表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/10

5.お怒りです

「なぁ~、梨田(なしだ)君」

俺に掃除当番をさせようとした彼が、猫なで声でやって来た。

彼は今日、日直でも掃除当番でもない。嫌な予感しかしない。聞こえないふりして教室から脱出したい。

「梨田君さぁ、潮谷(しおや)君と仲いいよな?潮谷君に俺達と他校女子との交流会に一緒に行くよう言ってもらえない?」

パンっと顔の前で手を合わせた彼に、驚愕の思いしかない。

どういうつもりで俺にそんなこと頼んでるんだろう。そしてもしかして、もしかしなくてもそれは俗に言うあれだろう。

断る一択しかない。

「頼むよ、俺と梨田の仲じゃん、な?」

いつそんな仲になったのか、脳みそをゆすって思い出させてやりたい。

「お、お断りします」

人見知りのしーちゃんにとって、そんなところ負荷でしかない。

俺は逃げるように鞄を持って立ち上がった。

「頼むよ、なぁ!」

粘る彼に鞄の持ち手を掴まれてしまい、早く教室から脱出しようも同じくらいの力で後ろに引っ張られるからいくら踏み込んでも進めない。

「絶対にお断りしますーっ!」

「そこをなんとかーっ!」

こんなに断っているのに、どうして諦めてくれないんだ。

もしも、万が一、億が一、伝えたときどうなるか──なぜだかとっても怒られる気がする。仁王立ちで俺をにらむしーちゃんの姿が目の前に浮かんだ。

それだけで俺はブルッと震えた。

「俺、そういうのは、ほんとにちょっと」

「困んだよ!絶対に来てほしいって言われてんだよ!」

「自分で言ってください」

「梨田から言った方が来てくれそうだろ!それにお前が勝手に潮谷から出会いの機会を奪うのかよ?」

俺はハッとした。

確かに。彼の言うことも一理あるのかもしれない。俺が勝手に、自分の都合で、しーちゃんに聞きもしないで断るなんてことしてもいいのだろうか。もしかしたら、今日しーちゃんの運命の人が来ているのかもしれない──。

そう思うと、次第に力が抜け落ち、俺はうなだれた。

きっとしーちゃんの運命の人ならば、見た目も中身もパーフェクトに違いない。パーフェクトな二人の仲いい様子を見るだけで、俺は幸せになるだろうけど──考えるだけで悲しい。寂しい。そうなったら、また俺がかまってもらえる時間が、機会が減る。もしかしたら、今は暇つぶしでも俺と遊んでくれているのに、大切な人ができたらにそっちに行ってしまうかもしれない。

嫌すぎる、本当に嫌だ。

しーちゃんにまた仲良くしてもらえるようになってから、今まで凪のように鎮まっていた感情がうるさい。嬉しいことも多いけど、その分悲しいことも増えた。

俺はまだ、もっと、しーちゃんと一緒にいたい。他の人なんて、考えたくもない。

俺は胸元に手をやって、ぎゅっと心臓を抑えた。そうしたら、今にも暴れ出しそうな悲しい気持ちが、少しは抑え込める気がした。

「……でも、潮谷君に聞くのは──」

「俺がなに?」

ひぃっと震えながら、俺は肩元の重みを確かめた。

しーちゃんのご尊顔が、俺の肩に乗っている!

「お、あの、しお君……」

「遅いから」

近い、近い近い。毛穴まで見えそうだけどもちろんしーちゃんは毛穴なんてないほど美しい。

少しだけ、触ったらダメだろうか──と惚けそうになったとこでハッとした。

なんということだ。まさか今日も一緒に帰ってくれるとは思いもしなかった。しかもすでにお待たせしていたなんて申し訳なさしかない。

「ご、ごめんね」

俺はペコペコと謝った。

「帰んぞ」

「う、うん」

「じゃあ梨田、頼んだからな!」

しーちゃんに続いていそいそと教室を出ようとした俺にそれだけ言って、彼は仲間のとこに戻っていった。もう決まったかのように、ハイタッチまでしてる。

俺が言わないといけないのだろうか。


「で、さっきの、なに?」

「それはですね──」

両手をモジモジしながら駅へと向かう道で、人けのない小路に入ってからしーちゃんに聞かれた。

自分の名前が出たから疑問に思ってたんだろう、さっきからしーちゃんが近い。

俺は塀としーちゃんの間で身を縮こませて歩いている。

でもまだ穏やかだ。クールな感じはいつものことだ。

「その、さっき俺に話しかけてきてた人が、他校の人との交流会に行くらしく」

「へー」

何の関心もないような生返事だ。

「その、よかったら、……しお君も一緒にどう──」

「はぁっ!?」

言い終わる前にしーちゃんは鬼の形相で俺を見上げた。

こわい、眉の間でなにか挟めそうなくらいしわが寄っている。けどこの表情は初めて見る。貴重だ。

「なにお前、俺にそれに行けって言ってんの?」

しーちゃんはついに、俺を塀へと追いやった。

なんていうことだ、しーちゃんに壁ドンされている。

一瞬⦅ときめく!⦆っと思ったが、そんなこと言ってる場合じゃない。

しーちゃんが今世紀で一番怒っている。

俺は生まれたての小鹿のように震える。

「あ、あの、しお君、俺、ちゃんと断るから……」

「そういう問題じゃねぇよっ!」

じゃあどういう問題なんでしょうか!?

そんなこと、とてもじゃないけど聞けない。

「あ、あの、不快にさせてゴメンね。すぐに断るから。俺、今から学校戻って──」

「そんなことしろなんて言ってねぇだろ!」

しーちゃんのお怒りは治まらない様子だ。

もうこの話を聞かせたこと自体がダメだったんだ。時を戻したいけど、そんなこともできないし、どうしたらいいかもわからない。

でも、どうしてだろう。

鼻を赤くして怒ってるしーちゃんが、なぜだか泣きそうに見えたんだ。

「しーちゃん、どうしたらご機嫌なおる?」

俺は救いを求め、しーちゃんの右手をきゅっと握った。

握ってからハッとした。これで振り払われたら、もう話しかけるなってことかもしれない。

サーっと背中を冷たいものが流れたが、今更離すわけにもいかない。

すがるようにしーちゃんを見つめた。

何秒、いや何分経ったかわからない。体感時間ってひたすらに長く感じる。

もう一回、ぎゅっとしーちゃんの手を握った。

今の俺は、いい子で待ってることしかできない。

しーちゃんは憤怒の表情だった。けど次第に、唇をちょんと突き出した、まるで拗ねてるような顔になった。

「……お前は、そういうとこに俺に行ってほしいのかよ?」

「絶対にないです」

俺は即答した。

するとしーちゃんはいつもより目を大きくした。

少しして、絶対に聞こえてただろうに聞こえなかったかのように聞いてきた。

「あ?なんて?」

「行ってほしく、ないです」

真剣に訴える。俺にはそれしかできない。

そう言うと、ようやくしーちゃんが笑った。

「なら、もう言うんじゃねぇよ」

「はい!」

わかればよろしいと言った感じで、しーちゃんは頷いた。

よかった、本当に。これでもうしばらくは仲良くしてもらえるかもしれない。

帰るぞ、と踵を返したしーちゃんは顔だけ振り返った。

「あと、もうさっきのやつと俺の話するな。な?」

「はい」

「あいつなんて名前だ?今度からなんかあんなら直接俺に言えって言っとく」

「…………なんだっけ?」

俺は首を傾けた。

すると同じようにしーちゃんも首を傾けた。

可愛い、マネっ子しーちゃん。

「……クラスメイトの名前も覚えてないのかよ」

「うん、だって、そういうことあるでしょ?基本的にしーちゃん以外興味ないし」

そう言うと、しーちゃんは口元を手で覆った。

どうしよう、俺が彼の名前覚えてなくてあっけにとられてるんだろうか。

「ご、ごめんね。明日にでも名前聞いとくね」

「いや、いい。なんか、どうでもよくなったわ」

ふっ、としーちゃんが気が抜けたように笑った。

よくわからないけど、しーちゃんが笑ってる。ご機嫌だ。

「あ、そうだ。これやるよ。渡そうと思ってそっちの教室行ったんだ」

「なに?」

上機嫌さ漂うしーちゃんが、鞄から取り出したものを俺の手のひらに乗せた。

「シ、シーフブルー!?」

くれたのは、シーフブルーが描かれた缶バッチ、それも変身前のと変身後(しかも手にめかぶロープを持っている!)の2つもある。

「え、え?どうしたの、これ」

「バイト先の近くのガチャガチャにあったから。好きだろ、それ」

俺は数往復、手のひらのバッチとしーちゃんを見た。

「うん、大好き!ありがとう、しーちゃん」

俺はもらったバッチを高々と掲けた。家に帰ったら飾る場所を用意しないと。

本当に、しーちゃんによく似ている。

俺がじっくりと眺めていると、ふはっと声を出してしーちゃんが笑いだした。

「本当にそれ好きだな?」

「うん。あ、2枚とももらっていいの?」

「いーよ、俺興味ねーもん」

そっか、と少ししゅんとしそうになったけど

「興味ないのに、取って来てくれたの……?」

思いついたまま口を開いた俺の言葉に、しーちゃんは顔を赤らめた。

「べ、別に、暇でちょっとやったら出て来ただけで、たまたま思い出したからあげただけで!いらないなら返せっ!」

しーちゃんに取られそうになって、俺は急いで手のひらを閉じた。

「やだよ、欲しいもん。ごめんね、変なこと聞いて。ありがとう」

「……ふんっ!」

少し前を足早にしーちゃんは歩いていく。

昔は俺がしーちゃんを見上げていたけど、今はしーちゃんが俺を見上げる。でもその堂々とした背中は変わらない。不思議な気持ちだ。きっとずっと変わらない、俺のしーちゃんへの気持ちは。

だから、うれしかった。しーちゃんが俺の好きなものを覚えててくれて、俺がいないときに俺のことを考えていてくれて──

「ね、しーちゃん」

だから、もう少しだけ欲張っちゃだめかな。

「あんだよ?」

「もう少し、会えない?」

「……あ?」

俺を振り向いたしーちゃんは、目をまん丸くした。

「今まで会えなかった分、もっと会いたい」

「……そんなこと言ったって、学校あるし、バイトもあるから」

「じゃあ授業終わったらしーちゃんとこ行く。バイトも、毎日迎えに行く」

「毎日って……」

「ダメ?」

ひとつ、思い出したことだある。

俺は、さっき離したばかりのしーちゃんの手をまた握りしめた。

「あ"ー……」

しーちゃんは俺に背を向けて、頭をガシガシとかいた。イライラさせてしまったと、後悔しそうになる。

けど、しーちゃんの指の間から真っ赤な耳が見えた。

「ね、しーちゃん。お願い?」

昔の俺は甘えるとき、しーちゃんの手を握っておねだりしていた。

「どうしても?」

ちらりとしーちゃんは、目だけ俺に向けた。

「どうしても」

俺はぎゅっとしーちゃんの手を握った。

「……しゃーねーな」

ぼそりと、顔を寄せてないと聞こえないくらいの声が聞こえた。

「でも、毎日バイトしてるわけじゃないから」

「うん!じゃあシフトわかったら教えてね、迎えに行くから!」

自分の内からパァッと明るい気持ちが湧き上がって、思わずしーちゃんの手を両手で握った。

「……ほんとに来るのかよ?」

「ダメなの?」

そっぽを向いてしまったしーちゃんは、声にならない声を出した。どうしよう、困らせているんだろうか。でも譲りたくない。

「いいけど……ちゃんと大人しく待ってろよ?」

「うん、ありがとうしーちゃん!」

うれしいな~、と言いながら俺はそのまましーちゃんの手を握って、駅に向かった。

さすがに人通りが多くなってくると離せと言われた。いくら浮かれていたからと言って、よくなかった。そこは反省しようと思う。これからはちゃんと先に手を繋いでいいか、確認しよう。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「たでーま」

「おかえり詩織。もうご飯にするから」

「わーった」

ねーちゃんに適当な返事をして、俺は急いで部屋に入った。

パタンとドアを閉じ、鞄を放り出して、

「……っしゃあぁぁっ!!」

俺は力強くガッツポーズを取った。

やっとみーくんから、俺に会いたいって言ってもらえた。

長かった、いや、もっとかかるかと思ってた。

俺は喜びのあまり、ベットにダイブした。

しかも今日は手まで繋いだ、しかもみーくんから繋いできた。

「はぁ~、ヤバっ」

思い出すだけで、心臓がうるさい。

みーくんの手は俺のより全然大きくて、ちょっと骨ばった感じだった。ゆるくじゃなくて、しっかりと、でも優しく握ってくるから、緊張して手汗が気になったし、顔も崩れそうだった。

俺はちゃんと”全然、どうってことないですけど?”って顔できてただろうか。

みーくんを見ても幸せそうに笑ってるばかりで、全然わかんなかった。ま、あの顔させたの俺だからな。

「ほんとに、俺のこと好きだよなぁ」

自分で言ってて、ニヤニヤ笑いが止まらない。

髪色も、変えてよかったかもしれない。若干、いや、1mmくらいシーフブルーと同じ色じゃなくなったら、俺への興味も関心も、薄れるかもしれないと心配してたけど、全っ然そんなことない。むしろ、シーフブルーはシーフブルー、俺は俺で好きなんだなと確信が持てた。

髪色なんて、別に何でもよかった。美容師に相談したら、碧眼だし金髪にしたらより俺の良さが映えるんじゃないかって言われたから、そうしただけ。

目立てばなんでもよかった──みーくんが、もっと俺を意識してくれるなら。

実際、金髪にしてから前より声かけられたり告られたりするようになった。他のやつなんて、心底どうでもいい。

でも、俺が髪染めた次の日、学校に行くと、今まですれ違う時うつむいてたみーくんが、じっと俺を見ていた。目をそらせないかのように、こっちが焼けそうなくらいの視線だった。

それからも、ずっと俺は待っていた。待ち続けていた。みーくんから話しかけてくるのを。

”久しぶりだね”でも”また同じ学校だね”でも”髪色変えたんだね”でも、なんでもよかった。

でもみーくんはいつも、俺から離れた場所で、じっと俺を見つめるだけ。

自分からきっかけを作らないと、きっとみーくんは話しかけてもくれない。

だからみっともなくも、廊下で荷物落として、わざとみーくんの家の近くのコンビニに行った。俺の、”絶対に俺からじゃなく、みーくんから言ってくれないと嫌だ”という凝り固まった意地が邪魔で仕方なかった。

あの日、まこと兄と偶然会えたのは、そんな俺に神様がくれたチャンスだと思った。柄にもないけど。

いつも、小さい頃から遊びに誘うのは俺からだった。みーくんはいつも行儀よく待てしてるだけ。

でも今回は、みーくんから言った。

「ふっ……ふはははははは……」

「おかあさーん、なんか詩織が気持ち悪い」

普段ならノックもなしに覗きに来たねーちゃんにイラっとするが、今日は全然気にならない。

”うん、大好き!ありがとう、しーちゃん”

「……早く俺にも、好きって言ってくれねぇかな」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ