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第1話 みんな、もうちょっと上手く隠して! 【★】

 被害者は加害者にもなる。

 そのどちらか片方にしかならないわけじゃない。


 炎で木が爆ぜる音を耳にしながら私はそう強く思った。

 そんな中、苦しげな呼吸の合間に絞り出したような声が耳に届く。


「……今は、あなたの命なんて、もういりませんよ」


 その瞳にはもう光がなかったけれど、私の顔をしっかりと見据えていることだけははっきりとわかった。

 どんな言葉が続くかわからず、思わず目を逸らしそうになったけれど、これは私が聞くべき言葉だと思い直して耳を傾ける。


 そうして『彼』の言葉を聞き終え、私はその瞼をそっと撫でるように下ろした。

 お疲れさまも、ごめんなさいも、責める言葉も憐みの言葉も、ここで発すべきじゃない。


 そう感じながら――私はこれまでのことを振り返る。

 生き残りたくて、そして家族を諦めたくなくて、大事な人とこれからも生きたくて足掻いてきた慌ただしくも大切な日々のことを。


     ***


 輪廻転生は信じていなかった。


 しかし夢を掴めず就職の機会を逃し、フルタイムで働くも貯金もままならない。

 そんな冴えない人生の記憶を持ったまま、こうして公爵家次女として食事をとっている『今』を見る限り、生き物は生まれ変わるという話は本当だったらしい。


 でも私は同じ世界で生まれ変わることができなかった。

 元の輪廻の輪を脱線して辿り着いたのは、海沿いの大国アシュガルド。

 その国の公爵家に生まれた私はヘルガ・ヘーゼロッテとして七歳まで生きてきた。


 ここは異世界、というものなんだろう。

 小さな頃は外の世界を知らなくていまいち実感が持てなかったけれど、最近は外へ出る機会も増えて日本との違いを感じるようになってきた。


 それでも今のところお金の心配はしなくていいし、異世界の文化というものにも興味がある。しかもまだちゃんと見たことはないけれど魔法も存在しているらしい。

 ついでに今世の外見は控えめに言ったとしても美少女で、未だに自分じゃないみたいと感じる点以外は難点がない。


 クリーム色に近い金髪、緑色の瞳は父親と同じ。

 上にひとりいる姉は母と同じ赤い髪にオレンジの瞳。

 父と母は仲が良く、無口だけれど優しい笑顔のお祖父様もいる。家族仲も良好だ。


 ――これは今度こそ順風満帆な人生を送れるんじゃない?


 そう期待に胸膨らませていられたのも、七歳の誕生日を迎えるまでだった。



 まずアロウズお父様!

 誕生日パーティーが始まるというのに姿が見えない。そこで部屋まで迎えに行ったら、珍しく机の『開かずのひきだし』が開いていた。

 このひきだしは普段は鍵がかかっていて、誰も中を見ることができなかったもの。

 よく見たら机の上に鍵が置きっぱなしになっていて、これがただの閉め忘れ……うっかりだということがわかった。


 思わず好奇心に駆られて覗き込んだ私が悪い。

 でもひきだしの中にしまわれていた手紙に私の名前を見つけたからには伸ばす手を止めることはできなかった。

 手紙はお父様の親族からのもの。

 でも私たち家族に知らされてる親族じゃなかった。


 なんとお父様はその昔ヘーゼロッテ家に没落させられた一族の出身で、復讐のため身分を偽り我が家に潜り込んだ復讐者だったのだ。

 ……この手紙、本当は書きかけの小説なんじゃ?

 そう何度も思ったけれど筆跡がお父様と違うし、さすがに――次女が成人したら、その晴れ舞台で見せしめに殺すのが復讐だ、なんてフィクションでもやめてほしい。


「お父様、なんでこんなものを隠してあるのにうっかり鍵をかけ忘れちゃうの!?」


 私が密かにそう嘆いたのは言うまでもない。



 そして次にメラリァお姉様!

 私より三歳年上で十歳になるお姉様は極度のファザコンだった。

 そんな姉に気を遣って私はなるべくお姉様の前でお父様に甘えることはしなかったのだけれど、それでも許せないことがあったらしい。


 アシュガルドでは七歳になると専門家が訪れて魔法の特性チェックが行なわれる。


 お姉様の時はあまり結果が芳しくなかったらしく、お母様の家系魔法……遺伝で受け継がれる魔法を使える兆候も見られなかった。

 お父様は婿養子としてこの家に入る過程で家系魔法を封じられているので、そちらは無理でも母方はもしかして、と期待されていただけに周囲の落胆は大きかった。

 当のお姉様はお父様の家系魔法を受け継ぐことが最初からありえないと知らなかったらしく、そこで大いに荒れて大変だったのを覚えている。


 私が七歳になり、パーティーの後に適性検査が行なわれた結果――なぜか私は母方と父方両方の家系魔法を受け継いでいるとわかり、これはこれでちょっとした騒ぎになった。

 理由や詳細は私も混乱していてその時はわからなかったけれど、お姉様の年齢に似つかわしくない憎しみの籠もった目は覚えてる。

 他者からの殺意というものを前世も含めて初めて感じた。


 一番の問題はひと段落ついた後、廊下の曲がり角でお姉様とお祖父様の話し声が聞こえてきたこと。

 なんでもお姉様は私ばかりお父様からの賜り物、要するに髪色や目の色、家系魔法を貰っていてズルいと恨んでいたらしい。

 そこで元々の我儘な性格もあり、十歳らしからぬ計画を練っていた。

 今は無理だが、自分が成人したら金を積んで妹の暗殺を頼むのだ、と。


「お姉様、なんでそんな物騒な計画を人払いもしてない所で口に出しちゃうの!?」


 十歳には難しいことかもしれないけれど、その辺にもう少し気を遣ってほしいと思わずにはいられなかった。



 そして曲者なのがこの時お姉様の話を聞いていたのに注意をするでもなく、それどころか後押ししていたイベイタスお祖父様!


 無口だと思っていたお祖父様はじつは私と話そうとしていなかっただけで、にこにこした顔は生まれつきだったらしい。

 心の中ではずっと私のことを忌み子だと嫌っていて、社交界デビューをする前に事故に見せかけて殺そうと考えていた……と、側近のマクベスさんと話しているのを中庭で聞いてしまった。


 私のどこが忌み子?

 そもそも何を指して忌み子と呼んでるの?


 まずそこが気になって屋敷にある書庫に忍び込んで色々と調べてみたのだけれど、どこにも記述がない。

 家系魔法を両方持っているせいかとも思ったけれど、どうやらこれが発覚する前から――なんなら私が生まれた頃からお祖父様は忌避していたみたいで、余計に混乱してしまった。

 色んなことの連続で混乱した頭を冷やそうと中庭に出たのに、とんだ二次災害だ。


「お祖父様! とりあえずいくら側近を信頼してるからって、中庭で声も潜めずにセンシティブな話をしないで!?」


 お祖父様とお姉様のうっかりポイントに血の繋がりを感じるわ。

 お父様だって何度考えてもうっかりすぎるし、三人とも罪もないメイドさんとかが知っちゃったら消されそうなことを簡単にバラさないでほしい。

 今のところお母様だけは根っからの良い人みたいで、しっかり者ながら少し親バカだけれど家族みんなのことを気にかけてくれていた。


 でもこのままじゃ――圧倒的集中砲火で殺される!


 幸いにもそれぞれ残りのふたりも私を本気で殺そうと思っていることは知らないようだから、お父様、お姉様、お祖父様が私を嫌っている要因を取り除いて家族としてやり直せるか試してみたい。

 本当は証拠を集めて出るところに出るべきなのかもしれないけれど、これでも七年間家族として過ごしてきたんだから、試せることは試してからにしたいと思った。


 これは私に対する、私のわがままだ。

 今の家族を立て直して、今度こそ順風満帆な人生を送るのよ。


 そんなこんなでヘルガ・ヘーゼロッテの平和な生活は終わりを迎え、家族に殺されないよう模索する生活が始まったのだった。






挿絵(By みてみん)

ヘルガ(絵:縁代まと)


※イラストがリンクのみの場合は左上の「表示調整」から挿絵を表示するにチェックを入れると見えるようになります(みてみんメンテ時を除く)

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