第52話 お祖父様にお誘いを
アシュガルドの王様が開いたパーティーで娘をお披露目し、社交界デビューさせるデビュタントのタイミングは親が決める。
けれどあのお父様が私の希望を無下にするはずがない。
来年のデビュタントに私も加わり、宮廷に出向きたいと頼むと「少し早くないかな?」と戸惑いつつも前向きに検討してくれた。
同時に話したレネの誕生日パーティーについても同じく、だ。
「しかしヘーゼロッテ家の人間を全員招きたいなんて珍しい誘いだね」
「あの、それはレネが気を遣ってくれたからなんです。私が無事デビュタントを終えられるか不安にしていたので、なら信頼できる家族に見守られながら予行練習をしようって」
嘘と本当を混ぜながらそう説明するとお父様は「なるほど」と納得してくれた。
人様の誕生日パーティーを予行練習にするなんて相手によっては大変な失礼になるものの、お母様の親友の息子である上に本人からの申し出ということで不問になったらしい。
きっと公爵家同士ということで身分に差がないのも大きいわね。
そこでお母様が少し翳りのある表情を見せた。
「でもお父様が来てくれるかどうか……」
「もしかして外出もままならない状態なんですか?」
お祖父様は車椅子や杖を日常的に使用するくらい足腰が弱っていたけれど、寝たきりというわけではないし健康にも問題はない。
――今までの調べからそう把握していたけれど、ちょっとしたきっかけで一気に悪化するかもしれないのが老人の怖いところだ。
私が知らないうちに想像以上に弱っていたとしたら作戦を変更する必要があるわ。
そう焦ったものの、お母様は首を横に振った。
どうやらお母様も初めの頃は心配だから一日に一度様子を見に行っていたみたい。
「けれど気忙しいからって追い返されることが多かったから、今は二日に一度覗きに行ってるの。その時に見た感じでは足腰以外に悪いところはなさそうね」
「よ、よかったです。ホッとしました」
アルバボロス邸までの道のりは馬車。
馬車に車椅子を安全にのせる仕組みはない。荷馬車ならともかく貴族の移動用の馬車だものね。
お祖父様も足腰を傷める前から出掛ける頻度の低い人だったので、馬車を専用に改造する気はないようだった。
でもパーティー自体は敷地内でのみ開くので車椅子ではなく杖でも大丈夫だろう、というのがお母様の見立てよ。
詳しい様子は従者経由でしかわからないものだと思っていたけれど、さすが実の娘……想像以上の頻度でお祖父様に突撃していってるわ……。
私が過度に避けられているという理由もあるけれど、もっとお母様の問答無用さを見習いたいわね。
お母様は私の顔を覗き込んで問う。
「それじゃあ私から訊ねておきましょうか?」
「……ううん、まずは自分でお願いしてみます」
お祖父様の不安を取り除くべく、私の健やかさをアピールするのが目的だ。
ここでお母様に頼んでお膳立てしてもらうのは最初のアピールチャンスを無駄にすることに近いと思う。
それにきっかけ作りのためとはいえ、ただでさえデビュタントが不安だからっていう理由をくっ付けているくらいだもの。他のマイナス要素はなるべく少なくしておかなくちゃ。
私の言葉にお父様は「さすがはヘルガだ」となにやら感動し、お母様は「それじゃあ明日の昼過ぎに訊ねに行きましょうか」と微笑んだ。
***
お祖父様の顔を見に行くのにおめかしする必要はない。
……ものの、私は発育が悪いので少しでも健やかさを見せるためにヒールの高い靴を履くことにした。
この国では普段は室内靴を履いているのだけれど、室内靴だからといってヒールの低いものばかりではないのが助かるポイントだ。
(まぁヒールの高い靴とはいえ、ハイヒールってほどじゃないから誤差の範囲内だけど……無いよりはいいわよね、数ミリでも印象の差があるはず!)
ハイヒールだとさすがに絨毯を敷いた部屋だと危ないし、敷物が傷む速度が段違いらしい。
靴によっては自然に背を高く見せるシークレットブーツもあるものの、女性用ではあまり見かけないので入手することができなかった。
ひとまず靴での小細工はこれくらいにして、明るくハキハキとお願いすることに全力を注ぎましょうか!
(お祖父様と話すのも久しぶりだわ。まずはなにも知らなかった時の私みたいに接しましょう、たしか……)
――順風満帆で幸せな人生のため、子供らしく振る舞って愛されよう!
っとお祖父様には全力で甘えていた気がする。
そこまで大昔のことでもないのに記憶が酷く朧気なのは、きっとみんなの企みを知ってから様々なことが起こりすぎたせいね。
全力で甘えていた私はお祖父様の膝にのったり、絵本を読んでほしいとお願いしていた。色んな絵本はこっちの世界の基礎的な常識を学ぶのに一役買っていたわ。
そんな本の内容ばかり覚えているのが我ながら薄情だけれど――穏やかに微笑みながら頭を撫でてくれたお祖父様のことは、しっかりと記憶に残っている。
あれも演技だった。
何年も前に身に染みて実感した事実。
なのに未だにあの笑顔を信じたくなってしまうのは家族の情なのか、私の甘さなのか、それとも両方なのかはわからない。
(……今も同じように接してくれるかしら)
冷たい目を向けられるかも。
それでも私は当時のまま『なにも知らない、お祖父様のことが大好きなヘルガ』を演じることにした。お祖父様の演技力はなかなかのものだったけれど、私だって負けてないわ。
離れの建物は慣れていないせいか、同じデザインの廊下なのに『よその家に来た』と思わせる雰囲気を持っていた。
それに他の場所より少しだけ新しく感じるのよね。
……もしかしてイレーナの事件で燃えた部分を再建して作られたのが離れだったりするのかしら。もしそうならそこに引き籠ったお祖父様の心情が気になるところだ。
(それにしても……自分の足では初めて来たけれど、びっくりするくらい静かね)
世話をする人間はお祖父様が指名して必要最低限に絞っているのか、行き交う人間がまったく見当たらない。それでも掃除は行き届いてるのがさすがね。
見慣れない室内で道を間違えないように進むこの感覚は、初めて訪れたホテルで自分の部屋を探している時の感覚に似ていた。
(――あ、ここだ)
廊下の先にお祖父様の自室のドアが見える。
その目前で立ち止まり、深呼吸をひとつしてからドアをノックした。
一瞬の静寂が訪れる。それは随分と長いように感じられたけれど、緊張による錯覚だったかもしれない。
「入りなさい」
久しぶりに耳にした声は以前より少し枯れている。
けれど、確かにお祖父様の声だった。




