下準備
ノアの天候予測では、一週間後の昼から、八日目の夕方から夜にかけて一時的に雲間が切れるとのことだった。
それまではしばらく土砂降りが続き、そこから先も悪天候が続く予想となっている。
つまりその日をおいて他に開催するチャンスはないと言っても良かった。
すぐに招待状を送る手筈を整えると同時に、一体誰にどんな内容で送るかも問題であった。
「そこで……君たちに頼みたいのは伝言役だ」
「伝言役?」
すっかりかき氷を平らげたあと、鳥人の少女たちは、スプーンを咥えたままキョトン、と首を傾げた。
「ああ、これから一週間後に、各種族の長たちを集めて大きな集会を行う。そのことを皆に伝えて回って欲しいんだ。この過酷な密林の中でも、君たちなら歩く必要もなく翼でひとっ飛びで向かえるだろ?」
「う~ん……それは確かに出来るけど……。あんまり他の種族に羽根の安売りはするなって女王様に言われてるの」
少女たちは渋るような態度を見せる。
もしかしたら、過去にも鳥人族が使い走りのようにされていたことがあったのかも知れない。
彼女たちにとっては空を飛ぶと言うことは、地上に住む者が足で歩くのと同じできっと大した手間ではないのだろう。
だからと言って、羽根を持たない他の種族が軽々しく頼んでいいものでもない。きちんとした対価は払うべきだとダンは考えた。
「もちろん、引き受けてくれたらお礼はする。君たちは何が必要だ? あまりこの地のお金には宛てがないが……食料の類なら何とかなるとは思う」
「えーっとね、それじゃあ……"火の通った料理"を食べさせてほしいっ!」
ダンの言葉に、少女たちの一人、カーラがそう元気よく答える。
「火の通った料理……? そんなものでいいのか?」
「うん! だってわたしたち、この手だから料理できないでしょ? 火なんて使って羽根に燃え移ったら大変なことになるし……。だから、火を使った温かい料理は、わたしたちにとってはそれだけで凄いごちそうなのよ!」
そう鳥人の少女たちは、バサリと両手の翼をはためかせる。
それを見て、ダンはなるほど、と納得する。
確かに、彼女たちの羽毛に覆われた手では人間や獣人のような手先を使う日常生活は困難だろう。もしかしたら普段は、森の恵みをそのまま生で食べて生活しているのかも知れない。
この魔性の森で圧倒的に生存に有利な鳥人の羽根も、実際には生活の不便さと引き換えにしたものなのだ。
「ふむ……それじゃあ君たちには、その長同士の集会の後で行う、歓迎の宴会に招待しようか。本来、受け入れ人数の関係で各種族の代表者三名しか呼ばないつもりだったが、君たちは特別協力者枠だ。もちろん、そこでは豪勢な料理を出すつもりだから、楽しみにしていてくれ」
「やった~!」
「宴会すき!」
「でもえらい人たちと一緒は緊張するかも~」
そう口々に言いながらも、鳥人の少女たちは満足げに頷く。
それからダンは改めてエリシャの方を見やる。
「招待状に関しては、彼女たちが問題なく届けてくれるそうです。それで、どの種族を招待するかに関してですが……」
「ええ。今のところ考えておるのが……まずは、耳長族と鉱石人の妖精種。次に有角族、鬼族、吸血鬼の魔人種。あとは鳥人、蛇人、蜥蜴人、獣人の三族長の亜人種を招待する予定でございます」
「……ん? 待ってください。獣人族だけ招待枠が三人分も必要なんですか?」
淡々と種族名を読み上げる中で、ふと気づいたダンはそう尋ねる。
エリシャがそんなことをするとは思えないが、同じ獣人だからと言って贔屓していることがあるのだろうか?
ダンは疑念を抱く。
「はい。実は……この魔性の森全体の種族の中で、圧倒的多数なのが獣人族なのです。獣人はあまりにその数が多すぎて、一か所にまとめきれず、それぞれ東西南北の四か所に分かれております。我らが住んでいたのは西の獣人の郷で、その数は四氏族の中でも最も少なくなっております。帝国との戦いに最も晒されたのが我ら西の獣人なので、その分戦士たちの質は高くなっておるのですが……頭数で言うなら他の勢力とは比べ物になりませぬな」
「なるほど……そう言うことだったんですね」
一応の理解は出来た。
恐らく同じ種族だからと言って、獣人で一括りに出来るような数ではないのだろう。
三族長、ということは西以外の東南北の獣人の代表を招くつもりなのかも知れない。
「それと……本来は獣人は四氏族なのですが、先の襲撃で我ら西の獣人は余りにもその数を減らしすぎました。もはや一勢力と見なすことは出来ますまい。それに、郷を守り切れず、今はダン様の庇護下にある身でありながら、ダン様と同じ卓について対等に意見を申すことなど出来ませぬ。……よって、今回我らは長としての出席は辞退させて頂きたく存じます」
エリシャはそう申し立てる。
「私はそんなこと気にしませんが……。それにあなたたち西の獣人は、常に人間の最前線で脅威に晒されてきたこともある。それで郷が被害を受けたからと言って、平等な発言権まで奪われるのは不公平ではないですか?」
「いえ、我らは既にこうしてダン様の庇護を受け、直接助言出来る栄誉を賜っております。それに、曾孫らもこうして傍において下さっております。ロンゾなども、ダン様の舎弟であることを随分自慢しておりましたからな。もはや充分に報いて頂いて、これ以上を求めるのは欲というものです」
そう言ってエリシャは、リラの頭を撫でながら目を細める。
エリシャは確かにこの付近の知恵袋として、ダンも非常に頼りにしている。博識で物の見方も公平なので、信用できる情報源としても申し分ないのだ。
リラとシャットに関しては、最初にこの星で出会った現地人として交流を深めてきたことで、可愛がっている姪っ子のような感覚で馴染んでしまっていた。
「ロンゾ君に関しては彼が勝手に言っているだけなんですが……。まあ、そういうことなら分かりました。それでは、全部で十一種族の代表者を招待する、ということでよろしかったでしょうか?」
「いえ……、我ら西の獣人が抜ける代わりに、ある種族を推薦したく思います」
「ほう?」
その思わせぶりな言葉に、ダンは耳を傾ける。
「……それは緑鬼族にございます。彼らは魔性の森の南東に住み、それなりにまとまった数がおり、武勇に優れた種族にございます」
「ふむ。聞く限りは特に他と変わりはなさそうですが……別個に推薦すると言うのは、彼らを呼ぶことで何か問題があるということですか?」
ダンは、エリシャの態度からそう推測する。
「……はい。緑鬼族は、その醜い見た目と悪臭から、人間からもこの魔性の森に住まう同胞たちからも蛇蝎のごとく嫌われています。また、獣人や耳長など、見た目が人間に近しい種族を好んで犯して孕ませるという噂もあり、その悪評に拍車がかかっています」
「ほう。ですが……その口ぶりからして、それは真実ではないということですね?」
それが事実だったら、エリシャは間違っても推薦などしないだろう。
ダンもそんなならず者のような種族を隣人として尊重する気はない。
「ええ。実際には彼らは義勇を重んじ、名誉と家族を大切にする武人の種族です。わしはこれで若いころは女戦士をやっており、彼らと刃を交えたり、時に共に戦ったりもして分かりました。彼らはその醜い見た目と印象から、長い間迫害を受けてきただけなのです。……そもそも子を孕ませるのも、緑鬼の中にも雌がおり、わざわざ異種族の胎を借りる必要などないのです。彼らにまつわる悪評は、そのほとんどが見た目と悪臭、そして彼ら自身が非常に寡黙で口下手なことから、尾ひれがついて伝わったものと確信しております」
「なるほど……それで、今回の部族長会議で彼らを呼び、名誉を挽回させたいと?」
「その通りです。ダン様の都合も聞かず、私情を挟んで大変申し訳なく思いますが……」
そう言ってエリシャは深く頭を下げる。
「いえ……そういうことなら、是非その緑鬼族を招待しましょう。私はこの地を、無理解からくる差別や迫害から解放された場所にしたい。調和を重んじるすべての種族がこの地で暮らし、豊かで幸せに過ごせる楽園を目指しているのです。なので、そういう迫害を受けた種族こそ参加するにふさわしいでしょう」
「お、おお……ありがとうございます。これで、かの種族に対する恩義を返せます」
エリシャは深々と頭を下げる。
彼女はかつて若い時代に、緑鬼族に命を助けられ、その集落で保護されたことがあった。
当時は、戦で傷ついて抵抗もままならない体で、一体どのような酷い目にあわされるかと警戒していたが、実際には彼女は何もされず怪我の治療まで受けて手厚くもてなされたのだ。
その時の緑鬼族の無口だが働き者で朴訥な人柄と、当時少なかった女戦士に対して、性別や種族に関わらず武勇のみを公平に評価する気風に深く感銘を受けた。
――しかし、彼女が緑鬼の戦士たちに見送りを受けて、郷に帰還を果たしたとき、郷の仲間たちは感謝どころか、あろうことか見送ってくれた彼らに向かって矢を射かけたのだ。
よくも仲間を穢してくれたな、と叫んでいきり立つ同胞たちを慌てて止めた頃には、緑鬼の戦士たちの姿はなかった。
そのやるせなさと、森の奥に帰っていく緑鬼族の戦士たちの寂しげな背中が、エリシャの心にずっと棘のように刺さっていた。
だが今、ようやくその積年の棘を抜く機会が訪れたのだ。
「それでは、この十二の部族長を招待する、ということでよろしいですか?」
その言葉にエリシャは大きく頷く。
「ええ。……本来はこの魔性の森には、この数倍以上の種族が住んでおると言われておりまする。全容はここに五十年以上住むこのわしですら把握しておりませぬ。流石にそれらをすべて呼び寄せるわけにはいきますまい。なので、影響力があり、数もそれなりに揃った種族に限定して選ばせていただきました」
「それでいいでしょう。この選から漏れた別の種族たちには、また折を見て交流を深めていくことにいたしましょう。別にこれが最後という訳ではありませんから」
その言葉に、エリシャは頷いて更に続ける。
「それと招待状ですが……一目でダン様のお力を分かりやすく知らしめるようなものがよろしいでしょう。その方が、長の方々も興味を惹かれ、多少無理してでもダン様がどういった人物か見極めようと出席するはずです。それに、初めからダン様のお力がある程度分かっていた方が、侮った態度を取られることもないかと」
「なるほど……確かにそれは一理ありますね。しかし一目で相手に力を知らしめるような招待状、ですか。他では真似できない、私にしか出来ないものとなると……」
ダンは思わず考え込む。
逆に難しい注文であった。
地球では基本的に連絡はすべて通信で行い、招待状などという紙媒体で情報をやり取りする機会などほぼなかったからだ。
アナログに過ぎてかえって面倒だが、相手側に通信機器がない以上、やむを得ない部分もあった。
「……いや、待てよ。あれをそのまま行かせればいいのか。ノア、確かビットアイにはホログラム投影機能があったな?」
『はい。本機艤装のビットアイには、"レーザー交差"によるホログラム機能が搭載されており、一機からでも照射は可能です』
ノアは平坦な声でそう答える。
ビットアイにはレーザー照射装置が搭載されており、それらのレーザー光を一斉に交差させて空気中にスクリーンを作り出し、立体映像を表示することが出来る。
ダンが最初に白き館に突入した際、最下層で見せられた砂漠のオアシスの映像もこのビットアイによるものであり、一機で相当な範囲のホログラムを出力することが可能だった。
「うん、ならそれでいこう。ホログラムの映像で直接日程と開催場所を伝えて、参加するよう要請したら、相手は度肝を抜かれてこちらに興味を持つんじゃないか? ……それで、被写体はエリシャ殿になって頂いても構いませんか?」
「わしがですか?」
その言葉に、エリシャは驚いたように己を指さす。
「ええ。ここ魔性の森でまだ顔も知られていない私がやるより、顔の利くエリシャ殿がやって頂いた方が通りが良いでしょう。また、人間である私では無用な反感を買ってしまうかも知れません。ここは森の民であるあなたに参加を呼び掛けていただきたいのです」
「……そう言うことでしたら是非もありませんな。ぜひ、この老体をお役立て下され」
エリシャはそう言って深々と頭を下げる。
「わたしたちはどうすればいいの?」
先ほどから話に着いていけていない、鳥人の少女カーラがそう尋ねる。
「君たちは、このビットアイと一緒に招待する種族の郷に赴いて、ここで見たものや感じたことを向こうの代表者の方に正直に伝えてくれ。この怪しい機械だけよりも、同じ森の民である君たちの話も一緒の方が、向こうも安心して聞けるはずだ」
「それだけでいいの? 分かった!」
元気よく返事をするカーラに、ダンはうん、と軽く頷く。
(あとは細かいところの調整だな……。正直思った以上の大事になってしまったが……ここに住むならいずれは通らなければならない道だ。侮られないよう、第一印象は大切にしなければ)
ダンはそんなことを考えながら、当日の会合について思考を巡らせた。




