第7話 クリスからの返信
愛しい婚約者、クリスへ
どうもアンナよ。もしかして私が突然いなくなって実家や出版社では騒ぎになってる?
心配はいらないわ。ロルフ・ガイストという作家に誘拐されただけ。ええ、彼が所有しているスタテル島の古城にいるわ(といってもカンヅメ状態だから古城の外観や形状は不明、中はリニューアルされていて成金風よ。うちの実家と同様、ダサいわ)。
という訳で私は無事。むしろ呑気よ。メイドのマクダとも仲良くなったけれど、出られそうにないから、迎えに来てくれない? じいやや父、母、エドモンド編集長にもよろしくお伝えください。
あ、ちなみに今は推理小説の企画を書かされているわ。ロルフが出版社に持ち込んだ企画ものみたい。あの男、私に懸想しているみたいだけど、その点はありがたいわね。暗号文作りに燃えているわよ!
私が作った暗号文も同封するので、是非解いてみて。本格推理作家からの挑戦状だからね。クリスには解けるかしら、ふふふ。
それとスタテル島のお魚料理は最高! 本当に何でこんなにお魚が美味しいのかしら。すっかり胃袋を掴まされてしまったわ。
では、クリス。この島であなたとムニエルやフッシュバーガーを食べるのを楽しみにしているわ。あなたが好きな釣りも楽しめると思うわ。アンナ・エマールより。
◇◇◇
私、こんな手紙を書き、マクダに送ってもらっていた。住所は一応、クリスのオフィスにしたが、家に送っていいかはよくわからない。一応速達で送ったから、最速で届くはず。
「あー、でもカンヅメ生活も飽きてきたな。なんか、退屈……」
そして二日がたち、相変わらず仕事部屋で推理小説のアイディアを練り、暗号文を作り、企画書も書いていたが、さすがに飽きてきた。
ロルフの態度は相変わらずだ。たまに部屋までやってきては、企画書にダメ出しをし、「俺の女になれ」と囁いて帰っていく。
「マクダの話を聞くかぎり、あの男と付き合うなんて有り得ないわ」
私は椅子から立ち上がり、この仕事部屋の本棚を眺めた。マクダによると、相当甘やかされて育ったらしい。過去の恋愛でも、相手に無理矢理告白していたらしく、あのルックスの割に女性にまったくモテないらしい。とはいえ、妙な求愛はクリスで慣れている。正直、ロルフの求愛、クリスと比べると刺激もなく、イマイチというのが本音だったりした。
「いやいや、そう呑気にするつもりはないわ。なんかこのスタテル島の秘密でもないかしら」
再び島の郷土資料をめくると、百年前の春、ここで大規模な戦争があり、罪もない島民が何人も亡くなったという。毎年、春には平和を願うイベントも開催され、賑やからしい。
「え、このイベント、お魚料理の屋台出店もあるの? 行きたいなー」
今は誘拐され、カンヅメ状態だが、ようやく外に出たいモチベーションも高まってきた。たぶん、今までが呑気すぎた。
本を元に戻すと、窓辺まで歩く。ここはおそらく三階だが、壁をつたって降りることは可能だろうか。
窓から城の壁をそれとなく観察。潮風もおかげか、壁はかなり劣化していた。足場もない。壁をつたって降りるのは難しそう。
波音が響く。ここは海辺にあり、城壁で囲まれているようだが、そこもかなり劣化していた。黒く汚れ、銃弾の跡もあった。思わず声を失う。こんな呑気な生活中だったが、過去に戦地となった歴史は間違いないらしい。
海も見えた。波も穏やか。太陽の光に照らされ、海面はキラキラと輝いていたが、どうも呑気なだけの場所では無さそう。ロルフも単なる魔王の末裔の作家ではない?
その時だ。窓から見える城壁のあたりに執事のハンネスがいた。掃除をしているようだが、私に気づくと、睨み返してきた。
「成金女! 何を見てるんだ! 逃げようとしても無駄だからな!」
キャンキャンと吠えてくる。耳がキンとした。思わず耳を塞ぎ、窓を閉め、カーテンも引いた。
「ハンネスのやつ、本当にうるさいわ。キツネ顔だけど犬みたいな男ね」
そこにマクダが登場。昼ごはんを持ってきたらしい。フィッシュバーガーとフライドポテトのセットだ。そのいい匂いに思わず唾を飲み込んだが、マクダはいい知らせを持ってきた。クリスから手紙の返信があったらしい。
「本当?」
思わず弾んだ声をあげてしまう。我ながら心待ちにしていたみたいで恥ずかしいが、今夜、スタテル島に到着するらしい。この為に自家用クルーザーも購入し、最速で来るとマクダにも手紙を送ってきたという。
「正直、引くね。アンナ、強引で粘着質の男に好かれる何か持ってるの?」
これにはマクダは呆れていたは、私は俯いてしまう。クリスのこの執着、喜んでいいか、笑っていいか、泣いていいのかも分からず、口元が引き攣ってしまう。
「夜、こっそりあなたを迎えに来るわ」
「マクダ、大丈夫なの?」
「ええ、一旦私の部屋に行き、そこで待機という形で。大丈夫。今夜はロルフ、ハンネスと飲みに行く予定だから」
それを聞いてホッとしてきた。誘拐犯といてもゆるゆると隙だらけらしい。この様子だったら、迎えに来たクリスとも落ち合えるだろう。
「それまでの辛抱よ、アンナ」
「え、ええ」
「大丈夫。この粘着質っぽい婚約者だったら、ロルフに勝てそうじゃない?」
マクダはウィンクし、昼ごはんとクリスからの手紙を残して去っていく。マクダもこの誘拐劇、茶番と思っているらしく、全く深刻さはなかった。
私はテーブルにつき、フィッシュバーガー片手に手紙を開く。
「げ、クリス。相当お怒りだわ」
アンナへ
誘拐されたってなんだ!? なぜそんなロルフってヤツに誘拐されているんだ???
まあ、いい。俺は極悪経営者だ。ロルフ一族の会社、まとめて買収してやるよ。
お魚料理は俺が死ぬほど食わせてやるから、覚悟しろ。クリスより。
短い手紙だったが、文面から怒りが滲んでる。困ったものだ。クリスの怒りを鎮める方が面倒かもしれない。
「うーん、やっぱりフィッシュバーガー、美味しいわ。ってクリス、暗号文もちゃんと解いてきてるじゃないの」
暗号文の解答も同封されていた。残念ながら、一部間違いがあり、これは惜しい。
「まあ、ちょっと難しくしすぎたわね。今度出す時は、もう少し簡単な暗号文にするか?」
といっても、この状況、どうもゆるい。誘拐されたと言っても、全く緊張感はない。ため息しか出てこない。




