天地に連なる者たち
「……それじゃあ、いくぞ」
ダンはそう言うと、コントローラーに視線を向ける。
指を触れた瞬間、金属板上に光が投影され、楔形文字で書かれたホログラムメニューが表示される。
既に頭の中には、ビットアイの操作方法や性能、塔の浮上のやり方まで、情報として流れ込んできている。
故に初めて扱うものでありながら、まるで最初から自分のもののように使いこなすことが出来ていた。
「万が一、これで建物が崩壊し始めたら、すぐにエレベーターの経路を昇って逃げよう」
「了解しました」
そんな会話を交わしたあと、ダンはメニューの中から、塔に関する操作項目を取り出し、『浮上』と書かれた文字に手をかざした。
次の瞬間――
ズゥゥゥゥゥン……
と、地面の底から駆動音が鳴り始め、ゴゴゴ、と地鳴りのような音が響く。
グラグラと激しく揺れながら、ゆっくりと地面が上昇を始めたのが分かった。
「随分と大掛かりな仕掛けだな……!」
ダンは床に捕まりながらそう感想を漏らす。
これも例によって反重力で持ち上げているのかも知れないが、それにしたって相当な出力である。
これほど大規模な物体を浮上させるとなると、消費するエネルギーも莫大となるのは間違いない。
ダンは床下に、核融合炉でもあるのではないかと思った。
「……ん? おかしいぞ、随分と登るな」
その違和感に、ダンは首を傾げる。
もう既に地上に到達するくらい上昇したはずだが、未だに止まる気配がない。
まさかこのままロケットみたいに宇宙空間に飛び出すんじゃないかと、ダンが危惧したその時――
ガコン!
と固い何かがハマるような音とともに、上昇が停止した。
そして、上昇が終わると同時に、ドーム型の室内の壁が開放され、外の風景が露わになった。
そこには――遥か地平線の彼方まで見通せる、上空の景色が広がっていた。
「……? どういうことだ? この部屋、確か最下層じゃなかったか? 塔がひっくり返った訳じゃあるまいし」
「どうやらこの階だけ、レールを通って地下200メートルから地上200メートルまで一気に上昇してきたようです」
「……下の階はどうなってるんだ?」
ダンがそう言って、手すりから身を乗り出して下を見やると、ワンフロアずつ組み立てて、この階の真下に組み込まれていくところであった。
「……なるほど、塔まるごと一本動かすのはとんでもないエネルギーがかかるから、レールに沿って一階ずつ上昇してるのか。理屈は分かるが……合体ロボみたいな建物だな」
ダンは呆れながら言う。
もしかしたら古代文明人なりの遊び心なのかも知れない。
塔の外壁はまるで研磨した象牙のように真っ白で、叩いた感じは金属のようではあるが、ダンを持ってしてもその材質の判別がつかない。
相変わらずワケの分からない技術力だと感心しながら、分析を諦め周辺の景色を見やる。
「……しかし、ここからの眺めは素晴らしいな。地球と違って周りに高い建物もないから彼方まで見通せる。リラの地図の情報によると、あそこ辺りに見えるのが帝国だという話だったか?」
ダンは、自分から見て右斜め前に見える、城壁に囲まれた地方都市を指差す。
リラから聞いて存在は知っていたが、実際に見るとまた感動もひとしおだった。
自分の知らない未開の星に、自分の知らない文明圏が存在するという事実に、ダンは置かれた状況も忘れて少年のように興奮していた。
「はい。正確にはこちらから約五二キロメートルほど先です。それとは逆に、十時の方角、約四〇キロ先に見えるのが、『ロムール王国』という国家だそうです」
「ふむ……ということはあれが首都か。話には聞いていたが都市国家というべき小さな国なんだな。帝国の地方都市と大して変わらんぞ」
そう素直な感想を述べる。
どちらも規模は大して変わらないが、遠目からはロムール王国のほうが建物は洗練されているように見える。
帝国側は非常に城壁を高く作り、魔性の森側に、投石機などの兵器を向けていることから、好戦的な軍事国家のような印象を受けた。
「予想通り、どちらも地球で言う十三世紀くらいの文明だな」
ダンは二つの都市を見比べながら分析する。
「しかしこれは……目立つぞ。周囲にここまで高い建物はないし、遠目からでも視認されて騒ぎになりそうだ。下手に注目を集めて押し寄せて来られても困る」
「先程閲覧した情報によると、この塔にはカモフラージュ機能が搭載されているようです。それを使って偽装してみては如何でしょう?」
「うん、なるほど……その手があったか」
ノアの提案を受けて、ダンはすぐに端末から項目を見つけ出して実行する。
――すると、先程まで象牙のように真っ白だった塔が、周囲の景色に溶け込んで消えていく。
光学迷彩という技術は、地球においても既に実用化済みで、それほど驚くことではない。
だが、こんな巨大な建物を一個まるごとカモフラージュするという発想は、地球の常識にはなかったものだ。
内側から見たら何も変わっていないが、バルコニーに出て振り返って外壁を見てみると、塔は完全に空と森の景色と一体化していた。
「これなら問題はないな」
ダンはひと安心して塔の中に戻る。
実際には、この一連の出来事は付近の住人たちに目撃されており、白昼堂々いきなり塔が生えて、そして突然消えた謎の事件として、ちょっとした騒ぎとなっていた。
そんなことは露知らず、ダンは新たに手に入れた建造物の機能に夢中になっていた。
* * *
「どうだ、あったか?」
「はい、ここに」
二人は、塔の中のある場所を訪れていた。
ずっと探していた、ダンをここまで導いた"ワープスポット"、それは最上階のひとつ下の四階にあった。
広大な部屋の中心にアクリルで覆われた半径五〇メートルはある巨大な円の足場があり、その中に受信用のアンテナと、再構成装置らしきものが設置されていた。
「ここが……私をこの星に誘った場所か。装置自体は巨大だが、構造そのものは地球のものと似ているな」
ダンはそう言って、部屋の隅にある円筒状の端末に近づく。
「ここから遡れば、私が来た木星のワープポータルの座標を割り出せるはずだが……」
そう言って、ダンは端末を操作し始める。
ずらりと楔形文字が表示される端末のメニューの中に、該当する情報を見つけ出す。
しかし――
「……ダメだ。座標情報が壊れていて手が出せない。まあ分かったところで、距離は数十万光年だ。浦島太郎になるために、わざわざ戻る気もないがね」
ダンはため息を漏らす。
もし今座標が分かって、ワープ出来たとしても、最大速度が光速である以上、どう考えても二十万年以上は帰還に掛かる計算になる。
往復すると考えると四十万年である。
帰ったところで地球文明ごと無くなってる可能性すらあった。
「他の座標位置の情報を発見しました。もしかしたら、帰還の際の情報が含まれているかも知れません。表示しますか?」
ノアはそう提案する。
「なるほど、そうだな。少し調べてみるか」
更に端末を操作して、情報を割り出す。
有効な座標情報を見付けてそれを表示させると、ブォン、という音とともに、端末の前に惑星の形をしたホログラムが浮かび上がる。
「これは……まさかこの星の全体図か!?」
ダンはそれを食い入るように見つめる。
目の前で地球儀のようにゆっくり回りながら表示される惑星は、地球と同じ岩石惑星で、豊かな海と緑が湛えられていた。
しかし、その中の地形、島や大陸の形は地球のものとは似ても似つかない。
その惑星上に、それぞれ色の違う二つの光点が表示されていた。
一つは緑色の点――これは、恐らく現在地だろう。
先程塔の最上階で見た、周辺の地形と非常に良く似ている。
そしてもう一つの赤い点――
「これは……海の中か?」
それを見て、ダンは訝しげにそう呟く。
それは惑星のほぼ半分を占める洋上のど真ん中にあり、ゆっくりと海の中を移動しているように見えた。
ダンがそれを追い掛けて、ホログラム上に指を翳すと、
『エンキの館"エアブズ" 活動停止中』
と端的な情報が表示された。
「エンキの館……?」
「アヌンナキの運命を司る神々の一柱です。エアブズとは、古シュメール語で『水の館』を意味するエンキの神殿の名称です」
「なるほどな……」
ダンはそう呟くと、今度は自分の現在地を示す、緑色の点に指をかざす。
『ウトゥの館"エバッバル" 活動中』
すると、再び今度は違う情報が表示された。
「今度は活動中……つまり、この塔が地上に浮上した状態ということか?」
「恐らく、そのように思われます。なお、エバッバルとは、『白き館』を意味するウトゥの神殿の名称です」
ノアのその解説に頷きながら、ダンは座標データのリストを閲覧しながら言った。
「確か、アヌンナキは七人いるって話だったか。……もしかして、他の六つの場所もこうして起動しろってことなのか?」
「そう思われます。"帰り道を求めるなら、我ら七人の館を巡礼せよ"。遺跡の壁にはそう書かれておりました。恐らく巡礼とは、このように塔を浮上させることを意味すると思われます」
「なんて厄介な……またあの化け物みたいな歩行戦車と戦わなければならないのか。だが、ここの端末で位置情報だけは見られるだけ、闇雲に探し回るよりはマシか」
ダンはそう愚痴りながら、他の座標データも閲覧する。
そして、それぞれの場所をリスト化してまとめ上げた。
――――――――――
ウトゥの『白き館』――東大陸極東の"魔性の森"の内部。現在地。
エンキの『水の館』――南西の海中6000km地点、深度2000メートルを移動中。
イナンナの『天の館』――南大陸にある砂漠地帯の中心。
ニンフルサグの『高き屋根の館』――西大陸の活火山帯の中心。
エンリルの『山の館』――北大陸の端一万二千メートル峰の天辺。
ナンナの『畏怖の館』――不明。
アヌの『天と地の館』――不明。
――――――――――
最後二つに関しては、座標データを見ようとしても『権限なし』と表示されるだけで、閲覧出来なかった。
しかし、他五つの位置は分かった。
どこもかしこも、普通の人間なら一生かけてもたどり着けないような難所ばかりである。
過酷な環境だと思われていた、この『魔性の森』近辺が一番楽だと思えるほどだった。
しかし、他ならぬダンにならたどり着くことが出来る。
「う〜ん……宇宙船さえ直れば、すぐにでも向かうことが出来る場所もあるんだが」
「申し訳ありません。本機の修理は未だに目処が立っておらず、暗礁に乗り上げている状況です。特にエンジン部の損傷が著しく、鉄、ウラン、チタン、の不足。また電源部に関しましてはコバルト、ゴールド等の希少金属が不足しており、素材の補給がなければ修理に取り掛かれない状態です」
その呟きに、ノアが淡々と報告する。
「仕方ない……。君のせいではないしな。素材に関しては気長に探そう。この星にも鉱脈ぐらいはあるだろう」
ダンは改めて惑星を模したホログラムを見やる。
「こうしてみると……一つの大陸に一つずつアヌンナキの館がある訳か。ここからどこに向かうにしたって、海を超えることは必須だ。船が直るまでこの件は一旦保留だな」
そう結論付けたあと、二人はエレベーターに乗って、その部屋を後にする。
少なくとも今日は、ビットアイというとてつもない収穫があった。
それだけでも十分この塔に挑んだかいがあったというものだろう。
(未だ手付かずの謎は多い。だが……少なくとも情報収集の手は大幅に広がった。時間はいくらでもある。ゆっくり現状を把握していこう)
ダンはそんな事を考えながら、ノアとともに白き館を立ち去った。




