出陣
「首領殿、それは一体どういう……」
突如としてとんでもないことを口にするダンに、ランドルフは困惑して聞き返す。
「……いえ、少々お待ち下さい。たった今通信が入りました」
ダンはそう言ってランドルフの言葉を遮ったあと、突如としてかかってきた体内通信に応答する。
『私だ。どうした?』
『報告いたします。現在帝国側がティグリス川を越境して、ロムール側に総攻撃を仕掛ける模様です。後詰めに約五万の援軍が到達し、盤石の態勢で臨むものと思われます』
『分かった。すぐに向かう』
ダンはそう言って通信を切ったあと、ランドルフに向き合う。
「……どうやら帝国側が本格的に攻撃を開始したようです。兵力の差もあり、そう遠くない内にロムールは潰走すると思われます」
「なんじゃと!? まさかマリウス兄者がこんなに早く行動に出るとは……こうしてはおれん! 直ちに戦姫殿に合流し、今後の対応を協議せねば」
「――お待ち下さい。今のは……魔法を使った遠隔通信か何かでしょうか? 西大陸にはそういった術式を扱える者もいるとは聞きますが、いずれも大のつく魔術師。そんなものが使えるあなたは一体何者なのですか?」
慌てて席を立とうとするランドルフに、フリックがそう釘を刺す。
「フリック、今はそんなことどうでも良いではないか! それよりも早く対応せねば、マリウス兄者の手勢がここまで来れば、我らも捕まることになるぞ!」
「いえ、殿下。これは大事なことです。今この状況において、我らの味方はほとんど居ません。その中で、我らの命を預けることにもなり得る、この首領殿の身元は最優先で知るべきことでしょう」
そう警戒しながら答えるフリックに、ダンは鷹揚に頷きながら言った。
「なるほど、彼の言うことももっともです。ならばそれは、道すがらに説明しましょう。口頭で説明するより、実際に見せたほうが早い事もありますから」
ダンはそう言うと、二人を学園の外へと誘う。
ランドルフは素直に、そしてフリックは未だ警戒を滲ませながらも、ダンに付き従った。
* * *
「ダン、帰ってきてたの!?」
ダンが学園の外に出ると、制服姿のシャットとリラが前に立ちはだかった。
「帰ってきてるのに、私たちに何も言ってくれないのは、寂しい……」
「ははは、すまんな二人とも。つい先ほど帰ってきたばかりでな。これからロムールと帝国の戦について大事な現場を見に行かなければならない。すまないが今日は付き合ってあげられないんだ」
「帝国とロムールの戦を見に行くのね!?」
「じゃあ……私たちも、行く」
二人は唐突にそんなことを言い始める。
「何? 二人は学校があるだろう?」
「もう授業は終わったわよ! 今から私は帰るとこ!」
「私は、もう教えることがないって、フレキ先生に言われて、図書室の利用だけしてる……。だから、問題ない」
二人は胸を張ってそう答える。
シャットはともかくリラは学園きっての秀才だ。ダンが出発する前から既に勉強は終えていた。
今更学校で習うことなどないのだろう。
「分かった。じゃあ二人とも着いてきなさい。エリヤさんに伝言を伝えるのを忘れないようにな」
「やった! そうこなくっちゃ!」
「分かっ、た……! すぐに伝えてくる!」
ダンがそう言うと、リラは慌てて走り出して母親であるエリヤさんの元に向かう。
それを待っている間に、また別の獣人たちの一団が現れた。
「殿下! こんな所にいたんですか!? 探しましたよ! 俺たちだけじゃ何処に行っていいのか分からないんですから、置いてかないでくださいよ!」
そう言って、獣人たちはダンではなく、ランドルフに声を掛ける。
「なんじゃお主ら!? ここはお主らの故郷じゃろうが! 別に我に遠慮せずに何処にでも行けば良かろう!」
「そんなこと言ったって……俺らがいた頃の魔性の森とは全然違いますもん! しかもここ、立入禁止の禁域だった場所ですし……ほとんど他所にいるような気分です!」
そう言って、本来ここの住人だったはずの獣人たちも頷く。
「ふっ、確かにここは数年で急速に開発したからね。それ以前に捕まった者は知らないのも無理はない」
「ええと……あなた様は?」
「私は誰でもないさ。……そうだ、君たちも一緒に戦況視察に参加するか? 自分たちだけで路頭に迷うより、顔の知れた者と一緒にいたほうがいいだろう?」
「え? えっと、いいんですか? 俺たち、ただの奴隷上がりですけど……」
「ここには奴隷身分なんてものはない。ましてや君たちも元はここの住人だろう? 遠慮することはない。着いてきたまえ」
ダンがそう言うと、元奴隷の住人たちは顔を見合わせたあと頷いた。
そして、それと同時にシャットとリラの二人も帰ってくる。
「お待たせ! ちゃんとお母さんには伝えてきたわ! ダンとちょっと出かけてくるって。それで、船は何処にあるの?」
「広場の方だ。皆着いてきてくれ」
ダンはそう言って、全員を引き連れて広場に戻る。
広場に停めてある船の前に向かうとそこには――既に住人たちが集まって、船の前で膝を付いて、何やら祈りを捧げていた。
「こらこら! 君たち何をやっているんだ!? 気にせずいつも通り生活しててくれと言ったじゃないか!」
ダンがそう声を掛けると、まるでメッカのように船を取り囲んでいる住人たちが一斉に顔を上げた。
「おお、ダン様!」
「首領様!」
「首領様だ!」
「首領様バンザイ!」
「首領様ぁ! うちで採れた野菜を召し上がって下だせえ!」
そう言って一斉に群がって口々に喋りだす住人たちに、ダンは困惑しながらどうにか押し返す。
「分かった! ちょっと出て、すぐに戻るからその時にしてくれ! 野菜はありがたく頂こう。船の中で食べるが構わないな?」
「こら、首領様が困っておられるじゃろうが! 話はわしが聞くから、皆一旦静まれい!」
ロクジがそう取り仕切り、どうにかして住人たちを鎮める。
ダンは住人たちから野菜やら肉やら奉納品のような食料を大量に受け取ったあと、礼を言いながら船に搭乗する。
そして、他の者たちもハッチに引き上げて、そのまま魔性の森の広場を飛び立った。
「ふう……慕ってくれるのは嬉しいが、あそこまでいっぺんに来られるとなかなか大変だな」
「仕方、ない……ダンがいない間、皆寂しそうにして会いたがってた。多分しばらくは、あんな感じでもみくちゃにされると思う」
リラが平坦な口調でそう言う。
「そうか。まあ急ぎの用事さえ片づければ、いくらでも相手はしよう。私も朴訥な彼らと話すのはいい息抜きになるからね」
「うん、皆、喜ぶと思う……」
「こ、これは……なんという事だ! まさか、空を飛んでいるのか!? こんな大きなものが!?」
「信じられない、まさか天の浮舟が実在するとは……」
ランドルフとフリックは、窓から外の景色を見ながら、そう驚きの声を漏らす。
奴隷上がりのお付きの獣人たちも、例に漏れず船の中を口をあんぐりと開けてキョロキョロと見回していた。
ダンはそんな困惑する者たちに、両手を広げながら言った。
「改めてようこそ、私の船へ。帝国の皇子様方。私の名はダン・タカナシ。空の彼方からやってきた時空の漂流者であり、また魔性の森では"新しき神"、イシュベールなどという名でも呼ばれている者です」
そう改めて名乗ると、ランドルフたちはポカンと口を開けたまま言葉を失った。




