魔導の極み
その後、二人を残して船から出ると、兵士たちと魔性の森の戦士たちが、川から遺体を引き上げた後であった。
遺体はロムール、帝国、魔性の森にそれぞれ分けて並べられており、皆それぞれ遺体の顔を確認しながら検分していた。
「こいつ……鍛冶屋のマーカスさんとこの息子のトマスじゃねえか、俺が伝えないとダメなのかよ……気が重いなぁ」
「くそっ、帝国の奴らめ……!」
ロムール側からもそんな声が聞こえて来て、帝国から降った兵士たちは居心地悪そうにしている。
そんな中、エーリカが前に出て言った。
「死んでしまえばもう敵も味方もありません。恨みを捨てて、皆の魂の安息を祈りましょう」
そう言って、遺体の前で片膝を付いて祈るエーリカに、兵士たちも口を噤んでそれに倣う。
ダンも軍の様式に則り、戦死者たちに敬礼をする。
「皆……本当にご苦労だった。天から我らのことを見守ってくれ」
そう言って、略式ながら見送りを済ませると、ダンは船の格納庫の中に戦士たちの遺体を運び込む。
「ゾディアック様は遺体は持ち帰られるのですか?」
エーリカは不思議そうに尋ねる。
「ええ、皆魔性の森に帰りたがっているでしょうから。持ち帰って丁重に弔います」
「そうですか。私どももそう致します。幸いなことに運搬用の荷馬車は多めに持ってきていますので。ただ、帝国側は……」
そう言って、エーリカは帝国側の兵士たちの骸を見やる。
彼らはロムール側の死者よりも断然数が多い。基本的に攻勢より守勢の方が有利にも関わらず、数に任せて強引な侵略をしてきたので、こちらの倍以上の死者を出していた。
そして心情的にも、侵略しに来た彼らがロムール側で丁重に葬られるというのも、兵士たちは納得出来ないだろう。
「では、彼らの骸はここで焼き払いましょう。放置していても鳥獣が遺体を荒らすだけです。……ランドルフ殿下もそれで構いませんね?」
「やむを得ん……これも侵略した者の常じゃ。彼の者たちも我が国の愚かしさの犠牲者と言える。このランドルフが国を変える故に許されよ」
ランドルフがそう言ったあと、ダンに「お頼みします」と言って頭を下げる。
「分かりました。……ではノア、魔法で遺体を焼き払ってくれるか?」
「了解しました」
ダンがそう命じると、ノアは無表情に右手を翳したあと、指先から幾重にも重ねられた複雑な魔法陣を展開する。
この世界の魔法とは即ち、空気中に散布されたナノマシンによる運動と摩擦、振動エネルギーの活用である。
そのエネルギーの大元は演算能力にある。演算能力が高ければ高いほど、より多くのナノマシンに同時にアクセス出来て、なおかつ魔法陣という回路図を通して複雑な動きを指示することが出来る。
それに基づくなら、アヌンナキの遺跡をいくつも統合して、この星で最高の演算能力を持っているノアこそ、最強の魔法使いということになる。
「たっ、多重構造式……!? そ、それもあんな複雑な構文をいくつも重ねるなんて……!」
「見たことがない術式だ……」
「周辺の魔力が信じられないくらい高まっているぞ!?」
ノアの魔法を見て、帝国の魔導士たちから驚きの声が上がる。
彼らにして一度も見たことがない遥か魔導の高み、それを機械であるノアこそ成すことが出来るというのはなんとも皮肉な話であった。
周囲を一瞥すらせずに、ノアは囁くように口にした。
「――発射」
その瞬間――ゴウ、猛烈な火炎がノアの指先から発生し、帝国兵の死体を一瞬にして覆い尽くす。
火炎は燃え広がることなく渦を巻き、死体のある位置だけを集中して焼き払いながら、尋常ならざる高温を発生させる。
やがて火炎旋風が五十メートルを超す高さまで伸び上がったあと、もう十分だと判断したのがノアがぐっと拳を握って魔法を停止させる。
その瞬間火炎旋風は消滅して、後には焼け焦げて半ば溶岩化した地面と、先程まで大量の死体があったとは思えない、僅かな消し炭だけが残されていた。
「完了しました」
「うむ、見事だ。これなら後で野犬が発生したりおかしな病気が蔓延することもないだろう」
そう淡々とした二人を他所に、目の前の光景を見ていた帝国、ロムール双方の者たちが絶句していた。
「す、素晴らしいですわ、ノアお姉様! まさかあんな強力な魔法まで使えるなんて……!」
「強力なんてものではないぞ……。我が国自慢の魔導兵団全員でかかってもあんな魔法は撃てまい……。それを単身で成すとは、流石は天使様と言うべきかのう。あれが我が軍に放たれていたかもと考えると恐ろしいわい……!」
「おおお、大天使様! 至高なる聖霊よ! どうかこの浅学なる私めに、魔術の秘奥をお授け下さいませ!」
ノアの桁外れの魔法に、エーリカは何故か目を輝かせてノアのことを勝手にお姉様などと呼び出してしまう。
ランドルフは顔を引き攣らせ、そして何故か魔導兵たちはノアの前に平伏し、教えを請うて祈りを捧げていた。
「――状況を理解しかねます。船長、指示を願います」
「えーっとですね、皆さん、今のは恐らくノアぐらいしか使えない、かなり高度な魔法です。恐らく教えた所で再現するのは不可能に近いでしょう」
困惑して機能を停止するノアに代わり、ダンが魔導兵たちにそう説明する。
「し、しかし、それでも我らは……!」
「分かっています。なので、口頭ではなく、先ほどのノアの魔法、そして魔法の原理と効率的な魔法陣の書き方などを詳しく解説した書を発行しますので、それを見て学んで頂ければ幸いです」
「おお、それは有り難い……!」
ダンの言葉に、魔導士たちは感謝しながら咽び泣く。
「良いのですか? 普通、魔導士の術式と言えば、門外不出の秘密とされるものですが……」
気前よく魔術の秘奥を明かすというダンに、エーリカは心配そうに尋ねる。
「構いません。元より私は全ての人々が魔法の恩恵に預かって、豊かに生活出来ることを望んでいますから。知識の解説書も大量に作って、世界中に配っていくつもりです」
「そう言えば……首領殿は聖教会も手にしておられるんでしたな。今後も洗礼は続けていくつもりなのですか?」
ランドルフがダンにそう尋ねる。
「ええ、ですがこれまでとはやり方を少々変えていこうかと思います。これまでは洗礼には大変な苦痛を伴い、時折死人まで出る未開な儀式でした。しかも十歳くらいの人間の子供のみで、、獣人などの異種族は受けられない。今後は年齢問わず誰でも受けられて、なおかつ苦痛を伴わずに魔法を使えるようになる、そんな洗礼を新たに開発するつもりです」
「おお……となると我でもこれから魔法を使えるようになるということですな!?」
ランドルフが期待に目を輝かせる。
「もちろん。子供から大人まで、全ての種族の生活の役に立てる魔法。それこそが私の理想ですから。もはや一部の特権階級だけが使えて、戦争のみの用途に使われる時代は終わりを迎えるでしょう」
ダンがそう言うと、エーリカは顔の前で手を合わせながらうっとりと言う。
「ゾディアック様のお考えはとても素晴らしいですわ! その洗礼を受ければ、私もいずれはノアお姉様のような魔法が使えるようになるのですね?」
「あそこまでは難しいかも知れませんが、きちんと学べばそれに近いことは出来るでしょう」
「全く……今や皇帝をも遥かに駕ぐ力を持つ方が、このように善良であったのは世界の祝福じゃな。欲にまみれた俗物が、同じような力を持っていたら世は乱れに乱れていたじゃろうて」
ランドルフは冷や汗を拭いながら言う。
ダンはそれに苦笑を返しながら、エーリカに向かって言う。
「ロムール王国の皆さんはこれからご帰還される所でしょう。私も今から魔性の森へと帰ります。ランドルフ殿下とフリック殿は私と共に来てください。今後どうやって殿下を戴冠させるか、計画を立てる必要がありますから」
「うむ、しばらく世話になりますぞ。我も魔性の森の生活が存外気に入りましたのでな」
「お名残惜しいですが、私も本国へ帰らなければなりません。いつか、私も魔性の森の中へ招待して下さいね?」
「もちろん、開国出来るようになったら一番にご招待致しますよ。また何かあれば、ガイウスかジャスパーを通してご連絡ください」
そうエーリカに別れを告げたあと、ダンはランドルフを連れて魔性の森へと帰還した。
帝国との二度目の戦争は、死者数百名で敵指揮官を捕縛するという、"ロムールの奇跡"と後の歴史書に記される大勝利となった。




