第15話 カミングアウト(後半はメリッサ視点)
それからしばらくして、お母様のお茶会に招かれる形でロジェッタ夫人が再び我が家を訪れた。
そんな夫人に連れられてやってきたのがレネだ。
なんでも本人が同行させてほしいとお願いしたらしい。
……あの時の返事を聞くためかしら。
お茶会はお母様とロジェッタ夫人のふたりだけで楽しむ予定らしく、私は侍女と共にレネを連れてお屋敷の案内をしてから自室で遊ぶという役を任された。
渡りに船なんだけれど――お母様のあの表情、私がレネを気にしているという誤解から妙な気を利かせてくれた気がする。
うーん、どこかで軌道修正しないとまずい気がするわ。
(けど私たちはまだ子供だし、お母様もそこまで本気にはしてないわよね。それよりもまず考えるべきは……)
レネへの返事だ。
そのためにはお父様の話をすることになるので、人に聞かれるのは避けたい。
そこで私はレネを自室に誘い、表向きは「好きな絵本を紹介するわね」ということにしておいた。自分の部屋なら指示すれば侍女は外に出てくれるし、お菓子を取ってきてもらうという名目で遠ざけることもできる。
そうして作り出した空間で一息ついてから、私は改めてレネを見た。
話し出そうとしたところでレネが「そうだ」と話を切り出す。
「知り合いの薬剤師に調合してもらったんだ。よかったら貰ってよ」
「……? これは?」
「胃薬。パーティーの時に痛そうにしてたから」
私はぎょっとする。
たしかに色んなことが重なりすぎて誕生日パーティーだっていうのに胃が痛かったし、なんなら何年も前から苛まれている症状ではあったけれど、上手く隠していたつもりだった。
だってこんな年齢の娘が胃痛で苦しんでるなんてお母様たちが心配するもの。
それを初対面の日に看破するなんて……さすがというか、なんというか……。
「あんなに痛そうなのに家族に言ってないってことは隠したいんでしょ。だからみんなには内緒であげようと思ったんだ。もちろん気味が悪かったら捨ててもいいよ」
たしかに他人から薬を貰うなんて怪しいなんてものじゃない。
けれど。
「……これから私があなたに向けるべき信用はこの比じゃないわ」
「――え、それって」
「ま、まずは話を聞いて」
私は深呼吸してから話し始める。
「私はあなたみたいに察しが良くないから、あなたのことはこれから少しずつ知っていく必要がある。信用するかどうかはそれから決めることになるわ。……それでも良ければ……協力してくれる?」
「もちろん!」
「怖いくらい即答ね!」
いや、本当に怖いわ。
これだけ純粋な善意なんて一周回って疑っちゃうわよ。
けれどそのせいで湧いてくる不安はお母様の言葉と、アルバボロス家の特徴に関する知識が抑えてくれた。
純粋な善意、って感じたけれどレネは自分自身の欲求のためにやっているのよね。
さあ、こうなったら一歩踏み出すも二歩踏み出すも同じ。
私は「他言無用よ」と念押しした上でレネに事情を話した。
お父様に命を狙われていること。
そして、かつてはお姉様にも命を狙われ、その裏でお祖父様からも命を狙われていること。
――この問題を全員になるべく知られないようにし、穏便に片をつけ、そして今まで通りの家族に戻りたいことを。
***
ヘルガは手のかからない子で、理解力も高く家族に配慮をできる子だった。
そんな子が率先して聞きたがった男の子の情報。
これはもしかしてもしかするのか、と秘密裏にロジェッタと交わした手紙で盛り上がり、今日は久しぶりにお茶会をしようという形で親友を我が家に招いた。
そこにレネ君がついてきたのは嬉しい誤算だった。
なんでもレネ君から一緒に行きたいと申し出たらしい。
脈ありよヘルガ! と娘がこの場にいたら手を握っていたところだわ。
ふたりが到着するなり私は案内という名目でヘルガにレネ君を任せ、自分はロジェッタと共にお茶会を始める。
もちろんお茶会という名の報告会だけれど。
ロジェッタとはアルバボロス家のお役目が次の世代、つまりロジェッタとその夫のラスティに移ってから、互いに話し合った上で疎遠になっていた。
大体十年ほど前の話だ。
世代交代の前後は周囲が荒れやすく、そこで何かあれば信用問題に発展する。
だからこそ今は親しくしすぎないように――優遇や情報の漏洩を疑われないようにしよう、と関係を整理したの。
しかし今は立場も落ち着き、良い機会だからと交流を再開した形だ。
それに私たちにはどんなものより優先すべき最優先事項があった。
「レネもヘルガちゃんのことをやたらと訊ねてくるのよ。家系魔法二つ持ちっていうのは私も夫も興味津々だけれど……それでもやっぱり、ね?」
「ね! ヘルガもレネ君について訊ねてきたし、それになにより……」
「なにより?」
「あれからなにかとため息をついたり、物思いに耽ったりしてるの」
これは絶対に恋だわ!
そう意気込むとロジェッタも「そうに違いないわ!」と同意した。さすが親友。
貴族間の婚姻はドロドロした理由がつきものだけど、ロジェッタの息子とならなんの問題もないわ。
小さな恋を全力で応援するわね、と。
私たちは屋敷のどこかにいる我が娘の健闘を祈って拳を握った。