は邪魔かもしれない。私は単刀直入に話題を出した。


「へえ、誘拐ですか。相変わらずガイスト家の連中は変な人が多いね。この島でも、まあ、腫れ物扱いです。魔法戦争時代はそこそこ権力もあったみたいですがね。一応今も上級国民ですけどねぇ」


 クヌート所長、誘拐なんていう爆弾ワードを出したのに、実に落ち着いてた。眉ひとつ動かさない。いくら理系の研究者でもこんなものだろうか。怪しい。


「私の妻もあの古城でメイドの仕事をしていましてね。でも、ロルフも魔法実験に巻き込まれ、大怪我して亡くなりましたよ、ええ」

「え?」


 爆弾ワードはクヌート所長も負けていなかった。そんな妻が死んだ話題など、さらっとできるものか?


 マクダからは、死んだメイドの話を聞いた。まさか、その人がクヌート所長の妻だったとは。予想もしていない。


「嫌ですね、魔法なんて。なんの意味もない。私はやはり、科学的なものに信頼をおきます」


 相変わらず無表情、口調も落ち着いているクヌート所長だ。ロルフを恨んでもいいぐらいではないか。妻を失ってこんな落ち着き、初対面の客にペラペラ話せるものだろうか。


「クヌート所長、そんな妻が殺されたなんていう話、よくできるな。俺だったら、妻がこんな目に遭わされたら、何千倍にしてお返しするがな」


 クリスの発言、あながち冗談ではなさそうで笑えない。私は咳払いをし、もう一度クヌート所長を観察。本当に眉ひとつ動かさず、実に冷静なものだ。仮面をかぶっているみたい。ロルフを恨んでいる可能性もあるだろうか。それすらも、この表情から何も読み取れない。


「私は別にロルフを恨んではいませんよ。魔法はもっと嫌いになりましたがね」


 ここでようやくクヌート所長は笑顔を見せたが、貼り付けたような不自然な表情だった。やはり本心は全く読めないが、ここまで来て逃げ帰れない。毒物の件やテオについても聞いてみた。


「毒物? テオが盗んで誘拐に協力した可能性? え、テオが島の歌手に嫌がらせし、殺害予告まで送ってる?」


 クヌート所長、一応驚いてはいたが、相変わらずの表情だった。驚いたフリでもしているのだろうか。どうも態度が不自然。毒物やテオの件も何か知っていても、おかしく見えないのだが。


「クヌート所長、何か知っているだろう。毒物、テオの件、何か心当たりはないのか?」


 クリスもクヌート所長を怪しんでいるようだ。いつものように性格悪そうに笑い、まっすぐにクヌート所長を見つめていた。


「そうよ、クヌート所長。何か知りません? 私は何らかの理由でテオが誘拐事件の毒物を調達したと思う。それにマリアにも殺害予告を送ったと思うのよ」

「へえ。女の推理ですね」

「え?」


 クヌート所長はボソっと呟いた。女の推理って?


 小さな声だったが、決して聞き間違いじゃない。口の動きもそうだ。


「これだから女性は感情的で困ります。推理をするなら、ちゃんと科学的かつ客観的な証拠を見せなさい。テオを疑うのなら、それ相応の証拠があるんですよね?」


 クヌート所長は自身のメガネをくいっと掛け直し、笑う。


「さて、証拠は?」

「こ、この手紙を見て。筆跡や文法、語彙のチョイスが似てるでしょ? ここの誤字も一緒」


 私は急いで例の手紙を見せた。マリアの元に送られてきた苦情の手紙と共に。


「ほお。筆跡鑑定でもしたんですかね? うん? どうなんだ? これは証拠なのかい?」


 クヌート所長は私の言葉など無視して続ける。


「筆跡鑑定はしていないが、これはよく似てるだろう? どう見たって同一人物の手紙じゃないか?」

「クリスさん、それは思い込みというケースもあるんでは? それよりも科学的かつ客観的な証拠を見せてくれないと。研究者の私は、納得しませんよ」


 強い。クヌート所長はクリスも論破してしまっていた。


「私は魔法みたいなふわっとしたものが嫌いだ。やはり科学を愛するよ。さあ、君たちも推理をするなら、ちゃんと証拠を揃えて私を説得してみせなさい」


 私も論破された。何も言えない。テオは相当怪しい人物ではあるが、現時点では何も証拠は上がっていない。犯人がテオと断言できない。隣にいるクリスも、クヌート所長には言い返せないようだ。極悪経営者のクリスまでこうさせるなんて。クヌート所長、よっぽどの論破王らしい。これは敵に回すのは厄介だ。


 だとしたら、味方にするといいかも。遠回りになるが、クヌート所長を調査協力してもらったら、お得ではないか。


 私は気を取り直し、笑顔を作る。令嬢風の微笑みを意識した。


「ところでクヌート所長、どんな製薬を研究なさっているの? うちの執事もいい歳ですし、どんな病気でも治す薬があったらいいわね。研究してくださらない?」


 私の意図をクリスも読んでくれたのだろう。クリスもわざとらしく営業スマイルを作り、こう言った。


「そうだな。どんな病気も治り、不老不死になるような薬があったら、最高だ。所長、開発してくれよ」


 クリスの言葉の後、なぜかクヌート所長は黙りこくってしまった。さっきまでは論破王だったのに?


 論破していた時と比べ、どこか威勢もない。肩の位置が下がってる。目も泳ぎ、不自然なほど何も言い返してこなかった。


「クヌート所長?」


 思わず声をかけたが、これから仕事で忙しいという。部外者の私たち、あっという間に研究所からつまみ出されてしまった。気づくと研究所の門の前にいた。


「ごめんなさいねー。所長、イライラしやすいんですよ」


 そこに事務員の女性がわざわざ謝罪しに来てくれた。二十代前半ぐらいの若い事務員だったが、クヌート所長は仕事には妥協せず、時々休日出勤もあり、みんな迷惑しているとぼやいてきた。


「もしかしてクヌート所長、あまり好かれていないんですか?」


 もののついでだ。クヌート所長の評判を聞いてみた。


「ええ、特に好かれてはいないわよ。アシスタントのテオは慕っているみたいだけど。それにここ何年も新しい薬の開発にも成功していないからねー。世間で言われているほど、有能な研究者ってほどでもないし。ご先祖の栄光? 親の七光?」


 事務員の女性は声を小さくし、教えてくれた。クヌート所長が部下から好かれていないことだけはわかる。


「そうか、あいつ。嫌われてるのか」


 論破され一瞬大人しくなっていたクリスも、また性格悪そうにニヤニヤ笑っていた。


「そうよ。やっぱり奥さんがロルフの城で亡くなった時から、余計に拗らせている感じだからねー。休日も返上して、毎日残業して何か新しい薬を開発しているみたいだけど、どうだか」


 事務員はかなり呆れた様子だった。


「ちなみに、この研究所から毒物を盗むのって可能かしら?」


 私は一番聞きたかったことを、質問してみた。


「普段は絶対無理。鍵かかってるもの。でも、所長が一人で残業中や休日出勤の時は、まあ、隙はあるでしょうね。そういう意味では誰でも可能かも?」


 事務員はそう言うと仕事に戻っていった。思わずクリスと顔を見合わせる。


「テオも毒物を盗める環境にいた? 弟のハンネスに何らかの事情で協力したのかしら?」

「さあ。でもアンナ、特に証拠はなくても、やっぱりテオは怪しいよ」


 クリスの言葉に深く頷く。確かに証拠はない。科学的にも客観的にも証明できないが、テオは第一容疑者としか思えなかった。

 

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