神のユビキタス
「あなた様は……一体どういう御方なのですか?」
避難民たちを代表して、最も年長の男がダンに問い掛ける。
『私の名は"ゾディアック"。預言者であり、魔術師でもあります。皆さんが神の意に沿って良い方に向かう限り、私もこの都市の復興に力を貸しましょう』
ダンがそう名乗ると、避難民たちの中から、神官服を着た一人の青年が歩み出る。
そして、ダンの前に両膝を付いて、祈るように平伏した。
「預言者様、どうか蒙昧な私にお示しください! 真の神とは一体、どのようなお方なのですか!? 我らに一体何をお望みなのでしょう!?」
いつぞやのエリアスであった。
彼は家柄的なものなのか、洗礼を受けていなかったらしく、聖職者たちの乱行にも加わっておらず、避難民に紛れていた。
そして、ダンがあのデュラン少年であるとも気付かず、真面目に問い掛けていた。
ダンは一瞬、これは参ったな、と困惑する。
預言者だのなんだのと神の使徒を名乗ってみたはいいが、ダンは本物の神の姿など知らない。
本当にいるかも分からない、ダンは無神論者である。
とはいえ、こんな真摯な目をした若者にはぐらかすような真似はしたくなかったので、ダンはどうにか手探りで、相手を納得させられそうな答えを探し出す。
『ええと……そうだな。真なる神とは……その、天だ』
「……天?」
『……そうだ。朝には日が昇って作物を育み、夜には月が昇り星明かりが人々を照らす。雨が降れば大地に潤いを与え、風が吹けば遠くから種子を運んでくる。神とは即ち、天のはたらき、自然の導き、大地の恵み、そして自分自身の心に宿る。偶像や個人崇拝などではなく、神はあらゆる場所に遍在すると考えよ』
ダンは我ながら詐欺師の才能があるななどと思いつつ、その場ででっち上げた持論を語る。
だが案外いい所を突いているのではないかとも思う。
ダンは神を信じていないが、もし居るとしたら太陽や人類を照らす星の動き、そして作物を与えてくれる大地そのものだろう。
偶像や個人崇拝するより、そう言った"あって当たり前なもの"を崇める方が健全なのではないかと個人的に思ったのだ。
「なるほど……神は天象と自然に宿る。即ち、神の意を知りたくば、星を見ろということですね!?」
『うん、まあ……それも一つの答えじゃないかな?』
ちょっと微妙にズレてる気がするが、ダンも曖昧に言葉を濁す。
実際のところ正しいかどうかなんて断定は出来ない。だが、天文学を学ぶこと自体はこの世界にとって無駄にはならないだろう。
それ以上はダンも責任は持てない。
「では……神は我々に何をお求めなのですか?」
『……仲良く暮らせ、と言っている。人種や身分や種族の垣根なく、皆平等に助け合い、食物を分け合い、手を取り合って暮らすことだ。大きな神殿も格式張った儀式も、莫大な献金も必要ない。日々に感謝しながら皆と協力して暮らせ。それで十分神の意に適う』
ダンは、自身の保護しているエデンの光景を思い出しながらそう語る。
あれこそまさに神が目指した楽園なのではないだろうか?
少なくともあそこの住人は、奪い合うことなく食べ物を分かちあって、喧嘩もなく仲良く暮らしている。
刺激は少ないかも知れないが、平和的に暮らすという点ではあそこは十二分に楽園だ。
「なるほど……! なんというか素朴で、自然体であれという教えなのですね! 朝な夕なと儀式が多かった聖教会とは真逆ですが……真を得て、目が開かれたような思いがします!」
『祈るのは、朝起きたあとと夜寝る前に少しだけで十分だ。あとは食事に感謝を述べることくらいだな。……君はなかなか熱心で心正しき青年のようだ。どうだ? ここで私の代わりにこの教えを広める宣教師をやってみないか?』
ダンは、これ以上自分が預言者を騙るとボロが出ると思い、いっそエリアスに丸投げしてしまおうと判断する。
良い具合に思い込みが激しい若者なので、彼ならダンが即興で作った穴だらけの教義にそれらしく肉付けしてくれる気がしたからだ。
「わ、私がですか!? それは大変光栄ですが……預言者様はここに居てくださらないのですか?」
エリアスの言葉に、ダンは首を横に振る。
『残ってやりたい気持ちはあるが……今ここだけじゃなく、全大陸中が幽冥の主の攻撃によって大混乱に陥っている。私はそれを止めに行かねばならない』
「そんな……全大陸中なんて、それこそ何十年も係るのでは……?」
そう不安そうに言う避難民たちに、ダンは苦笑しながら言った。
『いや、私はそんなに掛からない。――これがあるからな』
ダンがそう言うと――銀の船体が空からゆっくりと降下してくる。
「うおおおっ!」
「こ、これは……神の方舟!?」
驚く避難民たちを他所に、ダンはこう告げた。
『これは私の船だ。これを使えば海の向こう側にもあっという間に着く』
「こ、こんなものが現実にあるなんて……!」
『言っただろう? 私は神の使者だと。少し待ってくれ。私はこの子たちを乗せたあと、皆に船の食料を配布しよう。これだけの火災だとろくに食べるものも残ってないかも知れないからな』
ダンはそう言って、ハッチから飛び込んで中に入ったあと、これ以上なく重傷の少女をコールドスリープ装置に運び入れる。
そして船倉から穀物の入った袋をいくつも抱えたあと、ハッチから飛び降りて、それを避難民たちに手渡した。
『これはお湯でふやかして食べる穀物だ。十分な量があるから分け合って食べればなんとか足りるだろう。私は一週間後にここに戻ってくるから、それまではなんとかこれで保たせてくれ』
「お、おお……これは、なんとありがたい!」
避難民たちは、ダンがドサドサと運び出してくる何百キロにも渡る穀物や芋類をありがたそうに受け取る。
実際聖都の生き残りは五百人近く居るので、これでも少し不安だが、取り合いにならなければ生きてはいけるだろう。
『それと……すまんがあの者たちにも食料を分け与えてやってくれ。恨みがあるのは分かるが、あれでも肉体は生きている。餓死させるのは流石に寝覚が悪い』
「な、なんと、あの者たちもですか!?」
ダンが指差した先には、もはやほぼ廃人となった聖職者たちや、聖堂騎士たちがいる。
『ああ、私から指示すれば瓦礫の撤去くらいはさせられる。罪人であろうとあれも生きた人間だ。見殺しにするようなことはしたくない。……君たちも、そうではないか?』
「……! 他ならぬ預言者様がそうおっしゃるのなら否やはありません。それにせっかくの真なる聖都の始まりに、大量の餓死者を出すなどという呪わしい出来事を残したくはありませんからな」
そう頷く年長者の男にダンは肩を叩いて感謝を伝えたあと、皆に向かって言う。
『では私は今から東大陸に向かう。私が留守の間少しでも瓦礫を撤去しておいてくれ。もっとも無理はしないように』
ダンはそう言って、捕まっていた異種族の子供たちを連れて西大陸を飛び立った。




