【番外編】こんな孫には敵わない 前編
※本編の95話とその前後をイベイタス視点で見たエピソードです
該当話までの内容に触れています
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自室と、執務室。
その両方から妹、イレーナの墓が見えるようにしたのは愛情と恐怖からだ。
酷い妹だった。じつに酷い妹だった。
しかしそれでも切り捨てられず、恋に身を焦がし自身を認めてもらいたがりながら苦しむ様子の中に――幼い頃に私を慕っていた可愛らしい妹の面影を見てしまう。
悪い人間ではなかった。
ただ持って生まれた性質と巡り合わせが悪かったのだろう。今ならそう思える。
そんな兄としての気持ちと共に持っていたのが、忌み子の呪いへの恐怖だ。
イレーナの気質も、死に様も、振り撒いた不幸もすべて忌み子だったからこそだと当時は感じられた。
その呪いが私の身を、そしてヘーゼロッテ家そのものを潰そうとするのではないかと毎晩夢に見ては飛び起きたのを覚えている。
だからこそ墓をいつでも目に見える場所に置いて、日々見張り続けようと思ったわけだ。
むしろ遠ざけたほうが精神には良かったのかもしれない。
時には目を背け、心を休める時間が必要だった。
しかし私はそれよりもおかしなことが起こらないように――呪いが我が家を襲わないように見張っているほうが心安らぐと考えたのだ。
愚かなことだ。
なにせそのせいで墓を見るたびに妹の死に顔を思い出し、新鮮な記憶として上書きすることになったのだから。
そして結局耐えきれず、木々を植えて執務室からは見えないように目隠しをした。
やっと目を背けることを覚え始めた時に現れたのが、孫娘のヘルガだ。
幼い頃から天真爛漫で聡い子供だったが、それが『忌み子だからではないか』と思えて背筋がぞっとした。あの頃の私には良いことでも悪いことでもすべて忌み子である証拠のように見えていたようだ。
他と違うからこそ忌み子の異常性の発露に見える。
これはもはや呪いだった。
それはヘルガが家系魔法をふたつ有していると判明した時から更に加速し、孫娘の殺害を決意するに至った。
そんなことは犯罪に他ならないと理解していたからこそ、老い先短い私が最後にやるべき使命のように思えたのである。このままヘーゼロッテ家に火種を……隠居した私が犯罪を犯すよりも大きな火種を残すわけにはいかないと焦っていた。
結局それは意味のないことであり、叶えられるのは私の願いではなくマクベスの願いだということがわかったわけだが――当時の私は、今の私にも説得できなかっただろう。
しかしヘルガは挫けなかった。
メラリァを本心から慕い、明るく振る舞い、真っ直ぐ育った。
その一方でふたつの家系魔法を上手く使うようになり、それが異常にも見える。
ヘルガをどう見ることが正解なのかわからなくなってしまった。
――私はヘルガに様々な面影を見ていたのだ。他者の面影を重ねて見るのは私の癖のようなものだった。狂ったイレーナに昔の面影を垣間見ていたのもそのせいかもしれない。
ヘルガはイレーナのようだった。
ヘーゼロッテ家の特徴を持たない姿も、……緑色の瞳も。
この目はアロウズから引き継いだものだ。しかしイレーナの緑の瞳と重ねて見てしまうことも多々あった。
そんな時は、イレーナがヘルガ越しに私を見ていたのだ。
ヘルガはメリッサのようだった。
活発な面を覗かせたり、それでいて可愛らしい趣味を持っているところ、そしてどこか抜けているところも。メリッサが幼い頃から何度凄まじい転び方を目にしてきたかわからない。
ヘルガも一瞬メリッサを見ているような錯覚に陥る転び方をしたことがある。
注意力が足らないせいだ。気をつけなさい。――そんな、普通の祖父のようなことも思った。
しかしヘルガはそのどちらでもない。
ヘルガはヘルガであり、自分を殺害しようとしていた姉も父も祖父でさえも赦し、マクベスの死に心を痛めるような娘だった。
イレーナなら悲劇を味わいながら想い人の心を掴むための武器にしただろう。
メリッサなら心は痛めても犯罪者だと割り切り、弔う発想も出なかっただろう。
まったくの別の人間であるヘルガがそこにはいた。
そう理解した時、ああ、この孫娘には敵わないなと内心で降参したのである。
私もマクベスも、早くこのことに気づけていれば別の未来があったのかもしれない。しかし私は忌み子を恐れてヘルガを見ず、マクベスはヘーゼロッテ家を憎んでヘルガを見ていなかった。
最後にはふたりのうち私だけ救われたような形だ。
これはただの運であり、これからの幸せを享受することは――じつに罪深いことのように感じられた。しかしそれを口にすればヘルガが苦しむことはアロウズの件ではっきりしている。
そんなことをこれからの『夢』を語りながら考える。
(だが、まあ……)
それは時間が解決してくれるだろう。
同時にそうも思いながら、私は家族と夕食をとった後にとある人物を呼び出した。
微妙な立場にいる私に突然呼び出されてもまったく動じていないその人物は、ヘルガと婚約したアルバボロス家の三男、レネ・アルバボロスだ。
やはりいつ見てもカガール公爵とよく似ている。
以前よりも成長しており更にそう感じる土壌が育っていた。
――そんなことを思ってしまうこれも、先ほど挙げた私の悪い癖だ。
レネは「僕になにかご用ですか?」と訊ねる。
私から見れば将来の義理の孫だ。そんな青年に伝えるのは心苦しいが、しかし伝えるなら彼しかいないという気持ちも持っている。
だからこそ、私は言い淀むことなく口にすることができた。
「ヘルガにはああ言ったが――きっと、罪を償い終わった頃には私の寿命はもうほとんど残っていないだろう」