第6話 暗号文を作ったらダメですか?
その夜。窓の外から、綺麗な夜空が見えた。星屑が煌めいていた。王都の夜空は星が全く見えないが、スタテル島の夜空は違うらしい。
波音も静かに響く。状況的にはやっぱり誘拐されているわけだが、夜空と波音のおかげで落ち着いてきた。別に監禁されているわけでもない。手足を拘束されているわけでも、食事が出ないわけでもない。むしろ絶品魚料理つきだ。絶望できない。
といっても、この状況で眠れるわけもなく、結局、暗号文をつくっていた。当初は推理小説の企画の為に作っていたが、ここを脱出するために使えるかもしれない。確か窓の方からは海辺が見えた。島民に助けを求めるのも、できるはず。大丈夫。まだまだジ・エンドじゃない。
「さあ、暗号文を作るわよ。単純に縦読みの暗号文でもいいかしら。でも、簡単すぎるのもね」
頭を捻りながら、古代魔法文字、古文、外国語の本などを読み漁る。
「そうか。古文をアレンジした暗号文でもいいわね」
アイデアも浮かび、思わずニヤニヤしながら暗号文を作っていた。楽しい。生き返る。本格推理作家らしく、こういうトリックとかパズル要素を考えている時が一番たのしい。
「あー、でも難しくしすぎたかも! 肝心の島民に暗号文が解読できなきゃ意味ないよ!」
なんとか暗号文はできた。我ながら美しい暗号文が作れたが、技巧に走りすぎた。これだともうマニアックな趣味の領域ではないか。
「他、何か島民だけにわかるテーマとかないのかしら」
私は本棚の前に立ち、スタテル島の郷土資料を探して、立ち読みしてみた。
ここは百年前、人口一万人にも満たない小さな島だったが、大規模な魔法戦争の場になった。今も数々の戦争遺跡が残り、平和を訴える島民も多い。島の中心地には魔法戦争資料館もあり、当時の魔法道具なども保管されているらしい。また、魔王一族は島の人魚も乱獲し、魔法研究の実験台にしていた。
「人魚を誘拐して実験していたの? ロルフが誘拐犯なのも遺伝子かしら?」
さらに資料を読み進めると、あまりにも人魚を乱獲した為、戦後十年で人魚は絶滅してしまったという。おかげで人魚にまつわる伝説や噂も流布されているとか。特に有名なのは人魚の美しい歌声を聴いたら、幸せになれるという言い伝えらしい。それはアサリオン村の蒼い鳥伝説に近いのかもしれないが。
「え、人魚の命と引き換えに永遠に生きられるっていう伝説もあるの? 不穏ね」
伝説だ。なんの証拠もない作り話だろうが、百年前、魔王一族のその伝説を研究していた噂もあるそうだ。
「永遠の命ねぇ……」
そんな長生きしたいものだろうか。たとえ自分だけ生き残ったとしても、楽しいのかも不明だ。もし、一人だけでこの世にいても虚しくないだろうか。そう思った時だった。
ドアの方から泣き声が響いていた。マクダの声だろうか。これは気になる。思わずドアまで走り、声をかけた。
「どうしたの? 泣いてる?」
返事はない。泣き声も相変わらずだったが、辛抱強く声をかけ続けたところ、向こうも折れてきたらしい。
「マクダ、どうしたのよ?」
限りなく優しい声を出すと、ようやく返事があった。今がチャンスかもしれない。とりあえずマグタに部屋に入ってもらい、二人でソファに腰掛けた。
マクダの目は真っ赤だった。肌が白いので余計に目の腫れが浮いて見えた。
「私はロルフが嫌い」
泣いて感情が高ぶっているのだろうか。はっきりとした物言いだった。
「なんで嫌いなの?」
まあ、元々そんなに好きそうにも見えなかったが聞いてみた。
「私も好きじゃないわよ。こんな風に誘拐されているんだもの」
この言葉がきっかけだった。共鳴したのだろうか。マクダは心を開いてくれた。事情を話してくれた。
元々、この城の使用人はロルフ一族で固めていた。マクダもそうだった。姉と一緒に仕事をしていたが、数年前、ロルフが暴走した。
「暴走って?」
「魔法研究の実験ですよ。あの人、まだ魔法に未練があるらしいわ」
マクダは吐き捨てるように言う。
「時々、自分の魔力を復活させたいみたい。で、色々と実験した結果、数年前、事故を起こした。この城の内部も半壊状態。今は改装してるけど」
聞けば聞くほどロルフの印象が悪くなってきた。確かに容姿はいいが、暴走しがちで、独善的?
「ええ。ロルフは子供の頃から甘やかされてきましたからね。見た目と違って子供っぽいところも多い。すっごいわがまま。手に入らないものはないと思ってる」
なるほど。誘拐犯であることも納得だが、今だに一部では魔王の末裔一族とし、権力はある。こうした事件を起こしても、罪に問えないだろうという。
呆れてきた。もしかしたら、この誘拐の件も法律で裁けないかもしれない?
「その可能性大よ。うちの姉もロルフの魔法実験のせいで大怪我負った。亡くなった人だっている。でもお金だけ払われて終わった」
「辛かったわね」
「ええ。本当ロルフには苦労させられてる。ハンネスみたいにあの男を崇拝できたら、逆にどんなに良かったか」
さらにポロポロと泣くマクダ。通りでこの城、使用人が少ないわけか。それでもマクダがここで働いているのも一族のしがらみもあるそうだ。
「本当に辞めたいのに。うちの父や母も反対されて。それに女にまともな仕事もないって言われて。これでもお料理、メイク、掃除も頑張ってきたのに」
聞いているだけで、胃が痛くなってくる。マクダ、クールそうに見えたが、辛い立場にいるようだ。気持ちはわかる。私も文壇サロンの経験がある。
「わかるわ、マクダ。私も文壇サロンおじにいじめられたからね」
「そうなの、アンナ」
「ええ。一時期は出版社から干されて追放もされたの。本当に文壇おじには泣かされたわ」
「アンナ……」
ここでマクダは心を開いてくれたらしい。現在進行形で誘拐被害にあっている私にも、深く同情してくれた。一緒になってロルフや文壇おじの悪口で盛り上がってしまう。
「ロルフも文壇おじにいじめられているみたら、助けろって感じよ!」
「そうね、アンナ。何ぼーっと傍観しているのって感じだよね!」
マクダと二人で盛り上がってしまうが、もしかしたら、暗号文を王都まで送ってくれないだろうか。クリスかじいやに送れば、ここから逃げられるかもしれない!?
「うん、手紙を王都に送ればいいのね。速達で。ええ、そんなのお安いご用意よ」
「マクダ! ありがとう!」
どうやらこれで脱出の道が確保できたが、マクダはもう泣き止み、冷静だった。
「でも暗号なんて必要ないでしょ。私が郵便局に持っていくんだから。普通の手紙でいいんだよ」
「え、暗号文はダメ!?」
「ダメじゃないけど、意味ないよね!?」
マクダのツッコミはもっともだ。結局、普通にクリスとじいやに手紙を書き、マクダに郵便局まで持ち込んでもらうことになった。
とはいえ、ようやくこの古城で味方ができた。大丈夫。まだまだジ・エンドではない!




