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第4話 リスペクトの気持ちを忘れないために

私は、デスクに向かってじっと考え込んでいた。


そもそも、どうして私はいつも後輩の真山くんの意見を否定し、自分こそが正しいという態度をとっていたのか。

過去の自分の行動を思い出し始めた。


私は新卒で入社した1年後、初めての後輩に対して「君付け」で呼び、タメ口で話していた。

どこか、学生時代の部活の延長のような感覚だった。


「○○くん、このタスク、明日までにできる?」


そんなふうに、軽い口調で指示を出していた。

しかし、後輩ができてから2年ほど経過したある日、私のその姿勢に対して、上司から指摘された。


「お前、その接し方、後輩の成長にとってマイナスになってるぞ」


厳しい言葉だった。

そしてさらに続いた。


「呼び捨てにして、甘やかすな。ちゃんと命令して、もっと厳しく接しろ」


学生時代から一度も後輩のことを呼び捨てしたことのなかった私にとって、それは抵抗があった。

でも、上司の指示には逆らえず、しぶしぶ呼び捨てして命令するように変えた。


「○○、このタスク、明日までにやって」


最初は凄く抵抗があった。

けれど、何週間も続けるうちに、次第に慣れてしまった。

そして、それを何年も継続するうちに、呼び捨てと命令口調に引っ張られて、無意識のうちに後輩が下で、自分の方が上だと勘違いするようになっていた。

この頃から、後輩の良い面を見つけたり、後輩から学ぼうとする姿勢は薄れていたと思う。


その後、その上司は別の部署に異動になった。

私はすぐに、呼び捨てをやめ、「君付け」に戻した。


でも、それはただ言葉づかいを元に戻しただけだった。

その数年間で染み付いた私の内面は変わっていなかった。

後輩を対等なビジネスパートナーとして見ることができず、どこかで見下していた。

真山くんとのペアプログラミングで、それが露骨に表れてしまったのだ。


(見下している相手と信頼関係なんて作れるはずがないじゃないか・・・)


さらに、思い出す。

もっと恥ずかしい過去の自分を。


後輩に対して、

「こんな常識的なことも知らないの?」

と、心ない言葉を吐いたことがあった。


今振り返れば、それは「自分の常識」を絶対視していた、狭い視野の言動だった。

自分にとって当たり前でも、それが相手や業界全体で当たり前ではないかもしれない。

それに気づかず、自分の物差しだけで相手を測っていた。


私が新人の頃は、社内のベテランのエンジニアの方が若手エンジニアよりも、あるゆる面で知識も技術も勝っていた。

しかし、技術の細分化・専門化が進んだ2019年の現在は、ベテランの知らない技術を若手が知っている事なんて頻繁にある。

だからこそ、後輩にもリスペクトの気持ちで接して、学びを得ようという真摯な姿勢が大切だ。

にもかかわらず、私は古い常識に縛られて、成長を止めていたのだ。


(自分の常識にしがみついていては、時代に取り残される)


強烈な危機感が、胸を締め付けた。


(変わろう)


私は、心の底からそう思った。


誰に対しても、リスペクトの気持ちを持とう。


敬語で話す。

「さん付け」で呼ぶ。

相手の意見を最後まで聴く。

知らないことを恥じず、素直に学ぶ。

そして、自分の常識を押し付けない。


―――――――翌朝。


私は深呼吸をしてから、真山くん――いや、真山さんのデスクへ向かった。


「おはようございます、真山さん」


声がわずかに震えたが、ちゃんと出た。

真山さんは、一瞬驚いた顔をした。

それもそのはずだ。

昨日までタメ口だった私が、急に「さん付け」で敬語を使ったのだから。


「えっと……おはようございます」


戸惑ったように返してくれる。

私はすぐに続けた。


「すみません、急に呼び方とか話し方とか変わって、びっくりしますよね。

ちょっと、説明させてもらってもいいですか?」


真山さんは、少し目を丸くしてから、コクンとうなずいた。

私は深く頭を下げた。


「昨日のペアプログラミングで、私、真山さんの意見をちゃんと聴けていませんでした。

それで、自分の態度を反省しました。

今まで、無意識に後輩に対して偉そうにしてしまっていたことにも気づきました。

だからこれからは、ちゃんとリスペクトを持って、

対等な立場で、一緒に開発していきたいんです。

その気持ちを忘れないために、今日から『さん付け』と敬語で話すことにしました」


言い終わったあと、私は真山さんの表情をうかがった。

真山さんは、少しだけ驚いた顔をして――それから、ふっと微笑んだ。


「そんなふうに思ってくれたんですね。

……ありがとうございます。僕も、もっと意見を言えるように頑張ります」


その言葉を聞いた瞬間、胸の奥に温かいものが広がった。

私は、笑顔で答えた。


「こちらこそ、よろしくお願いします!」


こうして、私たちは机に並んで座り直した。

今度こそ、対等に。

リスペクトを忘れずに。


本当のペアプログラミングが、ここから始まる。

次回は5月中公開予定です。

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