第8話 隠し通路?
新たに暗号文を作り続けていたら、あっという間に夜になってしまった。今も一段と静かな夜。
星空は相変わらず綺麗。今夜は月も出ているから、余計に美しい夜空だ。波音も響き、恋人といたら、ロマンチックなシチュエーションだろう。問題は茶番のような誘拐劇でこんな夜空を見ているということだが。
そういうしているうちに夜は更け、マクダがやってきた。いつものメイド服ではなく、目立たない服だ。黒っぽいワンピースにグレーのガウンを羽織っていた。かくいう私もマクダに用意してもらい、同じ服を着ていた。
「さあ、アンナ。ここから脱出するわ」
「ロルフやハンネスはいない?」
「ええ。さっき二人で飲みに行ったわ。大丈夫」
という事で、マクダとともに部屋を後にすると、裏手にまわり、使用人専用の階段を下った。段差も高く、薄暗い。マクダは手元に灯りを持っていたが、それでも暗い。それに埃っぽい。
「ごめんね、アンナ。うちは人手不足だから、ここまで掃除に手が回らないのよ」
「それはいいけど。他のメイドさんは辞めちゃったの?」
「ええ。ロルフの魔法実験が原因でね。大怪我負わされたし、本当魔法ってろくなもんじゃないわよ。うちの姉は助かったけど、亡くなったメイドもいるからね」
マクダはさらっと語っていたが、笑えない。とんでもないブラックな職場じゃないか。マクダがロルフを嫌っている理由はわかる。もしかしたら、ロルフを恨んでいる人は少数でも無さそうだが、だとしたら、ハンネスはどうしてあんなに慕っているか謎。
「ハンネスは元々ロルフの小説のファンでもあるからね」
「へぇ」
「ちなみに推理小説は嫌いみたい。アンナのことも最初から毛嫌いしていたから」
なるほど。ハンネスは若いが、メンタリティは文壇サロンおじ様と大差ないかもしれない。
こんな会話をしつつ、マクダと共に階段を降りたが、どうやら地下まで来てしまったらしい。窓もなく、暗い。埃くささは倍増していたが、通路はかなり狭い。圧迫感があったが、これは本格推理小説でよく見るものだ。そうだ、隠し通路だ。特に古城や由緒あるお屋敷が舞台だった場合、隠し通路はお馴染みだ。お約束と言ってもいい。私も本格推理小説のデビュー作で書いたことがある。
「そうよ、隠し通路。これはメイドしか知らない。ロルフもハンネスも知らないはず」
マクダはさらっという。毎日使っている通路で、特にレア感もミステリ感もないというが。
「いやいや、古城の隠し通路って何!? 私、歩いているだけで感動してきた!」
「ちょ、アンナ。ただの廊下だよ。それに百年前の魔法戦争中に作られたものみたい。連日、敵国から爆弾を落とされていたからね。この通路を使って逃げたらしい。この扉はね、食糧庫だったみたいよ。当時、闇市で買ったお酒やチョコも隠してたらしい」
歴史を聞くと、悲惨な過去もあるのに、胸がドキドキしてきた。この茶番みたいな誘拐劇で唯一の本格ミステリっぽい状況、悪くない。
しかし隠し通路は長くもなく、あっという間に終わった。城の隣にある使用人の館の道までつき、数分もしないうちに隠し通路は終わった。
マクダに続き、使用人の館に入ったが、拍子抜けだった。短すぎる気が……。
「マクダ、あの隠し通路、あれで終わり?」
「終わりよ」
「そんなぁ」
「何がそんなに残念なのよ。まあ、いいから粘着質の婚約者が来るまで私の部屋で待ちましょい」
「う、うん……」
残念だが仕方ない。それにマクダの部屋は明るく、綺麗だ。こちらはよく手入れが行き届き、観葉植物や花も飾られれいた。私の実家の部屋は毒物や毒草の本、ゲラや辞典でごちゃごちゃと散らかってる。締め切り前は特にそうだ。マクダの掃除力の高さに尊敬してしまう。
「いや、掃除なんて普通にできるし。あ、お茶でも飲む?」
素直に褒めただけだったが、マクダは照れていた。褒められれられていないようだ。確かにロルフみたいな上司はメイドの仕事ぶりに気づかないかもしれない。
「はい、アンナ。お茶よ。それにクッキー。私が焼いたやつだけど、余っちゃったのよね」
「え、このクッキー綺麗じゃない? 手作り!?」
マクダが焼いたというクッキー。綺麗に焼けていた。手作り感はなく、お店で売っているものと大差ない。しかも味も美味しい。バターたっぷりでサクサクだ。お茶ともよく合う。
「だったらマクダ。うちの実家でメイドしない? ロルフのために仕事していたら、もったいないって」
「え、そう?」
「それにたぶん、うちの方が給料や待遇いいはず」
「いいの?」
「このクッキー、絶対美味しいし! ロルフなんかの仕えていたら、もったいないから! 王都で働くのが嫌でなかったら!」
身を乗り出して力説してしまった。若干、マクダは引いていたが、あとで詳しく話を詰めるということで落ち着く。
「アンナ、クッキー食べ過ぎよ?」
「えー、美味しいから」
「もう。本当恥ずかしい」
初対面のときはクールだったマクダだったが、すっかり打ち解けてしまった。良い友達になれたかもしれない。この茶番のような誘拐劇だったが、全部が悪いとも言い切れない。そう思うと、元気が出てきた時だった。外から何か物音がする?
それに叫び声、バタバタと大きな足音も響く。
「え、もしかして、ロルフにこの件がバレた?」
さっきまで笑ってマクダだったが、顔が真っ青になっていた。私もそうだ。もし、ここに逃げてきたことがロルフにバレたら?
手に汗が滲み、クッキーの甘さなど全部忘れてしまいそう。




