第3話 無意識に相手のことを下に見ていた
「モブプログラミングがうまくいったんだから、真山くんとのペアプログラミングだってうまくいくはずだ」
さきほどテックサークルの活動として同期3人で想定以上の成果を成し遂げた成功体験を得て、私はそう確信していた。
ペアプログラミングやモブプログラミングの大きなメリットは4つある。
1つめは、複数人で議論して知恵を出し合うことで、最良の選択肢を選ぶ確率が高くなるということ。
2つめは、PCを操作している人と比べて、見ている人は俯瞰した視点になり、1人だと気付きにくい問題が見つけやすくなること。
3つめは、仕様や設計を決める時の思考過程などの暗黙知を共有できること。
4つめは、人と一緒にワイワイ会話しながら作ることが楽しいこと。楽しいからこそ、集中力して高い生産性を発揮できた。
これだけのメリットがあるならば、真山くんとのペアプログラミングも、同じようにうまくいくに違いない。
「真山くん、さっそくペアプログラミングをやってみようか」
そう声をかけて、私と真山くんは、並んで座り、同じ画面を見つめた。
最初は順調だった。
「ここは非同期処理にした方がいいですよね?」
「うん、そうだね」
最初のやりとりはスムーズで、2人で協力してコードは着実に組み上がっていった。
でも、しばらくすると、徐々に私が主導権を持つようになった。
「ん? ここ、処理の流れ的にちょっと変じゃない?」
「あ、そうですか? でも、こうしたほうが・・・」
「いや、違うよ。こういうふうに考えたほうがいいんだよ」
そう言って、私はコードの修正を促した。真山くんは素直にそれを受け入れた。
それが何度も続いた。
「違うよ、そうじゃなくて・・・」
私は、なるべく丁寧に伝えていたつもりだった。でも、気づけば「違うよ」の言葉ばかり口にしていた。
そのうち、真山くんは何か言いかけて、やめるようになった。
(まぁ、大丈夫だろう。ちゃんと説明しているんだから)
そう思いながら、私は作業を続けた。
そうして私が想定していた通りの時間で機能が完成した。
真山くんに、設計の考え方や様々な暗黙知を伝えることもでき、私はペアプログラミングの効果に満足していた。
しかし、その翌日、テストで問題が発覚した。
昨日、ペアプログラミングで作った部分が、致命的なバグを引き起こしていた。
機能は動いているように見えて、実は処理が漏れていた。
「これは・・・まずいな」
私は焦った。どうしてこんな単純なミスを見逃してしまったんだろう?
ふと横を見ると、真山くんが困ったような顔をしていた。
「やっぱり・・・」
彼は小さくつぶやいた。
その一言が、私の胸をざわつかせた。
(もしかして・・・真山くん、気づいてた?)
私は一気に冷や汗をかいた。昨日、真山くんは何か言いかけていた。
そのとき、私はちゃんと耳を傾けただろうか?
いや、違う。
私は自分の考えを押し付けることばかりしていた。
彼の言葉を最後まで聞こうとすらしていなかった。
(私は、何をやっているんだ)
私が想定していた通りの時間で機能が完成したのは当たり前だ。
なぜなら、結局、私が一人でプログラミングをしていたことと同じだからだ。
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その夜、私はエンジニアコミュニティのオンライン飲み会に参加していた。
「いやぁ、今日はやらかしましたよ・・・」
私は素直に今日のことを話した。
「ペアプロしたんですけど、後輩の意見を全然聞いてなくて。結局バグを出して・・・。なんか、私が自分の意見を押し付けてばっかりだった気がするんですよね」
「あるある」
「わかるなぁ、それ」
経験者たちが笑いながら共感してくれたのが、逆に胸に刺さった。
そのとき、ふと気づいたことがあった。
(あれ?そういえば、私はこのコミュニティでは年下のメンバーにも敬語で話してるな)
なんとなく当たり前にそうしていた。
でも、仕事ではどうだろう?
「みんな、職場の後輩にも敬語使ってます?」
「使いますよ、普通に」
「相手の年齢で言葉づかいを変えないですね」
その場にいた8人のうち、自分以外の全員が後輩に敬語を使っていた。
今まで自分の会社で当たり前だったことが、世間では異常なことだったような気がして、私は血の気が引く思いがした。
その後、私はオンライン飲み会からそうそうに抜けて、一人で今までの行動を振り返った。
私は真山くんに対して、ずっとタメ口で話していた。
「違うよ、それはこうするべき」
真山くんの言葉に対して、私はいつもそれを否定し、自分こそが正しいというスタンスだった。
真山くんよりも、圧倒的に自分の方が優れていると思い込んでいた。
自分の方が上、相手の方が「下の存在」として考えていたのだ。
だから、真山くんは言いかけた言葉を飲み込んだのではないか?
心臓がドクンと鳴った。
そのとき、不意に水樹奈々さんの Pray という曲が頭の中に鳴り響いた。
なぜかいつも、逆境になるとその曲が頭の中に流れ始める。
そして、前に向かって信じて進もうという気持ちがあふれてくる。
頭の中で鳴り響く曲の1番が終わり、2番への間奏となる頃、私の覚悟は決まっていた。
今までの自分の言動は、恥ずべきものであったと自覚した。
そして、ようやく見つけたのだ――――
――――真山くんとのペアプログラミングを成功させる方法を。