第3話 「俺の女になれ」と言われました
その後、なぜか私は風呂に入らされ、綺麗なドレスに着替えさせられた。その上、今はメイドにヘアメイクもしてもらっていた。
おそらく古城にあるメイクルームなのだろうが、鏡台が綺麗だ。鏡もピカピカ。最新のメイク道具も揃い、香水の甘い匂いも漂っていた。
壁や窓、床の様子を見る限り、古城といえどもかなり改装はしているようだ。どちらかといえば、成金の実家の雰囲気にも近く、かえって落ち着いてくるから微妙だ。波音も外から響き、自然とリラックスしてくる。誘拐されてここに来たこと、全部嘘みたい。というか、一応同業者のロルフが犯罪者というのも、全く笑えやしない。
「アンナさん、少しこちらを向いて。まつ毛をビューラーでカールさせますよ」
メイクをしてくれているメイドがそう言い、本当にビューラーでまつ毛を挟んできた。
このメイド、名前はマクダ・ガイストというらしい。年齢は二十歳ぐらい。色白で小柄。可愛らしい顔立ちだったが、一切笑わない。むしろ、時々私を睨みつけ、黙々とメイクしている状態だった。
「ガイスト家のメイドさんね? ロルフとはご親戚?」
一応、マクダともコミュニケーションを試みたが、返事はない。マクダは無視してメイクを続けていた。
なぜメイクをさせられているかも、さっぱりと不明だったが、鏡の中の様子がおかしい。まるで魔法のように綺麗になってきた。アイシャドウやファンデーションは薄付きなのに、ちゃんと華やか。私の顔の特徴を活かしたメイクをしてくれているみたい。それに髪も綺麗に編み込んでくれた。私の髪、細めでストレスを受けやすい。ぺたんとボリュームもないんだ。それなのに、そんな髪質を活かしてくれたらしい。
「わあ、マクダ。すごいわ。まるで魔法みたいじゃないの」
素直に褒めただけだったが、マクダはムッとしていた。
「そんな魔法なんて美化しないでくださいよ。私の一族、元魔王でしたけど、百年前の魔法戦争の責任を取らされ、SS級戦犯って言われたんです」
「そ、そういえば……」
歴史の教科書で習った記憶がある。魔法の負の側面だ。我が国、百年前に魔法を戦争利用し、数々の悲劇を生んでいた。そして当時、最高権力者であった魔王一族は、戦後、裁判にかけられ没落した。マクダやロルフがその末裔だ。こんな歴史を思い出していたら、安易に魔法が素敵とも言えない。
我が国、化学技術も発展していたが、それでも一部、隣国で戦争利用しようとし問題になっていた。人は欲深く、完璧じゃない。魔法も正しく使えるかは、不確かだった。もし魔法を己の利益や戦争、人を傷つける為に悪用してしまったら?
「ごめんなさい、マグダ。私は何も知らなかったから」
「いえ、いいのよ。実際うちのロルフも魔法を美化した小説を書いているぐらいですからね」
「そっか。でも、あなたのメイクの腕前は確かだわ。努力して身につけたんだね」
素直に褒めただけなのに、マグダの顔は真っ赤。褒められるの慣れていないのだろうか。
「そ、そんな褒めても何も出ませんよ! さ、二階のダイニングルームへ参りますよ」
「え、ええ」
どうも素直じゃないマグダだったが、根っからの悪人でもないらしい。褒められて恥ずかしがるとは、人間らしいじゃないの。現状、この古城から帰る方法は不明だが、マグダを味方につけながら、なんとか脱出する方法はないか。
確か推理小説でもそんなシチュエーションを読んだ記憶があったが、小説とリアルは違う。ここは、とりあえずマグダの言う通りにダイニングルームに向かった。
ダイニングルームは広々とし、天井の照明はかなりゴテゴテしたもの。成金風。他の壁紙や床も色合いがチグハグとし、どうも落ち着かないが、壁に絵が飾ってあった。
歴代の魔王の絵らしい。もっとも百年前の魔王の絵はなかった。それ以前のもので、歴史を感じさせる。やはり、この古城、やはり没落した魔王一族が所有しているとみて間違いない。
「さ、じろじろ壁を見ていないで、こちらの席に座ってください」
「え、ええ」
私はマグダに促され、テーブルにつく。白くテカテカ光ったテーブルだ。たぶん、高級品だと思われたが、私の実家にあるテーブルにもそっくり。成金風だ。趣味はよくない。
その後、マグダは食事の準備だと出て行ってしまった。入れ替わりに男がダイニングルームには入ってきた。ロルフではなかった。服装から察すると執事の男みたいだったが。
「私は執事のハンネスだ。ハンネス・ガイストという」
執事のくせに、顎をつり上げて妙に偉そう。もっとも年齢は二十五歳ぐらいの若者だ。目元が鋭く、典型的なきつね顔だ。背も低いせいで全く威圧感がない。姿勢も悪い。じいやと大違い。ついじいやとの差を指摘してしまったが、露骨に舌打ちしていた。
この舌打ち、記憶がある。確か誘拐された直後、聞いたような。このハンネスが誘拐の実行犯か?
「そうだ。悪いかよ」
指摘すると開き直ってくるではないか。
「ロルフ様に命令されたんだ。俺の使命を全うしたまでだ。何が悪い。俺はガイスト家の親戚で、代々ロルフ様一族に仕えている。問題でも?」
つまり、これは遺伝子に刻み込まれた使命感か。誘拐犯の実行犯がわかったが、開き直ってくるとは。しかも、これは相当なロルフ大好き人間だ。露骨に私に敵対心も見せてくるし、ずっと睨んでくる! 正直、圧が強い。
困った。もうなぜ誘拐なんてされたんだ。あの妙なプロポーズを連発してきたとはいえ、クリスが懐かしい。クリスに会いたい。あの妙なプロポーズや壁ドンも懐かしくて、涙が出そう。
しかし、クリスは現れない。当然のように、ロルフが現れ、私の目の前の座る。
「おお、アンナ。素晴らしいメイクとドレス、ヘアスタイルだ」
ロルフに褒められても、ぜんぜん嬉しくないんですけど。
ただその声は深く、落ち着き、森林のような空気がある。この声に惚れる女は多いかもしれない。中身は誘拐を指示するような男なのだが、普通にしていればモテそう。こんな私に執着する意味がわからないが、クリス同様、典型的な貴族のお嬢さまが苦手なのだろうか。
謎だ。このロルフって男、文壇サロンでもほぼ面識がない。一体、どこを見て私に懸想してきたのかわからないが。
「アンナ。今日も真珠のように綺麗だよ」
口説き文句は甘い。本当にアイスクリームのようだったが、ロルフは穏やかに微笑み、こう言った。
「クリスと結婚するなよ、アンナ。俺と結婚してほしい。俺の女になれよ」
困った。何この、告白?
「クリスと婚約したと聞き、いてもたってもいられなくなった。お願いだ。俺の女になれ」
その声はドロドロに甘く、ハンネスやマグダでさえも黙ってしまうほどだ。私は胸焼けしてきたけれど。
これってやっぱりジ・エンド?




