第49話 アルンバルト・エーデルトールの話
アルンバルトさんはすべて白くなった髪や顔のしわで老いているとよくわかったけれど、骨格や通った鼻筋、多少垂れてなおくっきりとした二重から若い頃はとても整った顔だったことを感じさせる人物だった。
むしろ老人になった今も好きな人は絶対に好きな顔だと断言できるわ。
イベイタスお祖父様も近い雰囲気を持っているけど、アルンバルトさんはトレンディ俳優がもう少し年を重ねた感じね。
前世なら本当に俳優さんだと言われたら信じていたかもしれない。
ただベッドの上で上半身を起こしたアルンバルトさんはどこを見ているのかわからない目でぼうっとしていた。
痴呆気味だとは聞いていたけれど、果たして今の彼は会話をできる状態なのかしら……?
「ヘルガ、今なら廊下に職員はいないよ。とりあえず声をかけてみよう」
レネがそう耳打ちをする。
アルンバルトさんの部屋は個室なのもあって、他の人間に話を聞かれる心配はなさそうね。レネに頷いてベッドへ近寄ると――見慣れない人影に反応してアルンバルトさんが何度か瞬きをした。
しかし特に挨拶をされるわけでも、私たちが誰なのか問われるわけでもなく、先に私が口を開く。
「初めまして。アルンバルト・エーデルトールさんで間違いありませんか?」
「……」
「私はヘルガ。こっちはレネです。少し聞きたい話があって訪れたんですが……」
「……」
こっちを見ているのに返事がない。
こういうパターンも想定はしていたけれど、実際になにを言っても無反応な人間を前にすると少し戸惑ってしまうわね。
するとアルンバルトさんとようやく目が合った。
しばらく見つめ合う形になり、たらりと冷や汗が流れてきたところで「もしかして」と渋い声が彼の口から漏れる。
「ハンネ嬢か? こんなところまで押し掛けてくるなんてお転婆だな」
……名乗ったものの、どうやら別人と間違えられているらしい。
ここはハンネ嬢として会話をして上手く情報を聞き出すことにしましょうか。私としてでなくてもお祖父様の話さえ聞ければ目的は達成できるわ。
「そ、そうなんです。どうしても聞きたいことがあって」
「聞きたいこと?」
「イベイタス・ヘーゼロッテはご存知?」
アルンバルトさんはしばらく「イベイタス……」と呟いたかと思うと、突然合点のいった顔をして手を叩いた。
ぱちんっと小気味いい音が部屋に響く。
「なるほど、俺に声を掛けてきたのはイベイタス目当てか! いやぁ、騙された騙された!」
「あはは……すみません、それでも訊いても良――」
「アイツはモテるからなぁ、しかしどこ行ったんだ? 呼んできてやろうか?」
「いえ! えーっと……恥ずかしいので彼の話を聞かせてくれませんか?」
ハンネ嬢は恥ずかしがりやだな、とアルンバルトさんはしみじみした様子で言う。
さっきからレネについて一切触れないけれど、通りがかりの男子生徒Aにでも見えているのかしら。
そう考えているとレネが「若い頃の彼は女好きだったから、その影響かもしれないね」と私の内心を見透かしたような耳打ちをした。
若い頃の行ないが老いた頃に反映されるって怖いわね、私も気をつけないと。
アルンバルトさんはお祖父様についてペラペラと話してくれた。
柔和に見える外見に騙されて言い寄るレディが多いが、実際の性格はわりと狡猾で抜け目ないこと。自分はそこを気に入っていること。
剣の腕が立つこと。
勉強は努力で好成績をおさめていること。
今のお祖父様から予想できる事柄だけでなく、初めて耳にする事柄も多い。
アルンバルトさんとお祖父様は親友というわけではないけれど、ただのクラスメイトというわけでもなかったみたいね。
ただ、話を聞いているとどちらかといえばアルンバルトさんの方から付きまとってベタベタしている感じだった。
追い払っていなかった辺り、お祖父様も本心から嫌がっているわけじゃなかったんでしょうけど、大変だったろうなと予想できる。
「――あの、イベイタスさんには妹がいたんですよね?」
「おお、情報通だな。そうだ、いたぞ、名前はたしか……イレーナだったか」
「イベイタスさんはそのイレーナさんと仲が悪かったりしましたか?」
私と同じ忌み子と呼ばれたイレーナ。
お祖父様は妹も疎んでいたのだろうか。そう思いながら問うと、アルンバルトさんは頬を掻いて言った。
「あれは……そうだなぁ、歪んだシスコンじゃないか?」
「シ、シスコン?」
予想外の返答に声が裏返ってしまう。
家族として一定の情があった可能性はある。
そう予想はしていた。けれど歪んだシスコンなんて学友から言われるほどだったとは思わなかったわ。
さすがのレネも予想外だったのか私と同じような表情をしていた。
「ウザいウザいと思っていても大事にしたい気持ちがなくなるわけじゃない。けど表立って大切にしたくないって反発心もある。アイツは妹のことで苦労してたしなぁ」
「な、なるほど……」
「だから妹が死んだ後に、ようやく大切にできるようになったんじゃないか?」
俺の想像だけどな、とアルンバルトさんは付け加える。
――私はイレーナの墓を思い返す。
いつもいつも同じ花を供えていたお祖父様は、今は心から妹を大切にしているということなのかしら。
(……あ、そうか。今のお父様の仕事部屋は昔はお祖父様が使っていたから)
そこから見える位置に墓を作ったのも愛情の表れ?
今のお祖父様の部屋もイレーナの墓が目に入る位置にある。
木で目隠しされているのは常に見えていると辛いから隠れるように後から植えたのかも。……複雑な関係を聞く限りそれだけじゃない気もするけれど。
ひとまず庭木は手入れがされているものの、それを抜きにしても百年近く前から植わっている雰囲気はないわ。つまりお祖父様が植えさせた可能性が高い。
そう考えると、歪んだシスコンと呼ばれるのもなんとなく理解できる。
(アルンバルトさんの言葉をどこまで信用できるかは怪しいけれど、得られる情報は多そうね。……)
彼なら知っているだろうか。
私は呼吸を整え、その質問を口にする。
「アルンバルトさん、イベイタスさんが……忌み子と呼ばれるものを恨んでいるのは何故なのか知っていますか?」




