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3.人見知り

駅のロータリーの雑踏の中でも、はっきりと聞こえた。

”なに、みーくん”

俺が潮谷君を”しーちゃん”と呼んでいた頃、潮谷君だけが俺を”みーくん”と呼んでいた。

「……しーちゃ、わぁぁぁぁっ!」

突風が吹き荒れ、どこからか飛んできた新聞紙が潮谷君の頭を包んだ。

「だ、大丈夫?」

新聞紙をはぎ取ると、潮谷君の御髪がとっても乱れている。でも潮谷君はひどくうつむいたまま、動かない。

しばらくその様子におろおろしたが、このままにしてるわけにもいかないしと、恐る恐る人差し指でそっと潮谷君の柔らかな髪に触れた。横の髪をなおし、前髪をなおしていると、潮谷君のまん丸な瞳がじっと俺を見上げていた。

「あ、あの、潮谷君……?」

気に障ったのかと指を離すも、潮谷君はプイッと俺から視線を外して、そのまままた動かない。

なにをどうするのが正解かわからない。もう俺はこの場から離れた方がいいのかも。

どうしようかとまごついていると、潮谷君が一点を見つめているのに気がついた。目線の先にあったのは、ロータリー沿いのカフェの”ストロベリーパフェフラッペ”の看板だった。

「あれ、飲みたいの?」

俺は潮谷君の目線の高さまで屈んで、反応を待った。

「……でも、入れない」

ポツリと、俺にだけギリギリ聞こえる声だった。

そうだった、”しーちゃん”は極度の人見知りだった。今も、いつも同じ人といるところしか見たことない。今も昔も、変わってない。

「俺、買ってこようか……?」

「そういうわけじゃ……」

潮谷君が、袖で口元を抑える仕草が可愛くて、その癖も今も変わらないんだっていうのが嬉しくて──

「じゃ、じゃあ、飲みに行く?」

俺は気が大きくなった。


「いらっしゃいませ」

「あの、ストロベリーパフェフラッペ、とコーヒーください」

「はい、お支払いは──」

店に入るなり、「俺、買ってくるから」と潮谷君を席に残して注文に来た。

けど、もしかしたら失敗だったかもしれない。注文する(知らない人と話す)のは大変だろうと待ってもらってるけど、ドリンク待ちの俺の目からも店内の視線が潮谷君に向いているのがわかる。お願いだから、誰も潮谷君に話しかけないで欲しい。

「お待たせ」

ハラハラしながら待つこと数分、やっとドリンクを持って潮谷君のもとに戻れた。

フラッペを俺から受け取ると、潮谷君は太めのストローで中を少しかき混ぜてから飲んだ。ほんのちょっとだけ頬が緩んでる気がする。そんな彼を眺めていられるだけで幸せだ。

「……なに?じっと見て」

「あ、ご、ごめん」

「別にいいけど」

しばらく見るのを自粛したが、すぐに⦅いいって言ってたし⦆と誘惑に負けて潮谷君を覗いた。

パフェスプーンですくって口に入れた生クリームが、潮谷君の口の端についてしまっている。

「あの、潮谷君……」

呼んだだけなのに、潮谷君が鋭い視線を向けて来た。思わず怯える。

「あ、えと、しお──」

ついには顔を背けられてしまった。生クリームをつけたまま、潮谷君はジューっとフラッペを飲んでいる。可愛いしこわい。なんか怒ってる感じだ。

いったい俺のなにが不快にさせてしまったのか──。

「あの、しーちゃん……」

違うかもしれない、でもそうかもしれないと、緊張と不安で弱々しくなってしまった。

「……なんだよ?」

潮谷君は、ゆっくりと俺に顔を向けてくれた。よかった、正解だった。

ほっと一息吐いてから

「ここ、生クリーム、ついてる」

「……早く言えよ」

少し照れたように手の甲で拭う潮谷君を見て、俺はそれだけで破顔した。


「そ、そういえば、今日はどうしたの?わざわざ俺の教室まで」

潮谷君がフラッペを飲み終わるまで、俺はただただその姿を脳裏に焼き付けていたから、店を出たところでようやく潮谷君に聞いた。

「みーくんに用があって」

久しぶりの甘い響きに、また話せることに、俺は心の中がくすぐったくてたまらない。

「まこ兄ちゃんが昨日言ってた漫画取りに来いって。みーくんから受け取ればいいからって」

「……そっか」

でも、兄ちゃんとの約束だった。それはとても、俺を悲しくした。

「……なんだよ?」

「ううん、なんでもない」

俺は、ちゃんと笑えているだろうか。

いつまでも続くとは思ってない。だから、今一緒にいられるこの瞬間だけは、俺だけの”しーちゃん”であってほしい。そう願うことを許してほしい。

 それから一緒に俺の家まで行って、でもなにか話すこともできなくて、玄関に入ったすぐのところに置いてあった漫画を潮谷君に渡した。

「ごめんね、わざわざ来てもらって。俺が明日潮谷君の教室に届けに行ったらよかったね」

家についてから気づくなんて、遅すぎる。

漫画を受け取った潮谷君は、眉をひそめて俺を見上げた。なんだろう、また怒らせたのだろうか。

俺は何を言ったのかを思い返した。

「しーちゃんの教室に届けに行ったらよかったね……?」

これでよろしいでしょうかと、不安になりつつ俺は首を傾げた。

「いいよ。俺が借りたかっただけだし」

潮谷君は何事もなかったように鞄に漫画を入れた。正解だったのだろう。

「え、駅まで送るよ」

「いい」

気を取り直して言ってみたもののあっけなく断られた。

もう少し、一緒にいたかったな。また漫画を返してくれる時に、少しは話せるかな。期待しないって思ってたのに、そうしないのって難しい。

ふぅっと俺が軽く息を吐き出すと、じっと潮谷君が俺を見ている。

「な、なに?」

「……別に。じゃ、帰るけど、……」

潮谷君はなにか言いたげで、でも口を閉じた。

「ど、どうかした?」

「……なんでもない。じゃあな」

潮谷君は、俺から遠ざかっていく。潮谷君と話せた”今日”が終わってしまう。

「────あのっ!」

少し先の、潮谷君の腕を俺はつかんだ。

「……あの、また、話しかけてもいい?」

顔なんてとても見れない。息を吸うのも難しくて、手も声も震えている。でも俺は必死だった。

期待しないなんて、欲張らないなんてできない。また潮谷君をただ見ているだけの日々になんて、戻りたくない。

「……いいけど」

「……いいの?」

俺が見上げると、潮谷君は屈託のない笑みを浮かべていた。

「じゃーな、みーくん」

「……うん、うん!バイバイしーちゃん!」

久しぶりのしーちゃんの笑顔に、”また”があることに、俺は胸がいっぱいだ。

駅に向かう潮谷君の背中が見えなくなるまで、俺はずっと見つめていた。


俺なんて、背が高いところくらいしかいいところがない。性格は、年々暗くなってる気がする。その証拠に、高校で友達がいない。こんな暗いやつと、仲良くしたいなんて思わないだろう。

俺なんて、高いとこにある物を取るときしか役に立たない。

普段は図体が大きいから、電車では邪魔にならないように、なるべく縮まって座るようにしている。

「いてっ」

立ち上がった時に、電車のつり革で脳天を打った。意外とこれが痛い。

「みーくん、頭大丈夫かよ?」

「しーちゃん!?お、おはよう。大丈夫……」

しーちゃんは隣の車両に乗ってたようだ。俺の方に来たわけじゃなく、たまたま改札に向かう方向に俺がいたから、話しかけてくれたんだろう。

しーちゃんは優しい。俺みたいなやつにも、変わらず声をかけてくれる。

打った頭を撫でていると、くすっと愛らしい声が聞こえた。もしかして、としーちゃんを見たけど、全然無表情だった。

「みーくん」

「なに?」

俺を見上げるしーちゃんの瞳は、きらきらとしている。朝からまぶしすぎて、心が洗われる。

「帰り、暇?」

しーちゃんはただ、俺を見上げているだけなのに、心臓がドキドキした。

「うん、暇だよ」

しーちゃんに暇と聞かれたら、YesとYesしか返事はない。

「これ、食べに行きたくて……」

しーちゃんはスマホでパンケーキを見せてくれた。

「帰り、行かない?」

もう俺は倒れてしまいそうだ。袖で口を隠しながら、俺を見上げる天使。俺にはパンケーキより甘い。

顔が火照って来たけど、気にせず頷いた。

”なにこいつ顔真っ赤にしてんの?”と思われないか心配だったが、しーちゃんは怪訝な顔してないし、大丈夫だろう。

「行く」

「多分女子ばっかだぞ?」

「いいよ。しーちゃんが行きたいなら、そんなの気にならない」

俺はもうふにゃりとしたというか、にやにや笑ってしまっているだろう。

しーちゃんもほんのりと笑っていたけど、決して俺と行けるのが嬉しいんじゃなく、パンケーキ食べに行けるのを喜んでいるんだろう。勘違いしないように、注意しなければ。

でも今この笑顔が俺だけに向いているんだと思うと、それだけでニヤニヤが止まらない。

「じゃ、授業終わったら連絡して」

「……あの、俺、しーちゃんの連絡先、知らない、から」

その事実を口に出すことに、ちくりと胸が痛む。

「……ほら」

ポケットから取り出したしーちゃんのスマホには、QRコードが表示されていた。俺は急いで鞄からスマホを取り出し、L〇NEを交換した。

俺のスマホに、しーちゃんの連絡先が入った。それだけで朝から感激ものだ。

「じゃ、また帰りな」

「うん」

しーちゃんは駅を出たところにいる友達のところに行ってしまった。でも、もうその姿を見ても寂しくない。

早く放課後になってほしい。

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