第4話 絶品お魚料理で胃袋を掴まされました
「俺はアンナ、君に一目惚れをしたのさ」
ロルフは事情を語りはじめた。作家デビューしたものの、若手として軽く扱われる中、文壇サロンへ出席。
案の定、おじ様連中にバカにされ、サスペンス風の作風も叩かれた。その上、魔王一族の末裔だとバレると、露骨に差別してきたという。
想像がつく。いかにもの文壇サロンのメンバーがしそうないじめだったが、問題はそこからだった。
「だが、アンナ。君は決して文壇サロンのおじさんたちの悪口に乗らなかったし、時には俺のことも反論してくれた。うん、それで君に惚れたんだ」
そう語るロルフ。顔が赤い。余裕がなさそうだ。かえって憎めないのだが、そんな記憶がまったくない。確かに文壇サロンのおじ様たちの会話、超絶つまらなかったので、ろくに聞いていなかったけれど、ロルフを庇った事実は思い出せない。
「でも、君があろうことかクリス・ドニエと婚約したと聞き、いてもたってもいられなくなって誘拐した」
「そんなこと、さらっと言わないでくれません? 近所でソース買ってきたみたいなテンションよ」
呆れてきた。おかげで頭も痛いが、執事のハンネスはロルフの言葉にいちいち頷いている。うん、うんと深く頷き、何か感動までしているのが解せない。よっぽどロルフが好きなのか。
一方、メイドのマクダは冷静に給仕をしていた。まず水を運び、フォークやナイフを並べ、前菜やパンも給仕していくが、特にロルフの色恋沙汰には興味がない様子だ。目は冷ややかで呆れている。なんとなく気持ちはわかる。この誘拐劇、茶番っぽい。まともな女性なら付き合っていられないだろう。
「誘拐は犯罪ですよ。いいわ、これから白警団に言いに行くけど?」
元々そのつもりだ。この誘拐犯たち、まとめて牢屋にぶち込みたい。
「まあ、アンナ。そう怒るな」
「ロルフ、怒るなっていう方が無理でしょ」
「実は俺、知り合いの編集部に頼み込み、本格推理小説のアンソロジー企画を提案したのだ。で、何人か作家のプロットや企画書を募集中。どうだ、アンナ。君も応募して見ないかい?」
「え、どういうこと?」
これには揺れた。私、最近恋愛小説やタラント村やアサリオン村の事件をネタにしたゆるいミステリしか書いていない。本格推理から遠ざっていた。この提案は魅力的。パンを咀嚼した後、つばを飲み込んでしまう。
「アンナ、推理しろよ。な、好きな推理小説が書ける」
その声は先程よりずっと甘い。アイスクリームにさらにチョコレートソースをたっぷりかけたような。
「おい、成金女! ロルフ様が自ら提案してくれてるんだ。素直に受けろよ!」
ハンネスはギャンギャン吠えていたが、無視だ。なるほど、これは魅力的。文壇サロンのおじ様たちに「推理なんてやめろ」と言われ続けてきた。実際、今は大好きな本格推理小説の仕事はないから、余計に惹かれてしまう。
「俺と結婚するとかはいいから、推理小説を書こうじゃないか。俺は君の本格推理小説が好きだ。むしろ恋愛小説なんてやめろよ」
ロルフ、私が一番弱い部分を知ってる?
まさに誘惑。心がぐらつくが、やはり推理小説は捨てられない。今でも本格推理トリックや暗号も考えているぐらい。
「おまえ、成金の女のくせに何を考えているわけ?」
相変わらずハンネスはうるさかったけれど、マクダがメインディッシュを持ってきた。それは白身魚のソテーだった。オレンジのソースはきらりと輝き、柑橘系のいい匂い。しかもハーブも使っているらしく、複雑で奥深い匂いだ。
私、最近、王都で魚料理にハマっていた。確か王都の魚屋でも、このスタテル島で獲れた魚は美味しいという噂も聞いていた。そういえばクリスともスタテル島の話をし、新婚旅行先の候補にも上がってる。
まあ、今はそんなことより魚料理だ。ナイフで切り分け、ひとかけらをフォークで口に運ぶ。
飛び上がりそう。美味しい。柔らかい。オレンジソースとハーブの調和がたまらない。ほろほろと口の中で崩れ、ほっぺが溶ける。このスタテル島の魚、異次元レベルだ。王都で食べている魚料理と全く違う。
「何このお魚、おいしいわ。レベルが異次元!」
思わず涙目になるほど感動してしまった。調理してくれたマクダにも褒めちぎり、困惑させてしまうほど。
相変わらずハンネスは文句を言っていたが、ロルフは満足げに頷き、微笑む。誘拐犯とは思えないほどの笑顔だ。魔王の末裔なのも信じられない。天使の笑みではないか。
「お魚料理、気に入ってくれたか? 他にも我が島名物のお魚ハンバーグ、フライ、フィッシュバーガー、スープもあるよ。我が国では珍しい海鮮丼やシラス丼だって堪能したまえ。もちろん、異次元レベルのおいしさ」
もうその誘惑には逆らえない。
「釣りをしてもいいぞ。釣り道具を一式貸してあげてもいい。さあ、推理小説を書きながら、おいしいお魚ライフも堪能したまえ」
そんなこと言われて逆らえる人物はいない。もちろん、今は誘拐中だ。このロルフは不可解。ハンネスやマクダも味方じゃない。状況は全く良くはないが、悪い気もしてこない。こんな絶品のお魚料理が楽しめるのであれば!
これはジ・エンドだろうか?
おいしいお魚を堪能しながら、私はだいぶ呑気になってきた。外からは穏やかな波音も響く。カモメの鳴き声も実に呑気だ。私の肩の力もゆるゆると抜けていく。




