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7.思い通りにならない日々

本当は、半分起きていた。

パシャッと音がして目を開けようとしたけれど、柔らかな体温がそばにあって、もう少しこの心地よさの中にいてもいいかと半分眠りの中にいた。

そうしていると、なにかに圧されたようにソファが沈んで、額がさわさわとして、ちょっとくすぐったかった。

しばらくすると、柔らかいものが唇に触れた。

なんだろう。ふにってしてるし、しーちゃんの香りが近い気もする。俺があまりにも寝てるから、起こそうとなにかされているんだろうか。

そっと目を開けると、ドーンと大きな雷の音と光が入ってきて、また目を細めた。

でもそれよりも、鼻がくっつきそうなほどそばに、しーちゃんの顔があって、さっき額にあたってたのはしーちゃんの前髪だったんだとわかった。

「……しーちゃん?」

ボケッとしながら呼びかけると、しーちゃんは驚きでいっぱいのようだった。雷のせいだろうか。

「……っ!おま、おまえっ!いつから起きてた!?」

「え……」

さっきから半分起きてた、と言ってもいいのだろうか。でもなんとなく、言わない方がいいかと思った。

暗闇の中でも、しーちゃんが真っ赤になっているのがわかる。

「──今、起きたとこだよ」

俺はソファから頭を起こし、ふぁっとあくびのふりをした。

しーちゃんはTシャツの袖で口元を抑えて、大きな目を見開いたまま固まっている。

「しーちゃん?」

なぜだか、すごく泣きそうに見えたんだ。だから、

「さっきから停電なの?」

「……え?」

「真っ暗だから」

「……多分、雷落ちて」

俺は四つん這いで窓の方へ行き、外を眺めた。

「ほんとだ、この辺一帯だね。明るくなるの待とうか」

振り返ると、こくりと頷いたしーちゃんがそのまま膝を抱えて小さくなってしまった。

「……こわい?」

しばらく待っていたけど、返事をしてくれない。

俺は待った。ちゃんと時計の針何周分か。けど待てにも、限度がある。

膝を抱えるしーちゃんの指にそっと触れると、しーちゃんは体ごと大きく震えたが、しばらくして少しだけ顔を上げてくれた。

「暗いの、こわい?」

「……ちょっとだけ」

甘えるようなその声に、俺を見つめるその潤んだ瞳に、自然と体が動いた。

「大丈夫だよ、大丈夫……」

しーちゃんをぎゅっと抱きしめて、トン、トン、と背中をたたいた。

そうしていると、はじめは体を強張らせていたしーちゃんは、段々と俺にもたれてくれるようになった。

「しーちゃん」

「……なんだよ?」

ふてくされたような声が、また可愛くて仕方がなかった。

「なんでもない」

お風呂上がりのしーちゃんはほかほかしてて、温かくていい香りがした。このままぎゅっと抱きしめていたかった。

こわがっているしーちゃんには悪いなと思ったけど、電気がつくまでくっついてられて、俺は幸せな気持ちでいっぱいだった。


「お邪魔しました。服、洗って返すね。買い物も、ありがとう。今度から着ていくね」

結局兄ちゃんは2時間後に迎えに来た。

 電気がついてからも、しーちゃんは口数少なく、なぜだかたまに、にらまれたりもした。

「しーちゃん、どうしたの?」

紅茶を飲んでいて、その刺すような視線に気づいて聞くものの

「……なんでもないし」

プイッとそっぽ向かれた。なんだろう、なにか怒らせたんだろうか。でも怒ってる感じとはちょっと違う、けどよくわからない。雷を怖がっているのを見られて、恥ずかしがってるんだろうか。

俺は何度も首を傾げた。

「ん……」

少し大きめのTシャツを着たしーちゃんは、いつもより幼く見える。

そんなしーちゃんが、玄関を出ようとした俺の上着の裾をぎゅっと掴んでいる。

「あの、しーちゃん……」

「……」

うつむいたままのしーちゃんは、なにも言わない。

また停電が来るかと、こわがってるのかな。俺ももう少し、せめてご家族が帰ってくるまでいれたらいいんだけど、さっきから下で待ってる兄ちゃんが電話を鳴らし続けてくる。もう雨も止んだから大丈夫だと思うんだけど──

「しーちゃん」

俺はしーちゃんの頭を撫でながら、うつむくしーちゃんをのぞきこんだ。

「また明日、ね?」

「……ん」

するりと、しーちゃんは手を離した。

昔、俺がしーちゃんと遊んだ帰りに離れたくなくて、駄々こねたときにしーちゃんがしてくれたことを、まさか俺がする側になるとは思わなかった。

そうして俺はしーちゃんのお宅を後にして、迎えに来てた兄ちゃんの車に乗った。

「未央、遅いー!兄ちゃん20分くらい待ったぞ」

「ごめんね」

「未央にしては結構買ったな、服」

「うん、全部しーちゃんが選んでくれたんだ」

「あとで見せろよな」

「うん」

車から見える雨上がりの夜空が、一段と美しく見える。今日はずっとしーちゃんと一緒にいられたから、そう思えるんだろう。

そういえば、どうしてしーちゃん、俺にキスしたんだろう。

しーちゃんは、相変わらず難しい。俺に理解できることは多くない。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「あ~、もうかっこよくてしんどいっ」

昼休みの屋上で、思いっきり嘆いた。ここは他に誰も来ないから楽だ。

「なに?ノロケ?彼氏?」

「……まだ彼氏じゃない」

「……」

「うるせぇな!」

「なんも言ってないだろ」

「顔が言ってんだよ」

まだ告ってなかったのかよと、若干引かれてる感じがした。

俺といつもつるんでる中里と小阪は、俺の片想いを知っている。

「絶対にバレてたと思う、寝てるときにキスしたの。でも俺が困ってたからきっと言わなかったんだと思う。ヤバい、どうしよう」

思い出すだけで恥ずかしさと高揚と焦りで汗が出てくる。

「てかなぁ、あれがかっこいいって言われてもいまいち」

「そうそう、なんかいつもぼさっとしてて、暗い感じだよね」

「全体的にもっさいって言うか、せめて髪だけでも切らせたら?それか分厚い黒縁メガネを替えるか」

「絶対にだめ」

中里の提案を即座却下すると、

「なんで?」

小阪に聞かれた。

「……みーくんがかっこいいのがバレる」

俺の家に来た時もそうだった。間違えて買った、俺が着たら格好つかない服をスラリと着こなし、風呂上がりで前髪が分かれてるのもちょっと生乾きな感じなのも、すごいワイルドだった。

俺はずっとドキドキしっぱなしだった。

はぁ~、とため息をついて膝を抱えていると、残念そうな視線を向けられた。

「お前、独占欲強くない?そんなかっこいいっていうなら、いつかバレるって」

「だからちゃんとそうならないように──」

「あの、すみません……」

弱弱しい声に振り返ると、所在なさげにみーくんが立っていた。

「みーくん、いつからいた!?」

俺はみーくんのネクタイをグイッと引っ張った。

まさか今の、全部聞かれてたんだったら、このまま言うしか──

「い、今来たところだよ」

もうすでに降参状態のみーくんは、いつも通りおどおどしている。

なんかこないだは頼れる感じだったのに、なんでだ。

「で、なんか用かよ」

直視すると、照れる。

「あの、兄ちゃんから漫画持っていくようにって」

「あー、悪い。ありがとうって言っといて」

まこ兄ちゃんは、俺の気持ちを知っている。だからわざわざ、1冊ずつ貸してくれる。

「うん、じゃあね」

ぺこりと中里と小阪に軽く挨拶してから、みーくんは屋上から出て行った。

「ま、背が高いのは認めるな」

「声もいいね」

勝手に言ってんじゃねぇよ、と俺はバクバクと弁当を食べた。

 みーくんは、あの日以降も変わらない。だから余計に戸惑う。もしかして、キスしたのに気づいてないのかもって。気づかれてたら困る、でも気づかれてないのも不満というか──。

気長に構えてるし、俺にしか興味ないから大丈夫、と俺は自分で自分を鼓舞した。

 それが、どうしたことか──。

「ねー、見た?」

「見た!あんなにかっこよかったんだね、ギャップやばい!」

屋上から数日後、クラスの女子が騒いでいた。どうせどっかのクラスのやつがかっこいいだのなんだの言ってんだろう。

「え、なに?どしたの?」

「それがさ、向こうのクラスの梨田(なしだ)って暗そうなやつわかる?」

その瞬間、俺はぐるりと話している女子の方を向いた。

「あんま覚えてない、けどどしたの?」

「それがさ、もうめっちゃびっくりで!前髪あげたらめっちゃイケメンだったの!もっかい見に行くんだけど、行く?」

「えー!行く行く!」

きゃーきゃー言いながら噂をしてた女子達は教室を出て行った。

なんつってた?前髪あげたら──

「は?」

なんでもないふりしながら、俺はみーくんの教室を急いで覗きに行った。

みーくんは本当に、前髪をあげていた。そんなみーくんの周りに、女子が群がっている。

「ごめん、ほんとにイケメンだったな」

「お前とはタイプ違う感じよな」

ついてきた中里と小阪に、肩を叩かれた。

なんで、なんで前髪あげてんだよ。っつーかそれよりも、

俺は教室の扉を開け、思いっきり叫んだ。

「梨田未央!ちょっとこっち来い!」

「はいっ!……え?しお君?」

振り返ったみーくんは、手にピンセットみたいなのを持っていた。

「ど、どうしたの?」

どうしたのは、こっちのセリフだ。

みーくんの後ろに探るような女子がうろついている。

俺はチラッと見たが、少し後ろに下がったくらいで明らかに気にされてる。それもイライラする。

「はいはい、話して来いよ」

俺を小突いた中里と小阪が集まっていた女子に「なにしてんのー?」とゆるやかに話しかけにいった。こいつらがまぁまぁモテる奴らでよかった。それでやっと注目が離れた。

「で、何してんの?」

屋上に続く階段の踊り場で、俺はみーくんを問い詰める。

「あの、なんか廊下で遊んでたら校長室の前の花瓶割っちゃったって言って」

「うん」

みーくんが割るわけがない。

「しーちゃん知らないと思うけど、俺が描いた絵が去年賞取ったから、きっと器用だろうって破片をボンドでくっつけてくれって」

知ってるよ。昔俺と撮った写真からみーくん抜いて『天使の箱庭』って題で賞取ってたの。

「そ、それで花瓶を直してました」

「それは?」

「それ?」

俺があごで指すも、わからなかったようだ。

「前髪」

「これは、作業するのに前髪邪魔だろうからって女子が貸してくれて……」

みーくんはヘアピンを取ったが、ずっとつけてたからか前髪はもう額へと落ちてこなかった。

「いつからそうしてんの?」

「え……っと、昼休み終わる前くらいから、休み時間の度に直してました」

ということは、休み時間の度に女子に囲まれてたってことか。

思わず俺が舌打ちをすると、みーくんの肩がびくりと波打った。

さっきからみーくんは、手を前に組んで待てをしているが、なんで俺が怒ってるのかわからずソワソワしている。

みーくんに怒ってもしょうがない、けど怒りの矛先もない。

「あの、しーちゃん。俺、なにか怒らせ──」

「怒ってねーよ!」

言った時にはもう遅かった。みーくんは沈んだ顔をしている。

「ご、ごめんね。なにか、したんだよね、俺」

違う、みーくんは悪くない。勝手に俺がヤキモチ妬いてるだけで。

でもそんなこと、簡単には言えない。

「俺がそばにいたら気分良くないだろうから、教室戻るね」

ごめんね、と言ってとぼとぼと一段一段、みーくんが階段を下りて行く。

なんでこうも、自分の気持ちを素直に言えないんだろう。

せっかくまた話せるようになったのに、いい感じになってきたのに、こんなの嫌だ。

「……え?しーちゃん……?」

気づけば、俺に背を向けた少し先にあるみーくんの首元に両腕をまわした。

「……」

みーくんが見上げてくるも、なにも言えない。ぎゅっと力を込めて、自分の方にみーくんを引き寄せた。

こういうとき、ちゃんと言葉に出せない自分が、心底嫌になる。

こんなんだから、いつまでたってもみーくんに本当の気持ちが言えない。

「しーちゃん、どうしたの?」

「……」

「しーちゃん、こっち向いて」

反転したみーくんが、俺の顔を温かい手で包んだ。ちょっとボンドの匂いがしたけど、顔もしょぼくれてるだろうけど、今そんなのどうでもよかった。

「しーちゃんは変わらないね。本当に怒ってるときは、いつもだんまりだ」

こつりと、み―くんの額が俺の額にくっついた。

怒ってるんじゃなくて、俺が悪いと思ってるから、なにも言えなくなるだけなのに。

みーくんは俺を責めてもいいのに、ただただ優しい。

「ごめんね。なにが悪いのかもわからないのに、謝るしかできなくて」

そんなんだから、いつまでたっても俺は──

チュッと聞こえて、俺は一瞬なにが起こったかわからなかった。

「……は?」

「ご機嫌、なおった?」

じっと見上げてくるみーくんが、俺にキスをした。

「しーちゃん?」

「……もっとしてくれないと、やだ」

俺がそう言うと、ゆっくりとみーくんの唇が俺の唇に重なった。


「前髪」

「え?」

俺は口元を袖で隠しながら言った。せめて口元だけでも隠してないと、恥ずかしすぎて言えやしない。

「前髪、もう、俺以外の前で上げんな」

「わかった、もうしないよ」

教室に戻る前に、みーくんはなおらない前髪を水でぐちょぐちょに濡らした(授業中、絶対に顔に滴ってると思う)。花瓶はなにかにつけてみーくんに頼みごとをしてくるあいつが犯人だったから、自分で何とかしろと返してやった。”お前のせいでみーくんがモテるようになったらどうしてくれるんだ”と恨めしい気持ちでいっぱいだったから、目つきが鋭かったのだろう。引きつった顔をされた。

「じゃ」

「あ、しーちゃん」

自分の教室に戻ろうとすると、みーくんに手を掴まれた。

「……なに?」

「今日は、一緒に帰れる?」

「……いいけど」

「じゃあ、帰りに教室に迎えに行くね」

嬉しそうに笑うみーくんと別れて、俺は教室に戻った。

「お、話しついたん?」

「ん」

先に戻っていた中里と小阪がスマホをいじっていたが、俺は素通りして自分の席に突っ伏した。

耳元で、みーくんが優しく俺を呼ぶ声が、さっきの感触が忘れられない。

さっき、確かにみーくんから、俺にキスしたよな?

もうそれだけで、顔も耳も、全身が熱くなってきた。

「……帰り、だいじょうぶかな」

心臓がうるさくて、仕方ない。

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