第13話 事件の匂いがします
島は日差しが強い。少し歩いただけでも、私の二の腕、赤くなってきた。この調子だと黒くなるのも時間の問題だろう。
「クリスもちょっと、日焼けしてない?」
「アンナは呑気だな。っていうか、オーレリアンのやつ、我々にまったく気づいていないぞ。うん? あの男、想像以上に無能なんじゃないか?」
隣のクリスはさらに性格悪そうな目を見せていた。ゲスい。婚約後も性格は全く変わっていないらしいが、私もそれには同意だ。深く頷いてしまう。
あの後、私たちはオーレリアンのあとをつけていた。街路樹に隠れ、距離をとり、慎重にしていたものだが、オーレリアンはまったく気づいていない。一度も後ろを振りかえらず、ズンズンと大股で歩いていた。歩き方からして偉そう。
「本当にまったく私たちには気づいていないわね。あ、あの男。途中で飴の包み紙もポイ捨てしてる!」
マナー違反もしているオーレリアン。私はつい口を尖らせた。
「左遷され、無能の上、マナーも守れないとか終わってるな」
クリスも呆れていたが、島民はオーレリアンを避けて歩いている。だれも挨拶していない。この様子だと、オーレリアンは島で嫌われているらしい。アサリオン村でも嫌われていたので、予想通りだ。
予想外だったのは、オーレリアンが商業地区に入ったことだった。途中、パン屋でドーナツとコーヒーをテイクアウトし、食べ歩きをすると、またゴミをポイ捨てし、とあるカフェに入ってしまう。
カフェは今朝お邪魔した食堂の近くにある。黄色い屋根や壁が特徴的なカフェだったが、オーレリアンが私用で行くとは考えにくい。
「歌カフェ・マーメイドっていうお店みたいね」
私はカフェの看板を見上げた。その店名通り、歌ってる人魚のイラストも描かれていた。素朴だが可愛い絵だ。
「歌ってる人魚? 夜、バンガローで聞こえてきた歌声と関係あるか?」
クリスはそのことに結びつけていた。確かにあの美しい歌声、人魚?
「まさか。人魚が歌ってるはずないでしょ。あ、でもカフェから歌声が聞こえてきたわ」
カフェは防音されているのだろうが、少し音漏れしていた。可愛らしい女性の歌声。曲調も明るい。夜、海辺で聞いた歌とは正反対の雰囲気だ。
「これはあの夜の歌声とは別人だろうが、オーレリアンがなぜここに? 歌カフェってなんだよ?」
そのクリスの言葉、たぶん独り言だっただろうに、たまたま通りかかった島民に聞こえてしまったらしい。
サングラスをかけた老人だった。髪は白くなっていたが、日焼けした肌は健康的だ。背筋もピンとし、笑顔も妙にまぶしい。
「観光客かい? ここは歌カフェで、地元のシンガーが会員制でステージに立てるんだよ」
老人はわざわざ、このカフェについて教えてくれた。
「店長はリネットという女だ。五十になっても結婚しない変わりものの女だね。まったく女のくせに店長とか嫌だねぇ。偉そうに」
とはいえ、我が国らしい男尊女卑は忘れていなかったが。
「おじいさん、このカフェで何か噂や変わった様子はある?」
ここで無闇に怒っても仕方ない。ついでに色々聞いてみることにした。
「地元シンガーになんかトラブルあるっていう噂があった。そうだな、特にマーメイド☆ライトっていうグループは熱心な男性ファンも多いからね」
それは聞き逃せない。事件の匂いだ。もしかして、このグループに殺害予告が届き、オーレリアンが調査している可能性はないだろうか。
「そこまでは知らんって。俺はただこの島の隠居老人だから!」
これ以上は何も知らないようだった。クリスにも睨まれ、すっかり萎縮してしまっていたが、最後に気になること、変わったことがないか聞いてみた。
「さあ。でも、この島には古くから色々な人魚伝説があるのだ」
何かを思い出し、ニヤリと笑っていた。明らかに面白がっている。
「有名な伝説は人魚の命と引き換えに永遠の命を得られるらしいって話さ」
「おじいさん、それは単なる都市伝説だろ? もう人魚は絶滅しているはずだぜ」
クリスは話の腰を折ろうとしたが、老人は無視して語り続けた。声も低く、わざと怪しげな雰囲気を作っている。
「戦時中は魔王一族が人魚を捕まえてただろう? 永遠の命が得られる薬の研究もしていたらしいんだが、戦争も激化し、一族も没落しちまったからね」
その噂は古城の民族資料でも読んだことがあった。
「本当に人魚の命を引き換えに永遠の命が得られるの?」
「アンナ、そんなバカな話はないだろ」
クリスは呆れてて咳払いしていたが、気になってしまう。
「噂ではこうだ。特に美しい歌声の人魚の命と引き換え永遠の命が得られるとか。ブスな人魚とか、男の人魚ではダメだっていう噂。ははは、面白いねぇ……」
老人は一通り語り終えると、満足そうに去っていく。
「気になるわね。永遠の命? そんなことは可能なの?」
「そんな非科学的な話はないだろ……。あの爺さんが面白がっているだけじゃないか?」
クリスは呆れていたが、タラント村もアサリオン村でも伝説が事件のキーになっていた。今のところ事件もないが、どうも引っ掛かる。二度あることは三度ある。この話をスルーできないと思った時。
カフェからオーレリアンが出てきた。急いで街路樹の裏に隠れ、オーレリアンの姿を隠れて確認する。かなり怒っている模様だ。顔も真っ赤で肩をいからせている。
「なんだよ、このカフェの連中! そんな俺のこと無能っていうか? だったらお前たちだけで調査してみろよ!」
そんな捨てセリフと共にオーレリアンは去っていく。
「どういうことだ? やっぱり何か事件が起きてるんか?」
「クリス、とりあえずカフェに入ってみようよ。そのリネットという店長に話を聞いてみない?」
「そうだな。ま、無能なオーレリアンより俺らの方が何か役立つんじゃないか?」
クリスは低い声で笑う。相変わらず性格が悪そうだったが、実にクリスらしい。
「ええ。行きましょう。事件の匂いがするわ」
クリスとともにカフェに向かう。事件の匂いは濃厚だが、もうタラント村やアサリオン村のように殺人事件は起こらないで欲しい。そう願いながら、カフェの扉を押していた。




