6.落雷
しーちゃんが服を買いに行くのについていくみーくん。と思っていたが、違っていた。
「あのさぁみーくん。服買いに行かね?」
俺の天使は今日も可憐だ。きゅるりとした目で俺を見上げてくる。
「……かわいい」
「はぁっ!?」
顔を赤くしたしーちゃんが”なんだって?”と睨み上げてくる。
「あ、なんでもないです」
「……ッ」
うっかり心のルールブック記載事項を破ってしまった。でも聞き取れてなかったからきっとセーフだ、舌打ちされたけれど。
「まぁいい。で、行くよな?」
しーちゃんを見送っていると、言われた。
「今から?俺はいいけど──」
しーちゃんのお願いなら、なんでも聞いてあげたい。いつだって”Yes”の姿勢だ。
けれどそこでハッとした。俺はいい。けれど俺みたいな陰キャが隣にいると、しーちゃんの恥じになるかもしれない。いきなりかっこよくなるなんて無理だ。しーちゃんが行くところとなれば、きらびやかな人がたくさんいるところに違いない。急いで断ろう。
自分がおしゃれじゃないばかりに機会を逃すなんて残念で仕方ない。
頭を振って未練を飛ばしてから口を開いた。
「あの、しーちゃ」
「明日、10時、ここの中央改札前に集合で。いいな、な?」
「……はい」
天使は急に悪魔になってしまった。
断ることのできない眼圧で、”Yes"ということしかできなかった。結果、初志貫徹になりはしたけれど。
じゃあな、とスタスタとしーちゃんは快速列車に乗った。
明日のしーちゃんに、今のうちから謝りたいと思いつつ、お見送りを終えた俺は今日もホームで普通列車を待つ。
明日、隣にいるのがいつもしーちゃんと一緒にいるかっこいいの権化達ではなく、俺だなんて。しーちゃんが視界に入る人達のお目汚しでしかない。
「はぁ……」
申し訳なさでため息が出る。しーちゃんと一緒にいると”え?なんでこんなやつが隣にいるの?”という冷たい視線がいつも突き刺さる。俺がかっこよくなるのは到底無理だから、できる限り存在を薄めるしかない。
けど、しーちゃんの服選びについていけるなんて、楽しみだ。試着もするのかな。どんな服でも似合うだろうけど、いろんな服着たしーちゃんを見れるなんて、楽しみだ。なんだか気分も晴れて来た。
どんな服を試着するのか妄想しながら迎えた今日。
「は?いや、みーくんの服選びに来たんだけど」
「……え?」
決してお待たせすることはないように待ち合わせ45分前に到着し、時間通りに来たしーちゃんと集合した。白のパーカーが本当によく似合っている。
久々にしーちゃんと休みの日に外出できるなんて、それだけで俺は嬉しくて、でも緊張もひとしおだった。
電車に乗り、ターミナル駅近くの大規模ショッピングモールに来た。とりあえずセレクトショップじゃなくて俺は胸を撫でおろした。まだ、俺の存在に耐えられるだろう(しーちゃんと周りが)。
普段こんな人の多いとこに来ることない俺は、ただただしーちゃんについていった。
「俺の服?なんで?」
「みーくん、俺のバイト先に大体黒づくめで来るだろ?」
しーちゃんに聞かれて思い返してみると、そうだったかもしれない。黒のパーカーに、黒のスキニー(兄ちゃんのおさがり)とか。
「まぁ、要するに、怪しい人に迎えに来てもらってんのかって思われてんの、俺が」
しーちゃんの言葉に、俺は息をのんだ。まさかそんなに、俺の存在がご迷惑をかけていたとは思いもしなかった。
「ご、ごめんね。でもお迎えは行きたいから──」
次から制服で行くよ、と言おうとした。
「ほら」
「え?」
しーちゃんに何着か押し付けられた。
「とりあえず今日何着かいいのあったら買って、次からそれ着て来い。わかった?」
「はい、すみません……」
俺は早速意気消沈した。
「とりあえず、この辺着て来い。試着室、あっち。着たら言え」
「はい」
渡された服を着る。とりあえず今できることはそれしかない。しーちゃんの試着姿を見れず、残念だ。
俺はとぼとぼと試着室に向かった。
「ど、どうかな……?」
試着室のカーテンの先で、しーちゃんはスマホを触っていた手を止めた。じーっと俺を見ている。けれど何の反応もない。
どうしよう、あまりにも似合ってなくて言葉がないとかだろうか。いや、でもしーちゃんが選んだ服だし……もしかして服はよくても俺が良くなくてどうしようってことだろうか。
「あの、しーちゃん?」
内心あたふたしていたが、いい子の笑顔で俺がしーちゃんの反応を待つ。
できればジャッジは早めにお願いしたい。刺されるなら早めに刺されたい。
「ねーねー、あの子かっこよくない?」
「ほんとだ、あとで声かけてみる?」
少し先の試着ブースにいた子たちの声が聞こえて来た。
そうだろうそうだろう、しーちゃんはいつもかっこいい。
俺はうんうんと頷いていたが、そんなこと言ってる場合じゃなかった。しーちゃんが人目にさらされているということではないか。
来るときも電車の中で人目を集めてて、すごく不機嫌になっていた。またご機嫌を害しては非常に困る。ご機嫌が直るまで、大変だったんだから(ひたすら気を引くようにしていたら「俺は赤ん坊かよ」と怒られた)。
俺は勢いよくしーちゃんの手を引っ張って、更衣室に引き入れ(入ったところが靴脱ぐところでよかった)、カーテンを閉めた。しーちゃんをハグするような感じになっちゃったけど、それは許してほしい。
「しーちゃん、大丈夫?」
一歩下がってしーちゃんを覗くと、ぽかんとした顔をしている。
「あ、あの、ごめんね。急なことだから、とっさにしたことで。でもじろじろ見られるよりはいいかなと思って」
ひたすら言い訳をした。
するとしーちゃんは、両手で顔を覆った。
「し、しーちゃん……?」
「次着ろ。着たら言え、カーテンは俺が開ける」
ドスの聞いた声とともに、しーちゃんはカーテンの向こう側に行ってしまった。
「……はい」
なにかご不興を買うことをしたのだろう。やっぱり急に手を引っ張ったから怒ったんだろうか。
何が原因かわからないが、とりあえず次のに着替えることにした。
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「ど、どうかな……?」
カーテンが開いて、びっくりした。
え、めっちゃかっこいい。
思わず口に出しそうになって、慌てて手を当てた。それくらい、普段とイメージが違う。アンニュイな感じが漂っている。
少し大きめのベージュのニットに、黒のパンツ合わせただけなのに。
もともと骨格もいいし、腰の位置も高いからスタイルいいのがよくわかる。
「あの、しーちゃん?」
その恰好で優しく微笑まれると、いつもの倍ドキドキする。じわっと顔が赤くなってきた。
「ねーねー、あの子かっこよくない?」
「ほんとだ、あとで声かけてみる?」
その声は、俺の後ろから聞こえた。明らかに、みーくんに向いている。
勝手に見てんじゃねぇと振り返る寸前に、体が浮いた。
気づけば俺は、試着室の中で、みーくんの腕の中にいる。
え?なにこれ?みーくんの腕が俺の肩に回ってて、くっついてて──俺今、みーくんに抱きしめられてる?
「しーちゃん、大丈夫?」
俺の頭に手を当てたまま、見上げたすぐそばにみーくんの顔があった。
朝会ったときにあまりにぼさぼさだったから、持ってたヘアオイルで髪を整えてやった。今日は、みーくんにもっと自信を持ってもらいたいと思ったから、まずは見た目からだと我ながら納得のいくヘアスタイルにできたと思う。
だから今日はみーくんがイケメンなのがはっきりと誰の目にもわかる。来る途中も、ものすごい見られていた(みーくんは俺が見られていると思って壁になってくれたが、逆効果だった)。
そんなクソイケメンなみーくんの顔がすぐそばにあって、いい香りがして、柔らかな体温がすぐそばにあって──俺は全力でみーくんを押してすぐさま距離を取った。
「し、しーちゃん……?」
「次着ろ。着たら言え、カーテンは開けるな」
「……はい」
カーテンを閉め、俺は近くにあった椅子に座った。
みーくんは絶対になんもわかってない。けど、
「あの距離は、無理……」
顔が熱い。
「あ~、かっこい……」
頼むからゆっくり着替えてくれ、みーくん。
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夕陽がまだ顔を出したくらいで、しーちゃんの最寄り駅に戻って来た。
「しーちゃん、今日は俺のために時間を割いてくれてありがとう」
俺は深々とお辞儀した。
「別に、俺が気になっただけだから」
その後も別の店でも何着か試着し、3着ほど購入した。
服を選んでいるときのしーちゃんは楽しそうで(途中で予期せず不機嫌になること数回・理由不明)、どうやら他人の服選びが好きなようだ。俺なんかでも楽しんでもらえてよかった。
「あ~……、あのさ」
「うん」
しーちゃんはうつむいて首に手を当ててから、俺が持っていたショップバックの紐に指をかけた。
「えっと……、まだ時間あるならうち来る?まこ兄ちゃんに借りてる漫画も返したいし」
「……いいの?」
「俺は、別にいいけど」
しーちゃんからお誘いいただけるなんて。俺は感動でいっぱいだ。
「来るの?来ねぇの?」
「行かせていただきます」
いらだたしげなしーちゃんに、速やかに答えた。お断りという選択肢はないです。
「ん、じゃ、こっちだから」
「うん」
もう少し一緒にいられるなんて、うれしい。
「ね、しーちゃん」
「なに?」
「手、繋いでいい?」
俺は学習済みだ。
「……人、少なくなったら、いいけど」
「わかった」
うつむきがちのしーちゃんの、耳が赤い。照れてる。かわいい。でも今度は歯を食いしばって、口には出さなかった。
早く触れたい、でもちゃんと待てもできる。けどお預けの間、いつもより少しだけ、しーちゃんとの距離を詰めて、腕があたらない程度で歩いた。
うきうきと手を繋いで歩いていると、まぶたに冷たいものが落ちて来た。
「え……、雨?」
ポツリポツリと振っていたと思いきや、あっという間にバケツをひっくり返したような土砂降りになった。
今日雨なんて言ってただろうか、けど天気予報を見てるほどの余裕なんてなかった。
なんてぼんやり見上げていると
「おい、走るぞ!」
しーちゃんが俺の手を引っ張って、走っていく。
それはすごくときめいた。のだが問題は俺の足が遅くて、しーちゃんまでずぶ濡れになってしまった。
「どーぞ」
「おじゃまします」
息を切らせつつお家に上がったところで、俺はハッとした。
「しーちゃん」
「なに?」
「俺、何の手土産もなく上がってしまっていいものでしょうか?」
昔は母親に持たされて、ポテチやチョコなんか持ってきていた。来る途中にコンビニがあったのに、浮かれてたから頭になかった。
「いーよ別に。それよりほら、早く拭け」
しーちゃんに投げられたタオルを顔面で受け取った俺は、とりあえずショップバックの中身をふいてやらねばと開いた。すると、店員さんが雨だと知っていたかのように、ちゃんとビニールの袋に包まれていた。よかった、と安心して俺はショップバックを拭き始めた。
「いや、まず自分を拭けよ」
しゃがんでいた俺の頭にタオルがかぶせられ、わしゃわしゃと(少し痛いくらいに)拭かれる。
「あ、ありがとう」
「ん、じゃ風呂入れ」
「えっ……でも、俺のことはいいから、しーちゃん入って。冷えちゃうよ」
そっと触れたしーちゃんの頬は、冷たくなっていた。
「……だめ。一応みーくん、お客さんだから」
俺の手にしーちゃんが頬をすり寄せた。その甘えるような素振りが、俺の胸を苦しくする。
もっと触れたい。もっと触りたい。
「みーくん?」
頬に当てていた手を背中に回すも、俺は頭以外まだずぶぬれ状態だ。
「ううん、ありがとう。入ってくるね」
俺はタオルと着替えを受け取ってお風呂に入った。
最初からもっとちゃんと拭いておけば、しーちゃんに触れた──のかな。
「……でも、しーちゃんも嫌がってなかったし」
うーんとタオルを抱えたまま頭をかしげていたけど、とりあえずしーちゃんが風邪をひかないように、早く風呂から上がろう。
「しーちゃん、あがったよ」
リビングに行くと、しーちゃんは前髪をピンで上げて紅茶を入れていた。様になるのに、気の抜けてる感じがすごくいい。俺は心のカメラで激写した。
「ん。スマホ鳴ってたぞ」
「え?なんだろ?」
タオルで髪を拭きつつソファ横に置いた鞄からスマホを取り出した。
「兄ちゃんからだ。電話してもいい?」
「どーぞ」
でもその前に
「あの、しーちゃん」
「なに?」
「一枚、お写真を撮ってもいいでしょうか?」
紅茶を、しかも俺のために入れる姿を撮っておきたい。もう一生見れないかもしれない。
しーちゃんはゆっくりと俺を見てから
「だめ」
「はい」
許可が下りず、残念極まりない。
はぁ、とため息をついてから兄ちゃんに電話をかけるとプルル……と3コールで出た。
『あ、未央?今どこ?』
急いで音量を下げた、兄ちゃんは電話でも元気だ。
「今しーちゃんの家来てて」
『おー!じゃあよかった!さっき雷落ちて電車止まってんだよ!しばらく動かないみたいだから、お世話になっとけ!』
「え……?」
その瞬間、大きな轟が聞こえ、外がピカッと光った。
窓から覗くと、雨もさっきより激しく降っている。
『1時間くらい経っても電車動かなそうだったら、兄ちゃんが帰りがてら寄るわ!じゃあな!』
「あ、兄ちゃん……」
ブツリと、兄ちゃんは電話を切った。
「なんて?」
しーちゃんはテーブルにマグカップを2つ置いてから、俺の方に来た。
「なんか、電車動かなくなってるみたいで……1時間くらいしても動かなかったら兄ちゃんが迎えに来てくれるって……。しばらく、お邪魔しててもいい?」
俺はソファの隣で小さくなりながら、しーちゃんを見上げた。
お邪魔にならないように、せめてできる限り面積を小さくした。
「いいけど。じゃあ俺風呂入ってくるから。ゆっくり茶でも飲んどけ。変に床に座ってたりするなよ、冷える」
「うん、ありがとう」
優しいなぁと思いつつ、お風呂に向かうしーちゃんにお礼を言った。
そのあと、俺は貴重な紅茶をちょびちょびといただいた。体も心もあったまる。
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「なぁ、何時くらいにって……」
風呂から上がると、みーくんはソファに頭だけ乗せて寝ていた。
多分、買い物疲れと、普段よりはしゃいでいたから。俺と手をつないでた時なんて、カイセンジャーのオープニング歌ってた。
「気持ちよさそうに寝やがって……」
自然とふっと笑みがこぼれる。今日のみーくんは、ずっと楽しそうだった。俺が一緒にいたからだって、思ってもいいよな?
ほっぺたを指でツンツンしてみたけど、全然起きない。
「おーい」
「ん”~……」
起きてるときに絶対にしないだろう、みーくんは俺の指を手で払った。
それでも全然起きない。そうなると、出来心が育っていく。
足音を立てないようにキッチンに置いてあったスマホを取った。
1枚だけ──パシャっと音が鳴ったのにびびって、俺はスマホを後ろに隠した。けどみーくんは全然起きない。
そっと、撮った写真を確認した。いい感じに撮れてる。癒されるわ。ロックかけて保存しておこう。
自分は撮られるの断ったのに、みーくんの写真は勝手に撮るってどうなんだろう。
ま、聞いてもどうせ断らないだろうからよしとした。それに、俺が断ったのだって、タイミングが悪かった。風呂上がりの、いつもより柔和なみーくんにじっと見られるのかと思うと、いたたまれない。
はぁ、と息を吐いて俺はみーくんの髪をさらった。
「迎えが来るまで、寝てるつもりかよ……」
もっかいツンツンした、けど起きない。どんだけ深い眠りなんだ。
せっかく、早く風呂から上がってきたのに。
「……」
なら、もう少しだけ、いいだろうか。
床にスマホを置いて、みーくんに顔を近づけた。全然、ピクリともしないみーくん。
もうしばらくそのままでいたかったけど、ゆっくりと唇を離した。
離した瞬間、大きな雷が鳴り響き、部屋の中まで光が届いた。
まるでそれが合図だったかのように、まどろんだ目をしたみーくんが、俺を見ていた。




