第11話 絶品お魚料理を楽しみます
翌朝、波音で目が覚めた。カモメの鳴き声も響いているが、昨夜の美しい歌声は全く聞こえない。
「うーん、よく寝たわー」
バンガローの二階、一応ベッドもあり、何の問題はない。ただ昨日、マクダにもらった服のまま寝てしまったので、パジャマなどが欲しいところだったが。
窓の外はいいお天気だ。海も見える。濃いブルーの海は、眺めているだけで爽やかな気分になってくる。海面はキラキラと光が反射し、ちょっと眩しいぐらい。実にいい朝だ。
さらに窓から身を乗り出すと、古城が見えた。党は三つに分かれ、三角屋根のデザインもセンスがいい。ここからでも城壁は劣化しているのが確認できたが、もったいない。内部を成金風に改装しているのもロルフってセンスがなさそう。とはいえ、海辺の古城は目立ち、非日常感が滲む。本当に王都から離れスタテル島に来たと実感。ちなみに王都のの歴史上建築物は、政治家のおじ様達が税金の無駄だと壊してしまったものも多く、何の情緒も無かったから、余計にそう思う。
「いいわね。古城が見える島なんて最高な眺めよ」
問題は誘拐されて来てしまったことだが、まあ、それはおいおい証拠でも集めることにしよう。
一旦、バンガローの下に降りた。一階ではクリスは寝ていた。この誘拐騒ぎで疲れ果てたようだ。元々仕事でも多忙だったし、わざわざ起こさない方がいい。
「しかしクリスの寝顔、まつげも長くて、綺麗なもんね。あんなに性格が悪い人には見えないもんだわ」
ちょうどそう呟いた時、荷物が届いた。
「何かしら? あら、じいやからじゃない」
荷物は執事のじいやからだったが、服、下着、サンダル、タオル、歯ブラシ、石鹸、シャンプー、缶詰、お茶、コップ、筆記用具など当面の生活に必要なものが全部入っていた。なぜかトランプやボードゲームまで入っていたが、退屈させないようにという気遣いだろう。
「いやだ、じいや。仕事ができすぎるわ」
じいやの細やかな気遣いに涙が出るほど嬉しい。今はじいやに会えないが、再会したら、さっそくシャワールームで身体や顔を洗い、着替える。
髪を乾かしながらお茶も淹れるが、お腹が減ってきた。確かに荷物も中には缶詰類も入っていたが、せっかく島に来ているのだ。絶品お魚料理が食べたい。
「アンナ、おはよう」
そこにクリスが起きてきた。寝起きなので髪もボサボとし、無防備な姿だ。いつもの性格悪そうな雰囲気は消え、リラックスしているようだ。
「おはよう、クリス」
「おお。しかし腹が減ったね」
「でしょう。島のお魚料理を食べに行かない?」
「もちろんだ!」
クリスはニヤリと笑い、同意した。その後、クリスもシャワーを浴び、着替えると、二人でバンガローを後にした。
日差しが強い。夏日だ。クリスがは白シャツに短パン、サンダル姿だ。私も薄手のワンピースとサンダルで正解だったが、この日差しだったら、サングラスも持ってきた方が良かったかもしれない。
海辺をクリスとぶらぶら歩いているだけで、楽しいものだ。日差しの割に風は爽やかだし、潮の匂いも心地いい。朝なので島民もあまりいないのも静かでいい。
「あれ、あそこ見て。砂浜の方にマクダがいるわ」
「本当か?」
マクダを発見。砂浜の方でぶらぶらと散歩しているらしい。私達も海辺の道から砂浜に向かい、マクダに手を振った。
「おーい、マクダ。大丈夫?」
私は手を振りながらマクダに近づく。
「アンナ。クリスもおはよう!」
今日のマクダはメイド服ではなく、花柄のシャツに短パンだ。どうやら私服らしい。
「大丈夫だった。ロルフにバレた?」
まず一番気になっていることを聞く。
「ええ。クリスが迎えに来て逃げたって知ったら、ショックで寝込んでた。で、今日はお仕事休み。やった!」
無邪気に笑うマクダ。この様子だったら、ロルフに酷い扱いはされていないようだ。
「なんだよ、ロルフのやつ。粘着質が足りないな。好きな女に逃げられたぐらいで寝込むか? そこはさらに執着して執着するところだ」
一方、クリスは腕を組み、嘆息している。確かに執着度合いではクリスの方が勝っている。アサリオン村で犯人に捕まった件でも、クリスの粘着質のおかげで助かったことを思い出すと、笑えないものだが。
「粘着質って何? テープじゃないんだから、そんな部分でマウントとる?」
一方、マクダはクールにツッコミ、クリスはダメージを受けていたが、お腹が減ってきた。こんな会話よりもお魚料理を堪能したいのが本音だ。
「マクダ、地元民おすすめの美味しいお店ある?」
「あるわ! 朝だったら、波音食堂のモーニングセットが超おすすめ!」
「どこどこ?」
私はマクダに食堂の場所を教えてもらい、クリスと二人で向かった。
バンガローとは反対側の東側の商業地区にある食堂らしい。歩いて十分ぐらいだ。島は楕円形だが、孤島と言われるほど小さいらしい。海辺の道をまっすぐに歩いていると、ほどなく商業地区に到着した。
ここまで来ると、島民ともすれ違う。多くは漁師らしいが、余所者の私たちにも気さくに挨拶してくれる人が多い。派手なシャツを着ている人も目立つ。なるほど、タラント村やアサリオン村と違い、スタテル島の人々は大らかで人懐っこいようだ。服装も他人目を気にしていない感じ。例の二つの村に比べると、断然過ごしやすい。開放的な空気が段違いだ。
それに商業地区にある店も魅力的だ。まだ朝なので開店していないが、貝殻のアクセサリーの店、海塩のバスグッズの店も気になる。オシャレなカフェも行ってみたい。釣り具のレンタルショップもあり、クリスも興味津々だった。
「おお、この島。なんか雰囲気いいな」
「そうね、クリス。タラント村やアサリオン村と雰囲気が全然違う。ここでは殺人事件は起きないんでは?」
「まあ、誘拐事件は起きたけどな」
「茶番みたいな誘拐劇だったけどねー」
そうこう言いながら、目的の波音食堂まで到着した。水色の小さな建物だった。外観はカフェ風だったが、中は漁師たちで混み合っていた。おかみさんの声も活気があり、賑やかな場所だ。私たちが王都から来たというと、窓辺の一番いい席にも案内されて嬉しい。
「わあ、クリス。窓から海が一望できるわ。素晴らしい眺めね」
「そうだな。これは余計に食事が進みそうじゃないか」
クリスも上機嫌で、私もニコニコと笑ってしなう。そしてメニューブックからモーニングを注文。コーヒーと海老フライのサンドイッチ、それにお魚団子入りのスープのセットを注文した。
クリスも同じものを頼んだが、特にスープが絶品だ。お魚団子はホロリと口の中で崩れ、具材の白菜やニンジンとの相性も最高。お魚団子は素朴な形だが、大きい。スープの透き通った色合いも美しく、感動してしまう。
「美味しい! 何このスープ、今まで食べたことない味だわ」
ついつい、はしゃぎ声が出てしまう。島のお魚料理、レベルが異次元だ。海老カツのサンドイッチもぷりぷり、サクサクで美味しい。コーヒーも浅煎りで、飲みやすく、すっかり天国気分だ。誘拐されてここに来たこと、全部記憶から抜け落ちていた。
「確かにこれは美味しいな。おかみさん、ありがとう」
クリスもおかみさんに絶賛コメントを送るぐらいだ。
「本当に美味しいわ。あなた、天才!」
私も涙を流しつつ、おかみさんに絶賛してしまうが、私の顔を見て何か気づいた。
「あなた、作家のアンナさん?」
おかみさんは文芸誌の愛読者らしく、私の存在も知っていた。
「ええ。作家のアンナよ。筆名ではAだけど」
「あら、本当かい?」
おかみさん、なぜか顔色が曇っていた。
「実は最近、島が不穏なのさ」
「え、どういうこと?」
こんな美味しい料理を作る人から「不穏」という言葉が出てくるとは意外だった。
「ああ。なんか島で殺害予告事件が起きてるって噂よ。アンナさん、あなた、また探偵するかも?」
おかみさんはそう言うと、厨房のほうへ向かってしまった。思わず私はクリスと顔を見合わせてしまったが。
「殺害予告事件? どういうことなの、クリス」
「さあ、知らないが……」
この島はタラント村やアサリオン村とは違うと思っていたが、嫌な予感。二度とあることは三度ある。そんな言葉も思い出し、背中はぞくっとしてきた。




