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8.思い通りにならない日々2

「じゃあね、しーちゃん。ゆっくりやすんでね」

「……ん」

今日もみーくんは、バイト先まで俺を迎えに来てくれた。

前まではエントランス前までだったけど、あの雨の日からは玄関先まで送ってくれるようになった。

部屋履きに履き替えた俺は、みーくんの袖を指でつまんだ。

「……しーちゃん?」

ちらっと見上げたみーくんは、一緒に買った服を着てくれてる。

今日は青のロンTにオフホワイトのパンツでキレイめコーデ。背も高く、手足も長いからか、いつも以上にスタイルが良く見える。

我ながらいい服選びだったと思いつつ、道行く女たちがみーくんに目をやるのが気に食わなくて仕方なかった。

「あの、しーちゃん……?」

俺が返事をしないままでいると、うつむいた俺の顔を覗いた。

「……機嫌とって」

「え?」

「だから、俺の機嫌、直して」

「そんな、俺、どうしたら」

明らかにみーくんがおろおろしだした。

仕方ないからヒントを与えてやろう。

俺は悩めるみーくんに、「ん」と腕を広げた。

そうすると大きく目を開いたみーくんがおずおずと同じように腕を広げるから、その胸の中に飛び込んだ。

「あ、あの、しーちゃん」

慌てて万歳をしたみーくんにぎゅっと抱きついていると、非常にゆっくりとだが、みーくんが俺の背中に腕を回した。

みーくんの心音と、体温が、直に伝わってくる。ドキドキしてるのがわかる。

きっとみーくんにも、俺の心臓がうるさいのもバレている。でもそれよりも、好きな男の腕に抱かれてるのが幸せで、離れがたい。

ゆっくりと上を向くと、すぐそばにみーくんの顔があった。

俺がじっと見ていると、みーくんもじっと見返してきた。少しの戸惑いと、でも温かいその瞳に見つめられ、俺はみーくんに頬ずりをした。すると、みーくんも鼻をすりつけて来た。

こういうときしか、甘えられない。

ゆっくりと唇が重なり、幸せでいっぱいだ。

「……機嫌、なおった?」

「……ん」

みーくんは声も、態度も、甘い。


「よーお、随分ご機嫌じゃん」

「そう?」

いつものコンビニに行くと、先に来てたまこ兄が店先でコーヒーを飲んでいた。

俺はサイダーとパピコを買って、まこ兄のもとに戻った。

「一本あげる」

「お、あんがと。いいことあった?」

「まぁ、そうかな」

若干にやにやしてると、まこ兄に言われた。

「未央と付き合えたのかよ?」

「ま、もうそうだと言っていいかもな」

思わずどや顔になる。

毎日一緒に帰ってるし、バイト先に迎えに来るし、手もつないだし、デートもしてるしキスもした。

これが付きあってると言わずしてなんだというんだ。

「一応聞くけど、さ」

缶コーヒーをコンクリートに置いたまこ兄は、顔の前で手を組んで言い淀んでる。

「なに?」

なにをそんな言いにくいことがあるんだ。

「あ~……、ちゃんと言ったか?付きあおうって」

もしくは言われた?とまこ兄は俺の反応をうかがっている。

「言ってない……、けど」

雰囲気でわかるだろう。

「あの未央が、空気読んでわかると思うか?はっきり言ってやらねぇと絶対にわかってねぇぞ」

ものすごく軽い感じで恐ろしいことを言われた。

「……嘘だろ?」

衝撃過ぎて言葉が続かない。

「未央はな──」

俺はごくりと唾を飲んだ。

「純粋培養なんだよ」

「……だから?」

なにが言いたいのか全く分からない。段々イライラしてきた。

「だからぁ~……、付きあおうって言う前にいろいろしてたとしても、なんでしてるんだろって思ってるだろうな。ちゃんと”好きです、付き合ってください””はい”ってなってから付き合っていくもんだと思ってるだろうから」

「……嘘だろ?」

「俺が可愛がって育てすぎたな」

はぁー、と深刻な顔でまこ兄は息を吐いた。

まこ兄は全く後悔もしてないし残念に思ってもいない、むしろよくここまで純粋に育ててこれたと喜んでいるようにも見える。忘れかけていたが、まこ兄は若干ブラコンが入っている。

「どうしてくれんだよ!?」

「いや、告れよ」

「みーくんから言って欲しいし、自分からなんて勇気ない」

「……」

ものすごく呆れた顔をされた。

「まこ兄のせいじゃん!」

「それについてはほんとに、返す言葉もないわ。俺が変な虫がつかないように気をつけさせたから、お前が望むように未央はこれまで誰とも付き合ってこなかった」

うんうんとまこ兄は頷いた。

「それについては感謝してるけど、でも」

「じゃ、ちゃんと伝えろ。俺から言えるのはそれくらいだ」

「──っ帰る!」

「おう」

俺は大股で地面を踏みしめながら家に帰った。思い切り怒りを地面にぶつけたが、家に帰ってからも気持ちが落ち着かなかった。

特に帰り際にまこ兄が

「仕方ねぇなぁ」

と言ってたのが聞こえてきて、なにが仕方ないんだよ!?ちゃんと協力しろよ!!とイライラした。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「おい未央、今から暇か?」

洗濯物を畳んでいると、後ろから兄ちゃんに呼ばれた。

「うん、これ終わったら」

「ん、じゃあ終わったら兄ちゃんと出かけるぞ」

「わかった」

たまに、兄ちゃんが友達とご飯に行くときに一緒に行かせてもらうことがあるから、それかな。

今日はしーちゃんのお迎えもないから、久々に全身黒づくめだった。やっぱり落ち着く。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「ね、見た?」

「見た見たー!もう今日から目の保養物件確定」

きゃははと笑う女子どもの声ですらイラつく。

昨日イライラしすぎたせいで眠れず、今日は寝坊してしまった。寝坊したから、みーくんと一緒に登校(俺が中里と小阪と登校してる後ろをみーくんが歩く)できなかった。今日はまだみーくんを一度も見れてない。みーくん不足だ。

「なに?何の話?」

女子がきゃいきゃい話す声がいつもはどうでもいいのに、本当に耳につく。

「こないだ言ってた、隣のクラスの梨田!髪切って来てて、もうただのイケメン」

マジでー!と騒ぐ女子どもの声に、俺は立ち止まった。

「……は?」


教室に鞄を置いて来る時間も惜しく、ギリギリ靴を履き替え、階段を駆け上がり、みーくんのクラスのドアを勢いよく開いた。

ガラッと大きく音がしたからだろう、教室にいた奴らがなんだなんだと俺を見たが、見られるなんていつものことだから気にすることじゃない。それよりも──

「しーちゃん……」

もちろん座ったまま振り返ったみーくんも俺を見ていた。

「ちょっと顔かせ」

「……は、はいっ」

俺の鬼のような形相にみーくんは焦って立ちあがり、思い切り椅子を倒した。


「なんで髪切ってんだよ!?」

屋上に上がる階段にみーくんを呼び出し、俺はみーくんを壁に押しやった。

「あ、あの、昨日、兄ちゃんに、び、美容室に連れてかれて……」

恐ろしい出来事を思い出すかのように、みーくんは両手で顔を覆った。若干、震えているようだ。

おおかた慣れていない美容室に連れて行かれて、そのキラキラした感じに怯えをなしたんだろう。

肩を丸くし、身を縮ませたみーくんを俺はじろりとにらんだ。

前髪も、顔周りもすっきりしてる。今まで隠れていたみーくんの横顔のラインもはっきりと見える。

さすがまこ兄だ。襟足は長めで、全体はふんわりさせつつも、みーくんの魅力が最大限出てる。ということは──ただの爆イケメンじゃないか!どうしてくれんだよ、まこ兄!

「あ”ー、くそっ」

俺はその場にしゃがみこんで、頭をかきむしった。

「しーちゃん、そんなことしたら御髪が」

「うるさいっ!」

今はそんなことどうでもいいのに、みーくんにあたってもしょうがないのに、つい口から出てしまう。

そんな自分にも腹立つし、なにより腹立つのが

「前髪、上げないって言ったのに……」

「あ、上げてないよ」

「切って顔見えてんだから一緒だろ!」

おどおどとしながら俺の前にしゃがむみーくんに、なんでこんなに約束破られた気持ちになってんだろう。

「ご、ごめんね。俺の顔なんかがいつも見えてるのがよくなかったんだね。早く伸びるように海藻食べたりするから」

「そんなこと言ってねぇよ!」

みーくんはひたすら俺に寄り添ってくれようとしてくれてるのに、それなのにこんなことしか言えなくて情けないし悔しい。涙で目が滲んでくる。

「しーちゃん……」

俺は両手で顔を隠した。

みーくんだって切りたくて切ったわけじゃないってわかってる。

でも俺と約束したのにって思う幼稚な自分がいる。みーくんにだって怒ってるわけじゃないのに、こんな態度しか取れない。

「しーちゃん、ごめんね」

よしよしと、みーくんが俺の頭を撫でるが、そんなんじゃ全然気持ちが落ち着かない。自分勝手に腹立ててるって、わかってる。

俺が頑なに顔を隠したままでいると、みーくんが言った。

「抱きしめていい?」

俺が答えないままでいると、「触るね」とみーくんが俺を抱きしめた。

「しーちゃん、ご機嫌なおして、ね?」

あやすように、みーくんは俺の背中をさする。

俺のこと面倒くさいって放っといてもいいのに、みーくんはそうしない。

「あと髪は、3カ月くらい待ってもらえるとありがたいです……」

俺の気持ちを一番大事にしようとしてくれているのに、俺はみーくんを困らせてばかりだ。

「しーちゃん」

そう言いながら、みーくんは俺の耳に、額に、手に軽くキスを落とした。

甘やかされて満たされて、気持ちが和らいできて、俺は両手をおずおずと顔の半分まで下ろした。

「しーちゃん、泣かないで」

「……泣いてないし」

目元にキスをしてから、みーくんは口元にもキスしてきた。

「ご機嫌、なおった?」

「……ん」

「よかった」

優しく笑うみーくんの首に、俺は腕をまわしてその首筋に顔をこすりつけた。

「あ、あの、しーちゃん、どうしたの?」

みーくんは驚いたように声を上げて、しりもちまでついてしまった。

「なんでもない」

ただ、みーくんが愛しいだけだ。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「どういうつもりなんだよ、まこ兄!」

「なにが?」

いつものコンビニ前に行くと、アイスキャンディーをかじるまこ兄はしたり顔だ。

「なんでみーくんの髪切らせてんだよ」

「おー、似合ってただろ?」

「それは、まぁ、そうだけど……」

そこに関しては本当に同意しかない。

「お前があんまりも奥手だから、俺が後押ししてやろうと思って。焦るだろ?未央は優しいし紳士だし、世話焼きだし。きっとこれからモテるぞ」

「わかってるなら──」

「わかってるなら、早く告れよ詩織」

ぐっっと俺は押し黙った。

「ずっと未央を突き放してたんだから、それくらい自分から言え」

拳を俺の胸に軽く当ててから、「じゃーなー」とまこ兄は帰ってしまった。

まこ兄の背中が小さくなっても、俺は立ち尽くしたまま動けずにいた。

「俺だって、言えるもんなら、言いたい……」

自分の性格が、本当に嫌になる。

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